下手っぴ
南洋大打線には、ピッチャーをチームで攻略する為の、暗黙の決め事があった。
“ ファーストストライクを狙う ”
これはチームに自然発生的に生まれた、強要性のない任意のルールだ。
無理して狙う必要はないが、全打席そのつもりで初球を待つ。
これを全員が意識する。
当然、これを守る為には克服しければならない課題が二つある。
苦手な球種を作らない事。
そしてボール球に手を出さない事。
この二つはそうそう克服出来るものではないが、それを意識する事で自分の中で課題が明確になり、打席での集中力も高まる。
ピッチャーとしてみれば、初球から簡単にストライクを入れられなくなる。
立ち上がりに制球が不安なピッチャーは意外と多い。
初球はボールから入る、なんて思っているとすぐにカウントが悪くなり、球数が増える。
集中力の高いバッターと、制球が安定しないピッチャー。
自ずと攻略の糸口は、バッター側に転がりこんで来る。
結局、いいピッチャーというのは、制球に絶対的な自信を持っているピッチャーなのだ。
俺の2点タイムリーで、試合は一気に押せ押せムード。
と言うわけにはいかなかった。
この回切島は、ツーアウト一、三塁のピンチから続くジョーをきっちり三振に仕留めた。
大きく曲がり、大きく落ちるカーブ。
これを3球続けた。
ファーストストライクから振ってくる事は、切島も当然知っている。
目の前でエースが散々な目に遭っていたのだ。
しかし切島には、それを苦にしない制球力とバッターが分かっていても捉え切れないウィニングショットをもっていた。
“ 大きく縦に割れるカーブ ”
打者の外角に落ちるカーブがとてつもなく厄介だった。
南大はこの切島に4回5回6回の3イニングを、水野のヒット1本に抑えられることになる。
一方のヒロは、相変わらず相手打線を焦らせまくっていた。
東北福祉大打線も二回り目となると、ナックルを当てるようになって来たが、芯を外れた打球ばかりだった。
試合は6回を終わって2ー0。
張りつめた空気のまま、終盤に突入した。
7回表。
ヒロは優勝候補のダークホースとも言われる強打の東北福祉大打線を、7イニング2安打13奪三振。
二塁を踏ませない完璧なピッチングで、一年前のリベンジを果たし、役割を終えた。
この日を境に、ヒロは南洋のアイドルから国民のアイドルへと飛躍していく事となる。
7回裏。
「シモ、受けてくれんか ?」
西崎がダグアウトの外から、俺を呼んだ。
「おう」
俺はこの日ずっとベンチの上で昼寝をしているグラブを叩き起こして腰を上げた。
リリーフの準備。
西崎は8回から2イニングの登板予定だった。
珍しく表情が固い。
まあ、無理もないか。
一年前、
立ち上がりに乱れたヒロの後、緊急登板して5失点。
そして自らのタイムリーエラー。
ひとり水野が奮闘した打線では、チャンスに4打席連続三振。
いや苦い思い出は、そのあとの方が強烈だったか。
秋のあの試合の屈辱。
まさにこのあと同じシュチエーション、神宮の大舞台でリードしている場面、好投のヒロからマウンドを引き継ぐ。
思い出すだけで、口の中が塩っぱくなるか ?
しかしこんな固い西崎はつまんねーな。
俺は受けたボールをしっかりと、しかも柔らかく縦に切って返球した。
想像以上に曲がり、西崎がボールを弾いた。
「下手っぴっ !」
西崎が一瞬、鋭い眼光を送ってきた。
「シモも登板準備か ?」
「ああ、クローザーでな」
西崎は何も言わずに鋭い眼光のまま、返球して来た・・・が口許が少し緩んでいたか ?
ビュンッ
「おわぁっ !」
ズダンッ !
恐怖の剛球が顔に向かって返って来た。
睨み返すと、いつの間にかいつもの顔に戻っていた。
・・・チビるかと思った
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