護衛係

 

 「貴さんに聞いていただきたい事があるの」 


 ゼミが終わり教室を出たところで、祥華に呼び止められた。


 ・・・水野を紹介して欲しいとか ?


 思わず口にしそうになった言葉を呑み込んだ。


「いいよ。ヒマだし」


 そう言って、ラウンジに付いて来て祥華と向かい合う事になった。


 ・・・別に舞い上がって付いて来たわけではない


 聞いてもらいたい話の内容は、見当もつかなかったが、少なくともこんな重い内容だとは思わなかった。




 祥華は父親の紹介・・・依頼で、夏休みに森川舞の家庭教師をしていた。

 舞の高校受験に備え、3か月ほど頼まれていたらしい。


 舞はとても可愛らしく、フレンドリーな明るい性格で、家庭教師など必要のないほど優秀だった。

 スポーツもバスケットボール部でレギュラー。ポイントカードでチームの司令塔をこなす中心選手だった。

 いわゆる才色兼備、スポーツ万能そして父親は上場企業の役員。


 だから自殺するような娘じゃない、とは言わない。

 14歳の女のコである。

 何が心に突き刺さるか、大人には想像の出来ない年齢なのだ。


 しかし、親友が不自然と言った意味は理解出来る。

 大会に備えハードワークを重ねて来た選手のメンタルは、自死から最も遠いところにある。

 ずっとスポーツして来た者として、それは十分に納得のいく言葉だ。


 秋の大会前、森川舞は忽然と姿を消した。

 その五日後、十四階にある自宅マンションの非常階段、十五階にあがる途中の小さな踊り場から飛び降りた。


「自宅マンション ? 行方不明じゃなかった ?」


「お家の方・・・お母様はそう仰っているの。最初から自室に籠もっていたって・・・ただ・・・」


「・・・ん ?」


「突然、練習を休んだ前日の夜。何人かのチームメイトがお母様から電話を受けているの。すごく慌てた様子で、舞がお邪魔してませんかって。それも深夜にかけて三回も電話を受けた娘もいるらしいの」


「部屋に居たのに気付かなかくて、捜し回ってたって事 ?」


「そうかも知れないけど・・・」


「娘が部屋にいるのに、深夜まであちこちに電話掛け回るって言うのも不自然だわなぁ」


 祥華は神妙に頷いた。


「で、祥華はどうしたいの ?」


 祥華と言った時、表情が固まった気がした。


「あっ、呼び捨て嫌だった ?」


「ぜんぜん。どうして ?」


「顔が強張ったように見えた」


「それは・・・生まれて初めてだから」


「えっ、親は」


「両親、おじいちゃんおばあちゃん、みんな祥華さん」


「友達は ?」


「祥華さんもしくは、天野さん」


 ・・・マジか


「彼氏は ?」


 ・・・どさくさに紛れてみた


「今はいないけど、前は祥華さんもしくはサッちゃん」


「ふーんってどうでもいいけど、俺は祥華でいいのね」


 ・・・彼氏いねーのか


「いいよ」


「で、どうしたいの ?」


「原因は鬱病って言われたの。先週、お線香をあげに伺った時、お母様に」


「・・・それこそ不自然かな ?」


「なんか、明るい舞ちゃんを汚されたような気分だったの。舞ちゃんが鬱なんて絶対ない」


 いつの間にか目力が復活していた。

 これはお嬢様キャラじゃねーな。


「本人の名誉の為にも、はっきりさせたい、と」


「そう、だから来橋のおじ様に相談したら、知り合いの検察の方に訊いてくださったのだけれど、警察も “ 鬱病による発作的な飛び降り自殺 ” の見解らしいの」


「・・・警察は原因が特定出来なきゃ、結局そうなるかもな」


「でも、絶対違う! 殺人なんて思っていないけど、あの明るい舞ちゃんが死を選ぶとしたら、その原因は間接的な殺人じゃないかと思うの」


「その原因を突き止めたい ?」


「このまま終わりにしたくなかったの。無理かも知れないけど、しっかりと原因を調べたい」


 ・・・つえーな


「来橋のおじ様にそう言ったら、まだ調べるつもりなら、一人は絶対ダメですって言われて・・・」


 ・・・あ ?


「おじ様も、貴さんならいいって言うの」


 ご指名 ?


 ・・・俺、お嬢様の護衛係 ?




 

 

 

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