上には上がある

 初めての神宮球場。

 1回戦の相手は東都リーグの覇者。

 神宮球場には南洋市から大応援団が駆けつけた。


 そんな状況がプレッシャーになったのか先発、杉村は立ち上がりから乱れた。


 ナックルの落ちが悪くストライクがとれない。際どいコースを突いたフォーシームをカットし、フォアボール狙いに来た相手に、いつもの投球術が裏目に嵌まった。 

 3つのフォアボールとヒットでいきなり3点を失った。

 相手は驚くほど南洋大を研究していた。


 緊急登板した西崎が試合を立て直したが、全国区の強豪校はやはり強かった。


 コンパクトなスイングで、西崎の150キロを超えるストレートをコツコツと当てて揺さぶりをかける。


 力丸と西崎が連続エラー。

 南洋自慢の守備に綻びが出てしまう。

 相手の試合巧者ぶりは、一枚も二枚も上手だった。


 一方、打線はプロ注目の逸材と言われるエース小山に抑え込まれた。


 通用していたのは、辻合と水野だけだったように見えた。

 大沢も西崎も力丸も精彩を欠いた。


 水野は3安打1四球と奮闘したが、あとが続かなかった。

 特に5番に入った西崎が、4打席連続三振と完全にブレーキとなった。

 結局終わってみれば、2対8の大差がついていた。


 俺は、為す術もなく敗戦したチームメイトの姿を見つめながら、自分と向き合っていた。


 上には上がある。


 しかし、あいつらにはそれを乗り越えるだけの才能がある。


 俺は大学野球までで精一杯。


 大学で投手復活出来るのなら、それに賭ける。死にものぐるいで復活してやる。


 ・・・しかし


 もし肘の再建手術が成功したとしても、最低一年は投げられない。

 そこから復活出来たとしても、大学野球には間にあわない。


 監督やヒロたちに恩返し出来ない。

 それでは意味がない。


 手術はしない。




 この大学選手権の1回戦敗退は、全国区と言われる強豪大学の強さを改めて思い知った大会になった。


 そしてこの屈辱の敗戦が、若いチームに火を点けた。

 チームの意識レベルが一段と高くなった。


 特にヒロと西崎の目の色が変わった。


 この時を境にヒロは深町監督の参謀的な立ち位置、水野の補佐的な役割から、エースへとはっきりと重心を変えた。

 そして3種類のナックルを磨き始めるのだった。


 練習嫌いの西崎も、これまでのバッティング中心の練習が、完全にピッチング中心に変わり、似合わない走り込み、避けていた投げ込みの量もこれまでとは比較にならない程に増えていた。



 チームの目は、完全に全国に向き始めていた。


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