ショートの動き


 ヒロが50球目を投げた。


 内角。


 113キロ。


 ・・・ん ?


 大沢の右手が動いた。


 コータが体勢を低くして、スーっと動き出した。

 水野も動く。

 連動して力丸も森田も中に絞る。


 嘉村が弾き返した。


 お手本のような、きれいなピッチャー返しだ。


 完全に芯を食った。


 ヒロの頭上、グラブを差し出す。


 ・・・間に合わない


 セカンドベースの右 ! 白球が滑るように硝煙に紛れ込んだ。


 小さな噴煙の先、コータが飛んだ。


 ・・・追いついてる


 伸ばし切ったコータの左手首が、空中で返った。


 コータのグラブからボールが飛び出した。


 コータと交差しながら、水野が右手でボールを掴む。

 助走をつけた強烈な送球。


 低い体勢で、目一杯右手を伸ばした森田のミットに、ボールが突き刺さった。


「アウトォー !」


 ウォォォォー ! ! !


 場内騒然。神宮が揺れる。



 ・・・なるほど、完璧じゃん



 大沢の指示。


 それを見たコータと水野の動き出し。


 大沢の読み通りのバッティングをする嘉村のスキルもすごい。

 内角の遅いボールは決して引っ張らない。

 芯を食えばファール。

 引っ掛けたらボテボテだ。


 だからポイントを遅らせて、センター返しか押っ付けて逆方向に叩く。

 名峰の各バッターには、体に染み着いている技術。

 左の嘉村なら二遊間もしくは三遊間を狙う。


 それを読んだ大沢、コータ、水野の連携プレイ。


 名峰打線は、とにかく内野の間を抜くか、内野の頭を越そうと、強く叩きつけるバッティングを徹底していた。


 そしてヒロたちは、まだどっちも許していない。


 ヒロはここまで打者 10人に対して50球。

 一人に対して平均 5球は異常だ。


 しかしホント我慢強い。

 ヒロのナックルは球速100キロを超えると、ほとんど揺れないらしい。

 言わば、緩く落ちるチェンジアップと同じような軌道になる。


 しかも意表を突くチェンジアップではなく、バッターが待ち構えているチェンジアップ。

 それで名峰の10人を抑え切るのだから、すごい精神力だ。

 


 福田が111キロをきれいに合わせた。

 これもジャストミートだ。

 二遊間のライナー。


 打球が上にあがり始めた。


 森田っ・・・


 のデカイ体が、跳んだぁ !


 ・・・高っ !


「アウト !」 


 ・・・届いちゃったよ


 ヒロがぴょんぴょん飛び跳ねながら、森田に駆け寄っている。


 ・・・あんなに喜ばれたら、誰だって頑張っちゃうわな

 


 ただ、名峰の打球が確実に上に上がりだした。

 落ちるボールに、目が慣れて来てるんだ。



 3番、紀尾井。


 これも流し打ち。


 今度はショートの上。


 水野が背走しながら飛んだ。


 ・・・


 これはさすがに届かない。



 レフト前ヒット !



 初めて外野に飛んだ。


 遂にランナーを出した。


 ツーアウト一塁。



 左バッターが続く。


 4番、太刀川。


 ヒロのセットポジション。


 紀尾井の大きなリード。


 ・・・


 まだ投げない。


 ・・・


 牽制 !


 ・・・絶妙


「セーフ !」


 ・・・惜しい



 ヒロは牽制も一級品だ。


 そして大沢の肩。


 これほど盗塁しづらいナックルボーラーも珍しいだろう。



 太刀川への初球。


 クイックでいきなり投げた。


 ランナースタート !


 127キロ ?


 ナックルフォームのストレートだ。


 盗塁を読んでた !


 これは大沢の餌食だ !


 ・・・あっ !


 太刀川が振り抜いた。


 ・・・狙ってた ?


 振り遅れたが完全に捉えられた。


 レフト !


 ライナーが左中間に飛んだ。


 低い姿勢で島が追う。


 打球が跳ねた。


 紀尾井はすでに二塁ベースを蹴った。


 三塁コーチが大きく右手を回している。


 ・・・ん ?


 打球を追う島が、動きを止めた ?


 んあ ? ・・・


 西崎が追いついてる !


 打球を逆シングルで掴んで、大遠投。


 ・・・あれ、内野手ショートの動き


 矢のような送球が、ダイレクトにコータの胸元に帰って来た。


 ベースに飛び込んだ太刀川が、大きく回り込んでコータのタッチを避けた。


 しかし、ベースに手が届いていない。


「アウトォォー !」


 塁審がステップを3回踏んて、右手を突き出した。

 


 ・・・天才登場

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