あえてフォーシーム

 

 ・・・まだ 2回


 ヒロの汗がすごい事になっていた。


 まるで自らが振り絞る汗で、湿度を上げて空気抵抗を創り出そうしているかのようだった。


 球速 75キロ。

 それを全球ド真ん中に投げていた。

 それでもストライク率は三割。

 だから 2ストライクより先に 3ボールになってしまう。

 球数がどんどん増える。


 ダグアウトからはナックルの揺れなんて見えない。

 しかし、バッターボックスでは分かる。

 名峰打線はド真ん中でも75キロは打つ気なしだ。

 やはり遅いナックルは相当揺れているのだ。


 4番太刀川は3 ー 2 フルカウント からの 6球目にバットを叩きつけた。


 打球が大きく弾んだ。


 刹那、ヒロが後ろに下がりながらジャンプした。


 ・・・が僅かにとどかない。


 コータの猛ダッシュ。


 太刀川も駿足だ。


 コータが素手で掴んで、逆向きのままスナップスロー。


 足の位置、腰の向き、肩の角度、そして顔。


 全部バラバラ。


 しかし何故か送球だけは森田のミットに一直線だった。


 間に合った。


「アウトッ !」


 ・・・コータのカラダの構造が謎



 内野陣がヒロ、そしてコータに次々と駆け寄る。


 二人とも大丈夫そうだが、まるで延長戦を戦っているような絵面だった。

 ヒロ、水野、コータ、森田。

 すでにみんなユニフォームが泥だらけだ。



 5番葛城。


 至宝の登場。



 初球。


 77キロ。


 ・・・えっ !


 セーフティバント。


 完全に意表を突かれた。


 ヒロも力丸も反応が遅れた。


 葛城も足は速い。


 ・・・わっ !


 突如、巨人の右手がボールに伸びて来た。


 サードの前を転がるボールに、大沢が後ろから飛び着いた。


 そして鳥肌ものの送球。


 葛城が慌ててベースに向かって飛び込んだ。


「アウトゥ !」


 間一髪。


 ・・・ふつうあそこは、キャッチャーが顔を出せるエリアじゃないぞ




 6番加治川。


 ここでも3 ー 2 フルカウントまで見られた。


 そして3球続けてカット。


 いつでも当てれるぞって言いたいのか ?


 ・・・ヤらしい


 ・・・だが今のは、スイングが変だった ?


 ・・・あっ !



 9球目。


 ・・・加治川は真っ直ぐを狙ってる ?


 打者心理の裏をかく、大沢のリードを待っている。



 突如、ヒロの投げ方が一転した。


 ・・・まずい ! 読まれてる


 フォーシーム。


 重力を切り裂くスピンボール


 に、加治川のバットがドンピシャのタイミングで



 空を切った。



「ストライクッアウト !」


 135キロのフォーシーム。


 ・・・めっちゃ速っ



 加治川が呆然とヒロの顔を見ている。



 2回も何とか三者凡退。



 大沢の読み勝ちだ。


 加治川のスイングを見て、フォーシーム狙いを読んだ大沢が、あえてフォーシームを要求した。


 ・・・そうだった


 初めて見るヒロのフォーシームは、予想していても予想の遙か上を行くんだ。


 

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