特等席

 

 4番、主砲の喜多原。


 ここから左が続く。


 三枝の攻めが突然変わった。


 ストレート中心の組立て。


 大沢のサインは、高めに全力投球か。


 “ リミッター解除 ”


 明らかに球速があがった。


「ボール !」


「 ストライク !」


「 ボール !」


 4球目。


 喜多原は137キロのインハイを打ち上げた。


 西崎がほぼ定位置で捕球した。


 ツーアウト。



 5番、中村にも同じような攻め。


 2球目。


 アウトハイに浮き上がる136キロのボール球を、中村が強引に引っ張った。


 狭い一、二塁間の真ん中に強烈な打球が飛んだ。


 これに西崎が飛びついた。


 ・・・うそぉ !


 届いた。


 が、倒れた弾みでボールをこぼした。


 ・・・違う、体が落ちる前にボールを放り出した


 ボールがコータの足元に転がった。


 コータが一塁に駆け込む三枝とベースの中間にゆっくり丁寧に送球した。


 三枝がボールを掴んだ。


 中村と三枝の競争。


 ほぼ同時。


「・・・アウトォォォ !」


 塁審の派手なアクション。


 うぉぉぉー !


 スタンドの響めき。


 三枝とコータが西崎を引っ張り起こしていた。

 西崎は地面に体を打ちつけて、半ベソをかいていた。


 ダイビングキャッチした瞬間、コータに向かって、ボールを転がした。

 自分の体勢からより、コータの方が三枝への送球が確実。

 瞬時にそう判断してその通りに動く。

 まったく何をやらせても、行き当たりばったりの天才だな。


 とにかく試合終盤のクリーンアップを3人で片付けた。


 ・・・これはデカい


 チームのムードもいい。



 そして七回裏はこっちのクリーンアップ。



『3番、ショート水野』



 左打席に向かう水野。


 中京大バッテリーがマウンド上で言葉を交わしながら水野を見つめている。


 誰がスプリット狙いで、誰が違うのか ?


 やはり全員がスプリット狙いなのか ?


 均衡の続く終盤。


 ここまで来ると逆に疑心暗鬼は深まる。


 ウェイティングサークルで和倉を見つめる西崎と大沢。


 このあと十数年に渡り、野球界の主役を張る男たち。


 そんな事、夢にも思っていないこの時の俺は、最前列の“ 特等席 ”でその名勝負に心底、心弾ませていた。

 

 尾形がキャッチャーボックスに戻った。


「和倉 !」「和倉 !」「和倉 !」「 和倉 !」


 一塁側スタンドから突然、巻き起こった和倉コール。


 16歳の冬、自転車通学の途中で交通事故に遭い、大腿骨骨折の重傷を負った和倉。

 高校時代、家族、仲間、恩師、医師、トレーナー、その他大勢の支えのおかげで今の自分があると語り、南洋大を去って行った。

 マウンドで光輝く姿を見せる事こそが恩返しであり、ヤツのモチベーションだった。


 今、その輝きは最高潮か。


 ・・・大したヤツ



「水野 !」「水野 !」「水野 !」「水野 !」


 一塁側スタンドからも負けずに水野コール。


 水野がゆっくりと構えた。



 初球。


 内角低めのストレート。


「ストライク !」


 156キロ。


 球速もスピン量も衰えていない。



 2球目。


 真ん中低めのストレート。


「ボール !」


 155キロ。



 3球目。


 真ん中低めのストレート。


「ボール !」


 155キロ。



 4球目。


 真ん中低めのストレート。


「ボール !」


 154キロ。


 水野はスプリット狙い。

 バッテリーはそう割り切ったか。

 低め低めの同じボール球で誘っている。

 

 しかし水野は微動だにしていない。


 3ー1スリーワン



 5球目。


 真ん中高め。


「ストライク !」


 159キロ。


 ギアを一段上げた !



 3ー2フルカウント


 意識的にフルカウントにしたか ?


 高めの159キロのあと、低めのスプリットには目がついて行かない。


 ・・・見逃しを狙った低めギリギリのスプリットか ?



 6球目。


 ・・・ストレートだ


 水野もストレートのタイミングで踏み込んでいる。


 ・・・捉えた



 鈍い打球音。



 ・・・詰まった ?



 ショートゴロ。


 水野の足。


 一塁まで到達タイムはチーム1。


 ショートの送球が高くなった。


 ファーストが伸び上がる。


 水野が駆け込んだ。


 ・・・水野が早い !


「ア、アウトォー」


 ・・・ウソだ !


「エーッ !」「ジョーダン !」


 鷹岡とコータがダグアウトで大声を出したが、すぐに島に諌められ黙った。


 水野も淡々と引き上げて来る。


 ノーアウトで出塁したいこの場面。

 悔しいであろう。


 しかし、完全に打ち取られた。

 この勝負は和倉の勝ち。

 ただそれだけの事だ。


 スコアボードの一番上。


 153キロ表示。


 ・・・ ?



「普通のストレート ?」


 ジョーが思いついたように呟いた。


「普通 ?」


「スピンをかけなかった」


「・・・そうか、だからノビがない分、ボールの上っ面を叩いた」



 ・・・恐ろしいヤツ




『4番、ファースト西崎』


 打席に入る前、西崎は三回、四回と素振りを繰り返した。

 まるで、漫画のようなアッパースイング。

 あのバットの軌道の中にスプリットは入って来ないだろう。

 マジなのか、演技なのか。

 きっと自分でも分っていないだろう。


 初球。


 インハイのストレート。


 160キロ表示 !


 それを西崎は迷いなくフルスイング。


 ぶっ叩いた !


 打球はショートの正面。


 ・・・あっ


 ショートの頭上、打球が速すぎてグラブを出すのが遅れた。



 越えた !


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