いじけ顔

 

 ズダンッ !


 脇の下を冷たい汗が伝った。


 西崎が力を入れて投げ出した。


 マジで怖かった。


 中腰で構えた俺は、何気なく受けてる風を、必死で装っていた。


 球質がただ事じゃない。

 芯はコルクじゃなくて、鉄が入ってんじゃないか ? なんてアホな事を考える。



「ファール !」


 これで5球連続カーブ。


 島がアウトローに落ちるドロップカーブを、辛うじてカットした。


 切島も徹底したカーブ攻め。


 しかも外ばかり、それもコースギリギリ。


 2 ー 2ツーエンドツー


「島っち ! 」 


 打席の島がダグアウトにチラっと目を向けた。


 大沢がバットを構えた仕草で、上体を後ろにクイッと引いた。

 島が僅かに頷く。

 ほんの一瞬のやり取りだった。


 島がその場で一度バットを振った。

 ドロップカーブを掬い上げるような、アウトローを意識したスイング。

 

 ズダンッ !


 切島がこっちを盗み見た。

 たぶん、これで三度目。


 三塁側のダグアウトからも、粘っこい視線を感じていた。


“ 杉村裕海は交代するのか ? ” 


“ 次はあいつが投げるのか ? ”


“ なんだ、あの音 ? ”


ってところか ?



 6球目。


 内角高めの真っ直ぐ。


 ・・・さすが大沢


 島が狙いすましたように、叩いた。


 三遊間。


 ショートが飛んだ。


「抜けたっ !」


 先頭バッターが出塁した !



 一塁ベース上の島が、キャップの庇に指をかけて、ダグアウトに向かってお辞儀をしていた。

 すぐに大沢も同じ仕草を、島に返した。


 

 外、外、外でバッターの意識をどんどんアウトコースに向けさせておいて、最後にインコースの速い球を見送らせる。

 セオリーとして分かってはいても、集中力の高まったバッターにはかなり効果的な攻めだ。


 実際、さっきまで島の意識は完全に外だった。

 そこを絶妙なタイミングで指摘した大沢。

 キャッチャーならではのアドバイス。


 島も大沢の意図に一瞬で気づいて、逆にアウトコースを意識したふりを続けた。

 西崎をチラ見していた切島には、島の演技が見抜けなかった。


 ・・・抜け目ねー




 さあ、ノーアウト一塁でコータ。


 ここで点が入れば・・・



 コータが初球を叩いた。


 しかし、カーブを引っ掛けた。


 ・・・あのカーブ、キレッキレだな


 ショートゴロ。



 ・・・またゲッツー ?


 ショート、セカンド、ファーストロクヨンサン


「セーフ !」


 フゥーッ



 ランナーが入れ替わった。




 2番、力丸。


 コータの大きなリード。


 ・・・あっ !


 突然、矢のような牽制球 !


 コータが倒れ込むように戻った。


「セーフ !」


 ・・・こわっ !



 切島が天を仰いた。


 ・・・狙っていやがった


 ・・・モーションなしで投げた


 ・・・とんでもない手首

 


 あれを知っていたら、コータもあんなリードは取れない。

 実際、もうほとんどリードを取らなくなった。


 ・・・コータもビビってる ?



 力丸は初球のカーブをすんなりバントした。

 きっちりとコータを二塁に送った。



 ズダンッ !


「シモ、サンキュ 」


 西崎の肩慣らしが終わったようだ。


「調子はどうだ ?」


「悪くはないが、ちょっと凹んだ」


 西崎がいじけ顔を向けて来た。


「ん ?」


「キャッチャーミット以外の相手には、全力投球するなって大沢に言われてたんだ」


「あ ? 何故に ?」


「普通のグラブだと怪我させるとか言ってたが、シモは平気で受けてたんで、俺の全力投球も大した事ねーんだなって」


 ・・・そんなん、先に言ってくれ


 俺は何も言わずに、パンパンに腫れ上がった左手を、西崎の目の前に晒した。


「お前、アホ ?」


 ・・・アホとか言うな !




 ツーアウト、二塁。


 そして水野。


 今日、3安打。


 前の打席では切島のドロップカーブを、完璧にレフト前に流し打っていた。


 こういう時、切島のようなピッチャーは逃げない。

 弱気になって歩かせれば、大沢、西崎がカサにかかってくる事を知っている。


 だから全力で水野を倒しにかかる。


 そんなピッチャーの気迫を、逆手に取る曲者が塁上にひとり。


 水野への初球。


 切島渾身のストレートがアウトローいっぱいに決まった。


 ノーマークのコータが、ちゃっかり三盗を成功させたのだ。


 ノーマークの三盗。


 俺の経験だとこんな時バッテリーは、妙に動揺する。


 水野への2球目。


 バッテリーの動揺を見透かしたような水野のプッシュバント。


 が、絶妙に切島の逆を突く。


 慌ててマウンドを駆け下りて、ボールを掴んでバックホーム・・・

 ここで切島が固まった。


 コータは走っていない。


 ツーアウト三塁、一塁。


 ・・・このチーム、ホントやらしい



『4番、キャッチャー大沢 』


 

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