残像を作らない

 初球。


 ・・・スプリットじゃない


 確かにそう感じた。


 だから球道ボールを追うのを止めた。


 目に、脳に残像を作らない。


「ストライク !」


 155キロ。


 “ シモはスプリットを感じ取ろうとしている ”


 さすがヒロ。

 言葉にしてくれたんで、確認出来た。

 リリースの瞬間、手首の返しが何となく違う。

 スプリットの方が返しが大きい。


 ・・・気がする

 

 もう“ その感じ ”を信じるのみだ。



 2球目。


 ・・・!


 スプリットが来た


 落ちっぱなを和倉の足元へ叩きつけた。


 バットの先っぽ。


 痛烈な打球が一塁線に切れて行った。


「ファール !」


 ・・・クソっ、引っ掛けた


 予想以上に落ちた。


 ツーストライクか。


 ストレートが来たら当てるしかない。



 3球目。


 スプリット・・・じゃない。


 ボール二個分、上を狙う。


 ・・・高い ?


 思わずバットを止めた。


「ボール !」


・・・っぶねぇ、釣り球だった



 4球目。


 来た。


 ・・・低い


「ボール !」


 スプリットなら見極めが出来る。


 ・・・ような気がする


 2ー2ツーエンドツー




 5球目。


 大沢が走った !


 尾形の立ち上がる気配。


 外されたピッチアウト


 外角高め。


 ・・・とてもカット出来そうもない


 尾形が二塁に送球。


 マウンドをなめるようなボール。


 ・・・とんでもない肩


 水野が突っ込んで来た。


 ショートが構えるグラブに、ボールが真っ直ぐ飛び込むのが見えた。


 大沢が足からセンター方向に滑り込んだ。


 左手を伸ばして、ショートの背後に回った。


 ・・・上手い・・・が


 ショートのタッチも素早い。


「アウト !」


 ・・・大沢が刺された


 チェンジ。



「大沢の判断は間違ってない」


 本塁に駆け込んで来た水野が、悔しそうに言った。


「俺もそう思ってた。和倉が送球をカットしたら二、三塁にチャンスは広がる。カットしなければ得点の確率は結構高かったと思う・・・俺も追い込まれてヘロヘロだったし」


「たぶん大沢は、お前にタイムリーが出そうだったから走ったんだ。1点と2点ではこの試合大違いだからな」


「俺は泣きそうだったけどな」


「そうか ? しっかり見極めが出来てたじゃないか」


「頭の中はクチャクチャだった」


「それは和倉も同じだろ。あのキャッチャー様様だな。まあ次の回の先頭打者だ。俺はかなり期待出来ると踏んでいる」


 水野はそう言うとダグアウトに戻って行った。


 確かに並みのキャッチャーなら、今ごろ主導権はこっちが握っていただろう。

 あいつもいいキャッチャーに出会って成長したわけだ。


 感心している場合ではないが・・・



 5回。


 4番のセーフティバント。


 完全に意表を突かれた三枝のスタートが遅れた。


 初ヒット。


 続く5番の送りバント。


 それに飛びついた大沢が二塁で刺した。


 尾形に負けない超強肩。


 ワンアウト一塁。


 次の左バッターは、三枝のカーブを走りながら三遊間に転がした。

 いわゆる“ 当て逃げ ”というやつ。

 駿足の左打者が出塁する為の苦肉の策。

 疑似セーフティバントのようなもの。


 しかし、それを横から飛び出して来た力丸が難なく二塁で刺した。


 次打者のセンターに抜けそうな二遊間ド真ん中のゴロも、コータが余裕で追いついて、そのまま二塁ベースを踏んだ。


 チェンジ。


 大沢がファースト西崎を、監督に提案したわけが、やっと俺にも分かって来た。


 三枝が投げた瞬間、西崎がかなり二塁側に移動する。

 何せ横の動きは、水野を凌ぐほどの男だ。

 一塁に張り付かせておく手はない。

 それに連動して、コータも右に動き、水野が三遊間側に下がる。

 そして力丸が前と三塁線を固める。


 三枝が丁寧に低め低めのコーナーを突けば、この内野は抜けない。

 やはり大沢の発想は、周到かつ合理的だ。


 5回裏。


『6番、ライト下村』


 さあ、勝負のやり直しだ。

 


 

 


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