ヒロの妹

  

 最終回、名峰の攻撃。


 球場の騒めきはもう、最後の最後まで収まりがつかないであろう。

 和倉が投球練習している、言わばこの小休止の場面ですら、球場のボルテージは上がり続けているのだから。

 

 球場の関心は、北見の完全試合一色。

 この神宮で、あの一年生投手が、あの和倉に投げ勝ってパーフェクト達成するのか。


 また一つ、北見将剛が伝説を生み出そうとしている。


 しかし、和倉から点を奪わない限りその快挙は成立しない。



 和倉攻略。


 そのすべての期待が、この回の先頭打者に向けられる。


 今日2安打の葛城雄一郎。


 アウトローのフォーシームをセンター前、そして真ん中低めギリギリのスプリットをライト前に合わせた、技ありの2本。


 ・・・ここが大きなポイントになる


 捌きの天才、葛城雄一郎。


 コイツも一年。

 高校通算本塁打120本。

 すでに18歳にしてサムライジャパンに選出された日本球界の至宝。


 北見、加治川、葛城。

 3人のK。

 ネットをちょっと覗くだけでも、この3人には派手なユニット名がいくつも並ぶ。


 ビッグ3K。

 ・・・陳腐


 プロスペクト3K。

 ・・・3人の有望株って意味か ?


 マトリックス3Kプロジェクト。

 ・・・ドキュメンタリー番組か ?



 まあユニットはともかく、この葛城はとにかくボールの呼び込み方が上手い。

 懐が深いと言えばいいのか。


 いつの間にか、体とヒッティングポイントとの距離がベストの状態になっている。

 要するにインパクトの瞬間に、最もパワーの出せる体勢が作られている。


 ・・・さながら古武道の達人


 そのへんのセンスは、水野よりも西崎的かも知れない。

 いや、水野の正確性と西崎の感性を合わせたような・・・やめた、想像したくもない融合だ。


 9回の先頭バッター、コイツを抑えれば和倉も乗れる。

 逆に打たれれば、突破口になる。



 初球


 内角・・・高い。


 葛城が体を開き気味にしたまま見送った。


「ストライク !」


 落ちた !


 148キロのスプリット。


 コース、キレ、球速・・・完璧。


 球数も120を超えているが、初回とまったく変わっていない。



 2球目


 アウトローに外した。


 いや、バックドア・・・ギリギリ入る。


 154キロのツーシーム。


 葛城がバットを一閃。


 ・・・大沢張りのヘッドスピード


 外角を引っ張った。


 ・・・


 打球があっと言う間に、左中間スタンドの中段に突き刺さった。


 ・・・すごっ


 呆気ない一瞬の出来事。


「あれだけ踏み込んで、外角低めを引っ張れる・・・センター方向ならまだわかるけど」


 島がため息交じりに呟いた。


「ボールの中心のやや右を叩く。ふつうなら引っ掛けて、バットが折れてショートゴロってなるけど。芯で捉える引き手と押し手の使い方は、天性としか言いようがない」


 ジョーも呆れ声だった。



 マウンドの和倉は淡々としていた。


 失投ではない。


 最悪でもライト前、しかし長打はない。


 そんな完璧なコースだった。


 それをあそこに持っていかれたら、悔しがりようもない。



 しかし・・・


 和倉も人の子。


「これは失投だろ !」


 島が叫んだ。


 真ん中に寄った初球のスプリット。


 6番の加治川は見逃さなかった。


 ・・・いや、失投を狙っていたんだ


 レフトスタンド上段。


 ここで和倉から2連発。


 三塁側は俄然お祭り騒ぎ。


 滅茶苦茶なはしゃぎようようだ。



「わっくんだって失投はあるよ。でも、それを見逃さずスタンド上段って凄すぎるね」


 ヒロが目をショボつかせて言った。



 遂に和倉がマウンドを降りた。

 8回3分の0、127球、被安打6、四球1、失点2。そして奪三振15。

 名峰の壁は挑む度に高く、厚くなっていくように感じているだろう。


 この回の名峰はさらに2点を追加、4 ー 0 として完全試合の舞台を整えた。

 

 


 9回裏。


 中京大の代打攻勢。


 “ 完全試合阻止 ”


 目標がそこにシフトされた。


 ・・・が 


 北見の球速が一気に跳ね上がる。


 160キロ。159キロ。162キロ。


 先頭打者を三球三振。


 

 2人目も3人目も同じ。


 全部ストレート。


 全部低め。


 そして全部ストライク。



 北見は何のプレッシャーも感じさせず、淡々とあっさりと偉業を達成した。


 史上初。


 大学選手権、神宮でパーフェクト。


 21奪三振 ?


 西崎の記録が一瞬で上書きされた。



 ・・・困ったものだ


「困った相手だね」


 そう言ったヒロの顔が、悪戯っ子に見えた。


 ・・・まあ、ウチにも困ったヤツがズラッと揃っている。何とかなるだろう。


 ・・・ん ?


 目の前にモデルが立っていた。


 ・・・西崎の横に座ってた?


「じゃぁお兄ちゃん帰るね」


 ・・・お兄ちゃん ?


「うん、気をつけて・・・秋時にも挨拶していけば」


「・・・うん」


 ・・・ヒロの妹 ? ずいぶんとスラっとした妹


「この春、後輩になったんだ」


 ヒロが照れくさそうに言った。


「南大 ?」


「うん、変だろ。いつの間にかぼくより大きくなっちゃったんだ」


 ・・・あの娘がヒロの妹


 俺は妙な居心地の悪さを感じながら、ヒロの妹を見ていた。

 大沢の背中に声をかけている・・・?

 

 なんか困っている ?


 ・・・ん ?


 ・・・あいつ寝てるじゃん !

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