161キロ

 

 白球がセンター上空に消えた。


 ・・・


 開いた口が塞がらない。


 比喩的表現でなく、本当に口を閉じる事を忘れてしまう非現実的な現実。


 俺だけでない。

 敵も味方も球場にいる全ての人間がそうだった。

 ただ、呆然と消えた白球を追っていた。


 スイングの瞬間、ほんの僅か “ チッ ”とか “ シュ ” とかいう音が聞こえた気がした。

 あれがスプリットを捉えた打球音だったのか ?

 その刹那、やにわに総毛立った。



 ・・・本当にかっ飛ばしやがった


 “ 大沢の推定150メートル弾 ”


 あれをウェイティングサークルで見た。


 これは俺の誇りだ。


 ちっちゃな話でとても人には語れないが・・・



 大沢は最初からスプリットだけを見ていた。


 おそらく和倉も、そうだとは思っていた。


 しかし一瞬迷った。


 それが全てだ。


 和倉がじっとセンター上空を見つめていた。


 一瞬、唇を噛み締めた。


 三塁方向に目を向け、口元が綻んだ。


 ・・・やられちゃった


 そんな明るい表情に変わった。


 大沢が大きなストライドでゆっくりと三塁を回った。

 俯き加減の顔に特別な感情は読み取れない。

 

 いつの間にかヒロが、ホームベースで待ち構えていた。 

 ホームインした大沢にヒロが飛び掛かった。

 コータが島が鷹岡がそれに続いた。


 場内の騒つきが収まらない。


 ついに和倉から点を奪った。


 俺は、もみくちゃの輪から這い出て来た大沢とガッチリ握手を交わした。


「やるな」


「おうよ」


 俺は大沢の尻を叩いた。


 そして打席に向かった。


 

『6番、ライト下村』


 和倉と目が合った。


 生気は漲っている。


 ショックの気配はすでに消えていた。


 ・・・さすが


 場内が騒つく中、和倉が振りかぶった。



 初球。


 ・・・ストレートだ


 ・・・低め


 僅かな体重移動だけで、ボール2個半上あたりにバットを思いっ切り叩きつけた。


 ・・・強烈な手応え


 そのまま和倉に向けてフォロースルー。


 パァーン !


 グラブが鳴った !


 打球がグラブに飛び込んだ。


 和倉自身が慄いていた。


 ピッチャーライナー。


 スコアボードてっぺんの電光表示。


 “ 161㎞ ”


 ・・・クッソー、完璧に捉えたのに


 ・・・めちゃくちゃ悔しいぜ



 チェンジ。

 


 七回を終わって1ー0。


 遂に均衡を破った。


 あと2イニング。


 王者を追いつめた。



『 八回の表、南洋大学の選手の交代をお知らせします。ピッチャー三枝に変わりまして杉村』



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