湿度19%

 ・・・マジうめー


 初回から水野が躍動していた。


 ヒロの苦しい立ち上がりを、氷の貴公子が救った。



 マウンドから約18メートル先のキャッチャーミットまで、150グラムに満たない直径 75ミリのボールが空中を移動する。


 “ 18メートルに渡る空気抵抗 ”


 ヒロは中学生の時からこれを意識していたと言う・・・中学生と言えば、天狗になったどこかのアホが二刀流を気取っていた頃だ。


 高校一年の時にはマグヌス効果による揚力を意識して、フォーシームを投げていた。

 空気抵抗はシーム(縫い目)、回転軸、球速を変える事で、ボールに様々な変化をもたらす。

 体格に恵まれなかったヒロは、空気抵抗を味方につける事で、パワーとスピードを逆手にとる術を追究し続けてきたのだ。


 その試行錯誤の中、巡り会ったのがマグヌス効果の影響力が最も少ない無回転魔球だ。


 この日、ヒロは味方につけたはずの空気抵抗にそっぽを向かれてしまった。


 試合前の投球練習中から、顔が引き攣っていたようにも見えた。


 湿度19%


 この恐ろしく低い湿度の中で、いつもと同じ変化を作り出す為には、球速をより遅くするしかなくなる。

 球速を落とせば落とすほど、コントロールが難しくなる。


 名峰打線はそのナックルボールの特性さえ研究し尽くしていた。


 そして徹底的に選球して来たのだ。

 狙いはストライクを取りに来る、変化の少ない速いナックルボール。



 初回。


 制球に苦しむヒロは、すべての打者に対して 3ボールまでいってしまった。

 そしてストライクを取りに行った、変化の少ない速いナックルを狙い打たれた。


 当たりは痛烈。

 さすがのヘッドスピード。

 そしてさすがのバットコントロール。


 強烈な打球が三遊間、二遊間へと襲いかかった。


 1番、嘉村かむらの打球は、三遊間。

 逆シングルで追いついた水野の深い位置からの大遠投。

 送球が逸れたが身体を伸ばした森田が、難なく捕球した。


 2番、福田の打球は二遊間。

 これは捕った瞬間の体勢で一塁に投げた。

 スリーバウンドした送球は、大きく逸れたがこれを森田が掬い取った。


 3番の紀尾井は明らかな内野安打狙い。

 ピッチャーの左に転がす、いわゆるあて逃げ。

 ダッシュした水野は倒れ込みながら、ほとんどゴロに近い苦しい送球で、駿足バッターを間一髪でアウトにしたのだ。


 たぶん、水野でなければ出来ないプレー。

 そして森田でなければ捕れない送球。

 森田の守備力によって生まれた “ 攻める守備 ” だ。


 西崎ならもっと速い送球をしようとして暴投になるか、速過ぎて森田が捕れないか。

 水野は間に合う範囲内のスピードで、間に合う範囲にボールをファーストに移動させる。

 あとは頼んだと言わんばかりに、森田の捕球能力に賭けるのだ。

 

 そう、守備の動きだけ見れば西崎のが上手いかも知れない。

 しかし水野は西崎でもアウトを獲れなさそうなシュチエーションでアウトを獲る。

 いや、もはや動きでも西崎に勝っているか。

 


 ヒロが大喜びで水野に駆け寄っていた。


 取り敢えず初回は三者凡退。

 しかしヒロは、前途多難の立ち上がりだった。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る