いい ?


「私と一緒に調査してもらえないかしら」


 ・・・


「俺なんか役に立てねーぞ」


「同行していただけるだけでいいんです。お願いします。・・・いい ?」


 昔からの祥華の口癖。


 “ いい ? ”


「ダメ ?」 ではなく 「いい ?」


 子供の頃からお願いを断られる事なく育って来たお嬢様の特性か。

 普通なら「いい ?」と聞かれたら、逆に断りたい心情が働く。

 そこをあえて「いいよ」と言わせて来た押しの強さと育ちのよさが伺えた。


「いいよ。どうせヒマだし」


 俺は祥華のボディーガードを引き受けた。



 ・・・靴先の感触



 高3の夏。

 衝動的な憤怒。


 ヒロの妹を攫おうとしたストーカー野郎。

 大沢を退部に追い込んだクソ野郎。

 

 14歳の少女の自殺。

 そう聞いただけで、あの時の憎悪が甦った。




 あの時・・・



「あいつ、とんでもなく豪華なマンションに住んでるぞ」


 あいつの住所を突き止めて来たのは、島だった。


「学生がポルシェに億ションか」


 ジョーが呆れたように溜息を突いた。


「どこだ ?」


 俺は咄嗟に訊いていた。


「シモ、妙な考えはよせ !」


 ジョーがすぐに察した。


「何もしないさ。だからどこだ ? 」


「何もしないなら、何故訊く ?」


 島がニヤニヤしながら茶化した。


「ちょっとビビらせるだけだ」



 ・・・ビビらせるだけだ


 俺自身が情けないほど心が折られた、あの方法で。

 俺はジョーと島に、自分のリンチ体験を打ち明けた。


「いいじゃん。その程度の暴力なら、乗った。世のため人のため成敗致しまするってやつだ」


 島が急に張り切りだした。


「俺は一人でやるつもりだ。お前らを巻き込むつもりは無い」


「その方法なら、一人二人じゃ効果ないだろ」


 ジョーが自分自身に言い聞かせるように言った。


 ・・・

 

 結局、二人を巻き込んだ。



 クソ暑かった、あの深夜の地下駐車場。

 三人で千葉洋平をボコした。



 すぐに後悔した。

 余計、胸糞が悪くなっただけだった。

 時間が立つに連れて、ダメージは自分に襲いかかって来た。

 おそらくジョーも島も同じ。


 暴力で気を晴らそうとした自分がどんどん許せなくなった。

 大沢、ヒロ、そしてその妹。

 彼らに対して後ろめたさが募る一方だった。


 卑劣な行為を選んだ罰。

 そんな潜在意識が、より野球にのめり込ませ、自分を徹底的に苛め抜くパワーの根源となった。


 気が付いたら天才たちと一緒に、スターティングメンバーに名を連ねていた。

 もしかすると、ジョーも島も同じ思いだったかも知れない。

 


 14歳の少女を死に追い込んだ奴が、陰に潜んでいるのなら俺が引きずり出してやる。


 俺の歪な正義感は、あの時のトラウマを消し去りたい思いの裏返しなのだ。




 祥華の行動は驚くほど果敢だった。

 手際もよかった。

 相手の都合、自分の学校スケジュール、俺のトレーニングスケジュール、学校スケジュール、そして必要に応じてのアポ。

 調査が効率よく出来るよう、しっかりと事前に準備されていた。


 

 俺たちは最初に学校関係者をあたった。

 森川舞の担任、学年主任、教務主任、教頭、保健室の養護教諭。


 次にクラスメイト。

 その次は部活関係。

 バスケ部の顧問、チームメイト、バスケ部のOG、男子部員。


 そして南洋警察、生安課、地域課。


 祥華の聞き込み・・・・調査は恐ろしく精力的でタフ、そして何よりも真剣だった。

 そして話の引き出し方も意外に巧みだった。


 祥華はイジメ、しかも表面に現れないネットワークの中でのイジメを疑っているようだったが、それらしき情報はまったく得られなかった。


 いろんな人間からいろんな話を聞いた限りでは、俺も森川舞は自死からもイジメからも最も遠いキャラだと思えた。


 バスケ部は県大会の上位を狙えるレベル。

 そんなチームのポイントカード。

 コート上の監督とも言われる。

 チームで最も技術力があり、統率力もなければ、強豪チームのポイントカードは務まらない。


 チームメイトの相談に乗る姐御肌。

 天真爛漫。

 そんな印象しか受けない。

 クラスメイトもチームメイトも、心底深い悲しみを表していた。


 

 俺はというと、聞き込み中は一言も喋らずバカみたいに同行していただけだったが、祥華の横で聞いているだけでも、謎は深まるばかりだった。

 ただ、生徒の悲しみに比べ、教師の受け答えには温度差を感じた。

 学校側とすれば、イジメを疑うような調査は迷惑でしかないのであろう。



 同行している内に来橋教授の思惑も読めて来た。

 本当にボディーガードの役割を、俺に期待していたのは間違いないだろう。

 確かに調査相手が男だとなめられる場合もあるし、お嬢様一人では何かと危険だ。

 俺が横にいるだけで牽制も出来る。


 そして、教師や警察相手の場合は、意外にも俺の顔が役に立っていた。

 俺も南洋市では有名人らしい。

 まず 決まって“ 次の春も頑張ってくださいね ” と激励される。

 取り敢えず、俺が横にいるだけで祥華の質問が軽くあしらわれるような事にはならなったのだ。


 一応俺も、来橋教授の期待通りの役割は果していたと言う事か。

 

 俺はとにかくボディーガードに徹していた。

 

 だからこそ気づいていた。



 俺たちを尾行している奴がいる事に。

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