自主トレ

 夏休み


 インパクトのあと、ボール5個分をピッチャーに押し返すつもりでラケットを振り上げる。


 バアンッ


 ドライブのかかったボールがネットを越えたあと失速せずに沈んでいく。


 パンッ


 水野は完全フラット。

 ドライブほど弾まない、そして重い。


 バアンッ


 パンッ


 バアンッ


 パンッ


 単調なフォアの打ち合いを延々と続けていた。


 これが結構楽しかった。


 インパクトの感触が心地いい。


 いつまでも終わらないラリーにギャラリーが騒ぎ立てている。


 スターは何をやっても騒がれる。


 しかしこんなに当たるとは思わなかった。


 テニスは好きだった。

 左ならテニス部の奴らとやっても、打ち合う事が出来る。

 

 しかし右でここまで器用に打てるとは、思ってもいなかった。

 体のバランスが良くなると、こんな事も出来るようになるのか。


 これも自主トレ。


 水野に誘われた。


「下村が上手いと聞いたが」


「普通に打ち合う程度なら」


「じゃあ、右で打ち合おう」


「右 ?」


「バットと同じ利き腕でやっても、脳の刺激にはならんだろ」


「なるほど、しかし相当暑そうだな」


「いや、トレーニングセンターのインドアをとってある」


 ・・・


 夏休みのインドアは本当なら、そう簡単には使えないはずだ。

 予約も抽選だと言う話だ。

 真夏に空調下で出来るインドアテニスは超人気だ。


 理由は知らないが、そんなところを簡単に、1時間借りてしまうところが水野という男なのだろう。


 ついでにギャラリーもいっぱいだ。


 しかし、何をやらせてもスマートな奴。


 ミスをしないのはテニスも同じか。


 何かとすぐに引け目を感じる己が疎ましい。

 


 


 南大野球部の夏トレーニングは、とりわけ特殊だった。

 一体、何部なにぶだか分からないような練習風景になる。


 深町監督曰く

“ 筋肉が熱しやすく、関節が広がりやすい夏に炎天下のグランドでわざわざ無理する事はない ”らしい。

 力が有り余って、ブレーキの掛け方を知らない奴らは涼しいところ(筋トレルーム)でバック転のひとつでも出来るようになった方がいい、が口癖だった。


 深町監督も自分の考えばかりを押しつけていたわけではない。

 バック転はヒロ独自の発想だ。

 その発想は小学生の頃の思いつきだというから恐れ入る。

 大沢のような大きな男は、どうしたら瞬発力を養えるか。

 大きな男が素早く動ければ、凄いだろうなあ、という素朴な思いつき。

 ヒロは幼い時から、大沢にトレーニング法をアドバイスして、それを大沢が吸収していくのを見るのが嬉しかったらしい。


 その答えの一つが三半規管を鍛える事だった。

 瞬時に自分の態勢が把握出来れば、素早く正しい態勢に戻す事が出来る。


 小学生でその発想。

 ・・・天才以外の言葉が出て来ない



 あれは高2の春だったか・・・


 地獄のジェットコースター。


 目も開けられないような、恐怖のどん底で聞こえたヒロと大沢の、のん気な会話。


 ・・・あれにはこんな裏があったか


 ・・・意識レベルがハンパねーな


 


 鉄棒、マット運動、逆立ち、倒立歩行、側転、バック転、前方宙返り、トランポリン。

 子供の内に意識的にやっていれば鍛えられる機能なのだろう。

 確かに野球でも、走攻守すべてで態勢が崩される場面が訪れる。

 前後、左右、上下を司る三半規管が鍛えられていれば、フォームが崩れない。


“ 無理な態勢からのミスが起きにくくなるし、プレーの速度がアップする ”




 グランド練習は朝6時から9時までで、あとは深町メニューに沿って自主トレするのみだった。


 ひたすら泳ぐ者、鉄棒の大回転にチャレンジするもの、吊り輪にチャレンジする者、マット運動をするもの、バレーボールをする者、ひたすら倒立歩行をする者、連続バック転にチャレンジする者、トランポリンをする者、そしてテニスをする者・・・おそろしく充実した設備を野球部の連中はフル活用していた。





 そして秋



 南洋大は、秋のリーグ戦を無敗で制した。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る