ニヤけたあくび野郎

 


「どんまいっシモ」


 ジョーにグラブで背中を叩かれた。


「次、返そうぜ !」


 島がケツを叩いて言った。



「・・・ああ」


 返事を返した時には、二人とも守備位置に向かって駆け出していた。



 すっきりと晴れ渡った天色の空。


 それとは真逆のどんよりとした重苦しい気分。


 ・・・いやっ


 試合はまだ始まったばかり。


 気にする必要などまったくない。


 野球の、特に打者の結果なんて半分は運。


 それはそうだろう。


 偶然芯にあたる事もあれば、1ミリほどのズレでホームランになったり、野手の正面をついたり。


 それが試合の流れとなり、チームに勢いをもたらしたり削がれたり。


 だから流れの悪い時は、じっと我慢して基本動作を徹底しミスをしない、悪運の確率を最小にして、いい流れを待つ。


 だからたかが、いち打席目の三振で凹む事なんてない。島の言う通り、次やり返せばいい。



 ・・・



 だが・・・



 だがこれは結果うんぬんの問題じゃない。


 この重い空気を作ったのは、結果ではなく内容だ。


 そしてあの野郎の態度。




 初回のカッター攻めは、コータの見逃し三振に始まり、力丸と水野があの野郎の守備で挑発された。


 そしてこの回は、西崎と大沢に対するスライダー攻め。あの二人が打球をフェアグラウンドに飛ばす事も出来なかった


 しかも、そこまでは一人1球種。


 陣内は遊びのような投球しかしていない。



 そして俺の打席。


 本来、左の俺には扱いやすいピッチャー。


 右のサイドハンドは球筋が見極めやすい。


 その俺に初めて三球種を投げて来た。



 ランダムに変化する高速カッターで、け反らさせられ、高速シンカーやスライダーに翻弄され、最後のシンカーの時には頭が真っ白だった。


 勝負以前の問題だ。



 あの水野、西崎、大沢が余裕でおもちゃにされた。



 あのニヤけたあくび野郎に。




 ・・・



 しかし、次もとても打てる気がしねー。








 3回表。



 名峰の下位打線も強打者揃い。


 そして、速いナックルを叩きつけるバッティングにも凄みが増して来た。


 しかし苦しいなりにヒロのピッチングにも、長打を許さない技が感じられるようになって来た。


 外野に飛ばさせない投球術はさすがだった。


 そしてウチの守備網は内野に打たす限り、まず大怪我はない。


 一塁線、一二塁間、二遊間、三遊間、三塁線。


 まず抜かれない。


 名峰バッターがヒロのナックルを強く叩けるようになればなるほど、打球が速くなる。


 それは打球を止めさえすれば、一塁送球までに余裕が生まれる事でもあったのだ。




 この回も水野が一つ、コータが二つの打球を捌き、三者凡退で終わらせる事に成功した。


 


 その裏。


 ジョーも左の森田もそして島も、俺の時と似たりよったりの内容だった。


 バットを振るタイミングがとれない。


 やはり勝負以前の問題に見えた。




「つ○○ね○○ーム」


 三者三振に打ち取って、大歓声の中マウンドを降りる陣内から、そんな呟きが聞き取れた。


 顔をしかめた加治川が、慌てて陣内に駆け寄って諌めている。



 ・・・つまんねーチーム



 俺の隣りにいた水野が大きく息を突いた。


 見ると水野が陣内を睨んでいた。


 ・・・




 3回を終わって両チーム無得点。


 両投手とも、ランナーを一人も出していない。




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