美味しい場面

  

 水野への初球。


 158キロが低めいっぱいに決まった。


 バタバタしていた立ち上がり。


 いきなりご機嫌が治ったか。


 ・・・出だし、嫌な展開だな



 2球目。


 またストレート・・・157キロ。


 インコースギリギリ。


 ・・・いいコース


 叩いた !


 ジャストミート !


 逆方向。


 矢のような弾道がショートの頭上を越えた。


 左中間ど真ん中 !


 打球はフェンスを直撃して大きく跳ね返った。


 余裕のツーベース。


 ・・・さすが その2


 ここでチェンジになるのと、スコアリングポジションに出て、大沢につなぐのでは雲泥の差。


 ピッチャーがまったく乗れない。



 大沢への初球。


 146キロのカッター。


 転がした ?


 一塁線にバント。


 ピッチャーもファーストも動けない。


 大沢があっという間に一塁ベースを駆け抜けた。


「しゃーっ !」


 ダグアウトのコータが吠えた。


 応援団が一斉にガッツポーズ。


 スタンドがもう気勢を取り戻した。


 ダグアウトもすっかり、イケイケドンドンモードに早変わりだ。



 ツーアウト三塁、一塁。


 ・・・さすが その3か ?



 さあ、大人になった天才登場。


 ウェイティングサークルから見る西崎は風格さえ感じられた。



 西崎への初球。


 ・・・あっ ! ?


 159キロの剛球が、西崎のケツを襲った。


「ってーぃ !」


 悲鳴をあげた西崎が突っ立ったまま固まった。


 バットを構えたまま、目だけリカルドを睨んでいる。

 涙目・・・いや、涙が垂れている。


「デッドボール !」


 リカルドが慌てて飛んで来て、西崎に対して帽子を取った。


「気にすんな」


 西崎はリカルドに優しい言葉をかけたが、言葉と形相が一致していない。


 コータも慌てて飛んで来て、コールドスプレーを西崎の尻目がけてガンガンに、吹き付けていた。


 ありゃあ痛いが、特にプレーに支障も無さそうだ。



 これでツーアウト満塁。




『 6番、指名打者 下村 』


 三塁ランナー水野、二塁ランナー大沢、一塁ランナー西崎。


 ずいぶんと贅沢なシュチエーション。


 ・・・いきなり美味しい場面


 ・・・祥華、見てろ


 ・・・ここは俺の総取りだ !


 和倉に比べれば大したピッチャーじゃない。

 コータや力丸みたいにセンターに合わせれば、捉えられる。


 


 初球


 真っ直ぐか ? カッターか ?


 ボールはよく見えていた。


 内角・・・カットボール。


 ・・・あまい ! 


 ・・・一発狙える !


 俺は体の回転を抑えるように、ライト方向に振り抜いた。


 ・・・食い込まれた ?


 “ ガコッ ”


 ボールはバットの根っこに当たった。


 打球はヒョロヒョロとライトに上がった。


 ・・・


 超平凡なライトフライ。


 ・・・ショボッ !



 スタンドはため息の嵐だった。


 ・・・視線が痛い



 スリーアウトチェンジ。



 ヒット3本、死球1個。

 しかもツーベースまで込みで無得点。


 

 東北福祉大戦。


 初回は両チーム得点なし。


 俺の神宮デビューは、自分でも驚くほどショボかった。


 

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