やるぅ

 

 七回表。


 ヒロと大石が、レフト側のブルペンに入った。


 おおぉぉぉー !


 途端に三塁側のスタンドが沸き返った。

 俄然、黄色い歓声も増した。

 

 リーグ戦でナックルを投げ始めてから、ヒロは地元でアイドルになった。

 中学生のような小さな体、ほのぼのとした笑顔で、怪物のような強打者から次々と三振を奪う“ ギャップ ”が野球の素人の心を摑んだようだった。

 しかし、全国的なネームバリューはなんと言っても大石だろう。

 水野と大石の名は全国区、別格だ。

 ドラフト1位指名を蹴った、と言うだけで日本中が大騒ぎ。

 一時は二人とも“ 時の人 ”になったのだ。


 この試合、大石の登板予定はない。

 しかし、これも心理戦の一つ。

 三枝のあとは大石か ?

 豪速球とお化けフォーク。

 相手にそう思わせるだけでも、意味はある。



 3番の尾形が右打席に入った。


 どっしりとした四角い構え。

 それでいてパワーより、どちらかと言えば器用という印象。

 初戦の浜体大戦でも、ライト方向にきれいに合わせたヒットが2本あった。


 尾形に対する三枝の投球はやはりインコースが中心だった。


 2ー1ツーエンドワンからの4球目。


 インローを抉るナチュラルシュートを尾形が完璧に捉えた。


 左腰に壁を作った見事な流し打ちだ。

 

 ・・・センターか


 ・・・こっちか


 鋭いライナーがコータの頭上を越えた。


 右中間の真ん中。 センターよりか ?


 暮林が大きな体を低くして突っ込ん来る。


 俺は暮林の後ろに回り込むようにダッシュした。


 ボールが落ちて来た。


 意外と伸びない。


 ドライブがかかっていたのだ。


 暮林が飛んだ。


 ・・・間に合う


 ボールが跳ねてライト側に逸れた。


 逃げる打球に暮林のグラブが弾かれた。


 ・・・!


 浮き上ったボールがこっちに向かって弾んで来た。


 ・・・ラッキー


 尾形は一塁を回っている。


 思いっ切り助走をつけて、ボールを摑んだ。


 ・・・間に合うか


 ・・・肩は何ケ月も休ませたんだ


  水野の顔だけを見て、コントロールと投球フォームを意識した。


 ・・・元ピッチャーをなめるなよ


 大沢のサインが浮かんできた。

 90パーのストレート。


 むやみに全力投球はしない。

 その事は今も肩に染み込まされていた。


 リキまずに腕を振り切った。


 驚くほど綺麗なラインを描いた送球だった。

 本当に真っ直ぐ水野の顔に向かって行った。

 

 滑り込んだ尾形の足に、水野のグラブが優しくタッチするのが見えた。


「アウト !」


 ・・・よしっ !


 スタンドがドッと響めいた。



「やっぱり凄い肩だな。さすがのコントロール」


 ジョーが拳を突き出して来た。



「お前が触らなければ完全に抜かれてた」


 俺はガツンッと拳をぶつけた。



「やるぅ !」 


 レフトの島が親指を突き出した。


 ブルペンのヒロが、大石とハイタッチしているのが見えた。


 その上のスタンドに目をやった。


 全員が立ち上がって拍手している。



 ・・・スタンディングオベーション



 三塁側スタンドの片隅に白いリボンの乗った大きな麦わら帽子。

 立ち上がって胸の前で手を叩いていた。


 ・・・祥華


 ちょっと前に気づいた。


 帽子で顔は見えないが、あんなお嬢様ファッション他にいない。


 胸が騒ついた。



「ワンナウトー !」 


 ホームベースの前で大沢が叫んだ。


 天を指していた人差し指が、俺を指した。


「ワンナウトォ !」

「ワンナウト !」

「ワンナウトー !」


 大沢の声にナインの声が重なった。


 みんな、俺を見ていた。


 弾ける笑顔。


 西崎も力丸もコータも・・・水野も。



 風を感じた。


 季節外れの新緑の薫りが、俺の頬を撫ぜた。



 ・・・ちくしょう



 ・・・最高だぜ


 

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