投手を助けるプレー

 チーム内では、俺のスライダーが伝説化していた。

 ヒロのナックルと並び称されるほどのものだったようだ。


 どうせ西崎か島あたりが、後輩に大袈裟に伝えたのだろう。


 そんな“ すごい ”ピッチャーが故障で再起不能になった。


 当然、チーム内の空気は重くなる。


 後輩なんて俺に気を使うし、話題も制限され、口数も減る。


 深町監督は俺を不慣れなセンターで起用する事で、その空気を変えようとしたのだ。


 だから初戦は、ヒロも西崎も、いや全員が俺を必死に“ オモチャ ”にした。


 オモチャは死にもの狂いで、その期待に応えた、と言ったところか。


「シモがベースを一周している時、深町さん、誰にも見られないように涙を拭ってた」


 あの時、ダグアウトにいた桜町が、あとでこっそりとそう教えてくれた。


 このチームの一員になれてよかった。


 あれは心底そう思えた試合だった。



 俺の満塁ホームランで勢いに乗った南洋大は、初戦に大勝し一気に波に乗った。




 そして 第二戦では、遂に西崎がベールを脱いだ。


 ストレートは150キロを優に超え、ありとあらゆる変化球を投げた。

 カーブ、ツーシーム、スライダー、スプリット、カッター、シンカー、チェンジアップ。


 普段、西崎は自分自身を天才と称していたが、それを他人に言われたくないから、あえて自分でジョークっぽく言ってるに過ぎない。


 しかしヤツは間違いなく“ 野球の天才 ”だ。


 そのピッチングを見て、改めてそう感じたものだ。



 西崎が本格的な投球をするようになったのはこの頃からだった。


 元々、肩に不安を抱えていたようだ。


 恐らく深町監督に全力投球を禁止されていたのであろう。


 二年間ひたすら我慢した。

 そして深町メニューをコツコツと続け、その不安を払拭した。


 そんな“ 弱み ”を一切感じさせず、二刀流をサラッとこなしていたところが、俺との違いなのであろう。


“ モノ ”が違った、結局そういう事だ。


 西崎完全復活の背景には、三枝と大石の存在や、桜町を始めとする投手陣の成長があった。


 彼らのおかげで、投球制限を決めた登板が可能になったのだ。

 そしてそれは投手陣全員に言える事でもあった。

 それぞれの能力が高ければ、負担は分散出来る。


 怪物、大石龍太郎も入部後すぐに、深町監督に野球筋肉を指摘され、一年の時はグランドよりプールにいた時間の方が長かった。

 この背泳ぎ漬けの一年は、後の彼にとっては、なくてはならない一年となったはずだ。



 野球の勝敗は、投手の出来で9割決まる。


 9割が事実かどうかはともかく、かなり比率を占める事は確かだ。


 だからこそ深町監督は、投手の負担を軽く出来る選手を評価する。

 それは、投手を助けるプレーを意味する。


 捕手の献身性、二遊間の守備能力、センターの守備範囲。


 野球の素人のフリをしているが、深町さんは野球の本質を、実に合理的に考える事の出来る監督だった。


 打撃と守備力のチームに、リーグいちの投手力が整ったのだ。


 もはや南洋大は、春のリーグ戦、優勝候補の筆頭と言ってよかった


 敵は東海リーグ王者、浜松体育大のみである。


 南洋大と浜松体育大は無敗のまま、優勝をかけて最終節で顔を合わせる事となったのだ。

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