フリーズ

 

 見事なスライダーだった。

 

 俺が他人のスライダーを“ 見事 ” と思う事など滅多にない。

 真っ直ぐと同じフォーム、同じ腕の振りでしっかりとボールを縦に切って、スライダーを制球出来る奴は、実は意外と少ない。

 俺の知っている限り、和倉そして三枝くらいだ。


 陣内じんのうちのスライダーは軌道がきれいだ。

 これだけ軌道が安定していれば、いくらでもコントロールを磨けるであろう。

 制球力がつけばフロントドア、バックドアを狙ってカウントが稼げる。

 追い込んでから高速カッターや高速シンカーを散らせばまず捉えきれない。


 本来、西崎、大沢にスライダーを投げるのは相当勇気がいる。

 外に逃げる変化球は、目で追いかける事が出来るし西崎や大沢はバットが届く。

 あまく入れば、あっと言う間にスタンドだ。


 陣内はニヤニヤしながら、真ん中から外に大きく逃げるスライダーを投げ続けて、西崎と大沢を淡々と打ち取ってしまった。

 どっちも当たり損ねのファーストのファールフライだった。

 ウィニングショットを投げるまでもない、といった感じで、あくびまでしている。



 ツーアウト。


 俺は左打席に入って、陣内の顔を見ないようにして構えた。

 あのニヤけた面を見ると集中力が削がれる。


 ・・・気に食わん野郎


 初球


 いきなりカッターが胸元に来た。


 ・・・これはけれん


 後ろに逃げるように、体を縮こませた瞬間、ボールが消えた。


 かすりもしなかった。


「ボール」


 高速シンカー。


 思わず陣内を見た。


 陣内は知らん顔だ。


 いや、あくびをしながら目を合せてきた。


 ・・・・・・


 ぅぉぉおのれぇぇぇぇぇ



 2球目


 今度は膝元。


 ・・・さっきよりあまい


  ・・・落ちっぱなを叩く


 ぶっ叩こうとボールに向かって行った。


「うぉああ !」 


 ボールも向かって来た。


 ・・・高速カッター !


 ビビって腕を引いた。


「ぐぉっ !」


 ボールがグリップエンドに当たった。


「ファール !」



 ・・・完全に舐められて



 3球目


 ・・・投球間隔短かっ !


 アウトコースに外して来た。


 構えを緩めた瞬間、ボールが巻いてきた。


 ・・・だが、かなり遠い・・・スライダーだ


「ストライク !」


 うそお、あんなん届かねぇぞ。



 4球目


 間隔短かっ !


 真ん中低め。


 うーんと・・・これは ?


 頭がフリーズ。


「ストライクアウト !」



 チェンジ。



 ・・・俺・・・最低


 

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