浮足立ってんぞ
右打者の膝に喰い込んで来るスライダーとカーブ。
インコース低めギリギリを狙ったストレート。
ボール球に見せかけて、最後にストライクコース入ってくる外角低めのスライダー。
膝元に外れるかと思えば、最後に軌道を変えるナチュラルシュート。
とにかく低め低めにフロントドア、バックドアの繰り返し。
ボール球を振らされたり、ストライクを見逃した時点で、打席のバッターは自分の選球ミスに慄く。
勝負の途中で、バッターにミスったと思わせたら、その時点でピッチャーの勝ちだ。
三枝のピッチング(大沢のリード)は中京大のバッターを混乱に陥れていた。
初回
三者連続見逃し三振。
三枝はこれ以上ない立ち上がりだった。
相変わらずの無表情。
ゆっくりと淡々とダグアウトに戻って行く。
集中すればするほど表情がなくなって行くのが三枝の特長だ。
三枝はこの頃にアンダースローから、サイドスローにフォームを変えている。
これまでのカーブ頼みのピッチングもしなくなった。
そしてサイドスローに変えたことによって、九分割に投げ分ける精密機械のようなコントロールと、ホームベースの角を掠めるスライダー、打者を混乱させるナチュラルシュートを手に入れたのである。
ストレートもスライダーもシュートも130キロほどの球速。
しかし球の出どころが分かりにくい上、球離れが早いので、バッターには10キロ以上速く感じているはずだ。
予想以上に速い。
バッターがそう思った時点で、自分の間を見失う。
それだけでピッチャーは優位に立てる。
一回裏
1番辻合は初球、和倉の144キロの高速スプリットをセンター前に弾き返した。
ウォーッ !
三塁側のダグアウトもスタンドも一気に気勢があがった。
特にコータのプレーにはチーム全体が盛り上がる。
幸先がいい。
ノーアウト一塁。
2番力丸。
初球。
コータがスタート切った。
153キロ。
凄いストレート。
・・・!
キャッチャーがまさに矢のような見事な送球を見せた。
ほとんど大沢張りの肩。
・・・コータの左手が消えた
「セーフ」
タイミングは完全にアウト。
キャッチャーの送球はベース前に置いたセカンドのグラブにピタっと収まった。
その後にコータの手が来るはずだった。
ヘッドスライディングで飛び込んだコータは、ベースに伸ばしかけた左手を途中で地面につけてブレーキをかけた。
そうやって体を左回転させて、グラブを避けて右手でベースをタッチしたのだ。
キャッチャーの尾形が天を仰いだ。
・・・さすがセンスの塊
・・・咄嗟の判断と体のキレがハンパねー
ノーアウト二塁。
いきなりの大チャンス。
2球目。
膝元に喰い込む高速スライダー。
「ストライク」
141キロ。
・・・さすがのキレ
ツーストライク。
コータが挑発するように、大きなアクションでリードを広げる。
和倉は気にする様子もない。
・・・余裕か ? 余裕がないのか ?
3球目。
低めギリギリのスプリット。
力丸がそれを飛び込むようにバント。
ピッチャーの左に転がった。
和倉の動きは恐ろしく速かった。
ボールを掴むと迷わず三塁へ。
しかし、一瞬ボールを握り直したか。
「セーフ !」
微妙なタイミングだったが、またしてもコータがタッチを搔い潜った。
・・・おいおい、浮き足立ってんぞ和倉
ノーアウト一塁三塁。
「タイム !」
キャッチャーの尾形がマウンドに駆け寄っていた。
内野陣も集まっている。
・・・リキみか ?
あいつだって南大戦には特別な思いがあるはずだ。
自分だけが逃げ出した、という引け目もあるのだろう。
しかし、あいつにはそうするだけの事情があった。
それだけの実力もあった。
そして今では大学ナンバーワン左腕だ。
しかし南大も這い上がって来た。
気合いが入るだろう。
もともと水野、大沢、西崎の力は誰よりも認めていた。
暮林や島の強みも知っている。
俺も含めてみんなきっちりレギュラーを張っている。
だからこそリキんだ。
知らない一年坊主に振り回されてパニクったか。
スコアリングポジションにランナーを置いて、アイツらを迎えたくなかったって所か。
内野陣が散った。
キャッチャーが座った。
プレー再開だ。
『3番、ショート水野』
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