まあまあだ
いよいよ優勝決定戦。
勝った方が、神宮進出だ。
決戦の場、東浜総合球場。
ブルペンで先発の西崎が辻合を相手に、背面キャッチをして遊んでいた。
フライではなく、強めに投げたキャッチボールでそれをやっていた。
二人とも全く危なげないところが凄い。
傍らで鷹岡が目を丸くして見ている。
試合前の三十分練習の光景。
南洋大の面々には、初優勝を狙うチーム特有の固さがまったく見られなかった。
鷹岡凌の代打ホームランが、チームを一気に明るくしていた。
まあそれ以前に、基本このチームはノー天気である。
勝っても負けても試合を楽しむ。
いつの間にかそんなチームカラーになっていた。
深町監督がいて、ヒロがいて、大沢がいて、西崎がいる。
ムードメーカーが監督と主力の三人、となれば当然こうなる。
さらに西崎の弟分を名乗って憚らない辻合航汰が超お調子者だった。
あの西崎が“ 野球センスの塊 ”と言うだけ男である。
そんな凄いヤツが、ダグアウトで率先して声を出し、ギャグをかまし、ボケ倒せばチームの空気は自ずと軽くなる。
夏の甲子園でベスト8入りした埼玉の高校でキャプテンをしていた辻合は、秋に水野のプレーを見に、静岡に来ていた。
辻合も甲子園での水野に魅せられていたのだ。
しかし、はるばる静岡まで来たにもかかわらず、水野は怪我で欠場していた。
ショートには西崎が入っていた。
辻合は鳥肌が治まらなかったと言う。
その華麗なプレーに釘付けになった。
一目惚れと言うヤツだ。
“ 西崎とチームメイトになりたい ”
その思いだけで、辻合はレッドシャークスの指名を蹴り南洋に来た。
のちに
“ プロ野球史上最高の二遊間 ”
“ 世界一美しい二遊間 ”
と称賛された水野、辻合コンビを実現させたのは、実は西崎のショートがきっかけだったのだ。
西崎も辻合といると妙に楽しそうだ。
“ センスの塊 ”に惚れ込んだか。
結局、あいつは他人の優れた部分を“ 自分に取り入れる ”事が好きなのかも知れない。
「おーい」
その西崎が俺に手を振っている。
・・・
どうやら俺を呼んでいるようだ。
俺はストレッチを中断しブルペンに入った。
「どうした ?」
「スライダーを投げてくれ」
・・・なんの冗談だ ?
「何故 ?」
「ずっとシモのスライダーを目指してたんだがイマイチなんだ。もう一度見せてくれよ」
・・・マジで言ってんのか ?
「もう無理だ。それにお前のスライダーも十分モノになってるだろ」
「冗談言うな。あんなんお前のに比べたらションベンだ。なあコータ」
・・・ションベン ?
「御意」
・・・御意の使い方おかしいだろ
鷹岡も横で嬉しそうに頷いている。
・・・単なる野次馬だろ
「ヒロやカズを見てて思ったんだ」
「何を ?」
「キレのある変化球があれば、ショート、セカンドに打たせて楽が出来るんだ。うちのチームは」
・・・
「十球二十球なら肩大丈夫なんだろ ? 曲がんなくてもいい。斬り方が見たいだけだから」
「げっ !」
いつの間にか大沢がミットを構えていた。
「参考にならん、なんて後で文句言うなよ」
俺は大沢に向かって軽くストレートを投げ込んだ。
割といい感じだった。
徐々に力を入れていった。
意外と球は走っていた。
五球投げて感覚が蘇って来た。
肩肘に違和感はない。
七球目に縦に斬った。
ボールがベースの手前でバウンドした。
次はもっと柔らかく斬った。
けっこういい感じで曲がった。
それから五球ほど投げた。
夢中になっていた。
そこそこ球速も出ていそうな感触だった。
「ラスト !」
初めて大沢が声を出した。
俺は最後に居合抜きのイメージで、柔らかく強く斬った。
ボールは大沢が受ける直前、キュイーンと曲がった。
我に帰って周囲を見渡すと何人もが、ブルペンを覗いていた。
ヒロが口を開けたまま、目をまん丸にしていた。
俺は満更でもなかった。
いい気分だった。
西崎らしくない真剣な眼差しが、俺を突き刺していた。
「どうだ、 参考になったか ?」
西崎にボールを渡しながら訊いてみた。
「まあまあだ」
西崎は目を細めてニヤリと応えただけだった。
「ぜいたく言うな」
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