歪な正義感

「まず私の立場を説明します」


 俺がドアを閉めると、久居と名乗った男はこちらを振り返る事もなく、前を向いたまま喋り始めた。


「私は横井宗一郎の事務所で先生の秘書をやっている者です。まあ弁護士先生の使いっぱしりのような仕事です。先生は森川静雄氏・・・舞さんの御父上の顧問弁護士をされています。ですので森川静雄氏の意向で動いている者だとご理解ください。よろしいですね」


 久居という男は、ここで祥華の方に振り返った。


「舞ちゃんのお父様が・・・私に何か ?」


「いいえ、直接の依頼ではありません。横井先生があなた方の行動を心配されて、私に指示した、と思って下さい」


「俺たちの動きが、森川さんにとって迷惑だから、あなたがそれを止める為に尾行ていた、と ?」


「まあ、尾行ていたつもりはありませんが、結果的にはそうなります。最初はあなた方の調査の目的がわからなかったものでね」


「これ以上、調べるなという事ですか ?」


 祥華の声が急に弱々しくなった。



「そうです。あなた方は舞さんの自殺の原因が警察発表とは別にある、と考えてそれを調べようとしている。そうですね ?」



「・・・そうです。でも」



「警察発表が事実です」


 久居は言い切った。



「鬱病がですか ?」


 思わず出た声は、自分でも驚くほど大きかった。



「冷静に話しましょう。私はあなた方を非難するつもりはありませんので・・・どちらかといえば好意的に思っています」


 久居は大きく振り返って、俺に初めての笑顔を見せた。



 ・・・目が笑ってねーじゃん



「森川静雄氏は警察発表に納得されています。鬱病による発作的な投身、それは森川氏夫妻には耐え難いほど悲しい結論です。親ですから当然です。親が断腸の思いで受け入れた事実を、あなた方にほじくり返す権利はありません」


「しかし、明らかに・・・」


「もうそっとしておいてもらえませんか」


 俺の言葉は、突然高圧的になった久居の言葉に打ち消された。


「あなた方が、薄っぺらな思いで動いているわけではない事も、生前の舞さんをよく知る天野さんが、警察発表を受け入れられないお気持ちである事も十分に理解出来ます。しかし、舞さんを最も愛するご両親が、受け入れた事実なのですから・・・ねっ天野祥華さん ?」



 俺は祥華の顔を呆然と見ていた。


 目力がゆっくりと失われていく十数秒、俺はバカみたいに、ただ見惚れていたのかも知れない。



「・・・わかりました。舞さんのご両親に申し訳ありませんでした、とお伝え下さい」


 祥華は涙をボロボロと流しながら、久居に頭を下げていた。





 祥華は、このあと森川舞の事は一切、口にする事はなかった。


 もちろん、俺も口に出さなかったが、真相の察しはついていた。


 おそらくだが、祥華も分かっていたのではないか、と思う。



 行方不明から五日後の自殺。


 行方不明だった事を隠す両親。


 不自然な警察発表。


 そして顧問弁護士秘書の動き。




 この事件の裏にも、千葉洋平のような・・・ゲス野郎がいた。そして森川舞には、大沢のようにそれを救う人間は現れなかった。


 たぶん、そういう事だろう。


 


 この不可解な事件をきっかけに、俺の歪な正義感はますます燃え上がった。

 そして、ピュアな正義感の塊であるお嬢様との距離も急接近したのである。



 祥華の涙にすっかりやられて、警察官を志すきっかけになったこの事件。



 そう、ノー天気な俺は、この事件そのものの原因が俺自身にあるなんて、夢にも思っていなかった。

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