全員スプリット狙い

 神宮大会をかけた決勝戦

 

 決勝の相手は愛知リーグの覇者、中京大学。

 春が13年連続、秋は7年連続で神宮へ出場しており、全国制覇3度の実績を持つ。

 東海・北陸・愛知の王者である。


 そして春の神宮ではベスト4。

 準決勝ではあの名峰大と接戦を繰り広げ、1ー2で惜敗している。

 その接戦の主役が今、一塁側のダグアウトの前で肩慣らしをしている。


 “ 南大・・ 左のエース ” 和倉成亮。


 2年前、南洋大に見切りをつけ、名古屋の名門、中京大へ転学した俺たちの同期生。

 石神さんが失った事を、最も嘆いた逸材。


 4か月前、名峰大を本気にさせた男がさらにパワーアップして、俺たちの前に戻って来たのだ。


 後攻、南大のスターティングメンバー。


 1番 セカンド  辻合

 2番 サード   力丸

 3番 ショート  水野

 4番 ファースト 西崎

 5番 キャッチャー大沢

 6番 ライト   下村

 7番 センター  暮林

 8番 DH    鷹岡

 9番 レフト   島 

    ピッチャー 三枝


 ファーストに西崎。

 そしてピッチャー三枝。


 これは大沢の提案を監督がすんなりと受け入れた布陣だった。

 和倉の凄さを誰よりも知っている大沢だからこその守備態勢だ。


 目的はいつもと変わらない。

 あくまでピッチャーを助ける守備重視。

 東山の守備も決して悪くはない。

 しかし、西崎の方が上手い。

 西崎はキャッチャー大沢とセカンド辻合以外のポジションならチームで一番上手い。


 打線には左の東山の代わりに、一発のある鷹岡を入れる。

 そして力で押す西崎より制球力のある三枝の方が、長打を打たれるリスクが低い。


 大沢も、いつも勝敗には無頓着。

 しかし、勝つ為の準備は周到だ。

 野球をより楽しむ準備、と言う方が的確か。


「シモ、あいつのスプリットどうやったら当たるんだ」


 西崎が、和倉の肩慣らしを眺めながら俺に訊いて来た。


「当てに行くしかないな」


 俺は思った事をそのまま言った。


「それじゃあ、楽しかねーな。・・・スプリットは捨てるか」


「ストレートを捨てる」


 大沢が横で呟いた。


「何故 ?」


 西崎がすぐに食いつく。


「ヒロと同じフォーシームが、150キロ以上の球速でしかも左から来る。俺には無理。だから見ない」


 ・・・見ない ?


 大沢は冗談を言ってるわけでも無さそうだ。


「じゃ、シモ直伝のスライダー狙いか ?」


「たぶん、西崎やシモ、おれタイプのバッターにスライダーは投げて来ない」


「じゃ、打つタマねーじゃん」


「スプリット」


「お前のアッパースイングでは当たらんだろ」


 ・・・超アッパースイングの西崎が言うか


「ストレートよりは当たる確率は高い。後半になれば目も慣れる」


「・・・うーん。じゃ俺は・・・」


「スプリットだ」


 後ろから水野が西崎の言葉を消した。

 珍しくはっきりとした、明確な物言いにダグアウトの全員が水野に顔を向けた。

 

「杉村のスピンを知り尽くしている大沢が“ 見ない ”って言うほどなんだ。たぶん和倉のストレートは最後まで力は落ちない。なら俺もスプリットだけを狙う」


「全員スプリット狙い」


 暮林が西崎の顔を見て言った。

 

「よし、決定」


 島が西崎に頷きながら、結論づけた。


「・・・うーん」


 西崎は唸りながらも、何故か俺に向かって頷いた。


「よし、いい子だ」


 俺は西崎の頭を撫ぜて、褒めてやった。


 たぶん西崎はこういう“ 決め事 ”を守るのが苦手だ。

 

 しかし、相変わらずチームの雰囲気はいい。


 ・・・これなら行ける


 ナインが守備位置に散った。


 皆、晴れやかな顔をしていた。


 俺も実戦での守備は久々だった。

 しかし準備に怠りはない。

 何より、ファーストに西崎がいてセカンドに辻合がいて、右にジョーがいる。

 俺の守備範囲なんてちっちゃなものだろう。

 邪魔にならないよう、必死に走ればいい。


 ・・・王者相手に思う存分


 さあ、試合開始だ。


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