握力は落ちるだろ

「ボール !」 

 145キロスプリット。


「ストライク !」

 155キロストレート。


「ファール !」

 155キロストレート。


「ボール !」

 157キロストレート。


「ファール !」

 148キロスプリット。


「ファール !」

 158キロストレート。



 ・・・どんどん速くなってる


 ボール二個分プラスもうちょい上。


 そこにバットを合わせれば、何とかカット出来る。


 なんかさっきから、スタンドがザワザワしてねーか ?



 7球目。


 スプリット。


 ・・・近い


「ボール !」


 ウォー !


 スタンドが超盛り上がってる。


 結局、スプリットは全部ボール球。


 ストライクを取る気はねーか。


 って言う事は、次


 ・・・ストレートで決めに来る



 3ー2フルカウント



 8球目。


 ・・・ん !


 スプリットだ。


 小さな体重移動と腰の回転だけで、ボールを和倉に向かってぶっ叩く。


 ・・・捉えた !


 ・・・はず



「ストラックアウト !」


 ・・・ボールが消えた


  和倉が小さく左の拳を握り締めた。


 ・・・くっ !


 一塁側のスタンドは大騒ぎだ。


 ずっと狙っていたスプリット。


 ・・・かすりもしなかった


 

“ 浮き上がって見えるボールの後に、落ちるボールが来たら、消える魔球になるでしょ”


 ヒロの言う通りだ。


 要するにストレートをカット出来るようになった分、スプリットの落差に目がついて行けなくなった。

 ストレートの残像のせいか。


 ・・・マジ悔しいぜ



 ショボ暮れてダグアウトに戻った俺の目の前にドリンクが差し出された。


「4回3/1で65球、結構投げさせてる」


 水野が暮林の打席を見つめながら言った。


「ん ? 和倉の投球数か。あいつは200球くらいまで平気さ」


「杉村が言ってたが、フォーシームってヤツは、普通のストレートを投げるよりもキツいらしいな」


「まあ、強烈なスピンを掛け続けるからな。だが、そう簡単にあいつの球速は落ちんさ」


「握力は落ちるだろ」


「・・・」


「球速は落ちなくても、スピン量は確実に減る。握力が落ちると一番影響を受けやすい球種ってなんだ」


「・・・スプリットだな」


「球速が一緒でスピン量の減ったストレートと、握力の落ちたスプリット。このあと勝機は来るって考えてる俺は甘いか ?」


「いやいい読みだ。そう思うだけでチームの士気も上がる」 

 

「和倉が死にものぐるいで投げた下村への8球、これは大きいぞ」


 水野はそう言うと、体をグランドに向けた。


 1ー2からの4球目。


 外角低めのスプリットを暮林が完璧にすくい上げた。


「いったぁー!」


 ウェイティングサークルの鷹岡が叫んだ。


 打球が恐ろしく高くあがった。


 センターが背走している。


 和倉が両手を腰に当てて、打球を見上げていた。


 センターフェンスに書かれた122メートルの文字がセンターの背中で隠れた。


 ・・・はいれっ !


 センターがフェンスに背中を擦りつけるようにジャンプした。

 着地したあと、今度は右手を突き上げた。


「アウト !」

 

 スタンドから絶叫が聞こえた。


 ・・・取られたのか


「惜しいな」


 珍しく水野が表情を崩して呟いた。


 ツーアウト。


 

 味方のプレーに発奮した和倉は、続く鷹岡にストレートを3球続け、三球三振に打ち取った。


 最後のボールは158キロだった。


 5回を終わって9奪三振。


 そして72球。


 確かに球数は多い。


 和倉のストレートのノビが少しでも衰え、スプリットのキレが少しでも鈍まれば、うちは一気に攻略出来る。

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