三枝和彦
背中に当たるかと思って、前に避けたらボールが体に吸い寄せられて来た。
慌てて、後ろに逃げたら脇を掠めるようにベースを通過して大沢のミットに入った。
・・・なんだ、これ ?
「ストライクだ」
マスクの目が細まった。
・・・何故、大沢がドヤ顔 ?
今度は同じ軌道で外に逃げて行く。
俺は釣られそうになる体を何とか止めた。
「ストライク」
「えっ、ボールだろ ?」
「余裕で入った」
「くっ、スライダーか ?」
「ストレート」
「えっ ?」
・・・曲がっただろ ?
次も同じように外に逃げる球。
俺はボールに向かって行く恐怖と闘いながら、思いっ切り踏み込んでピッチャーに向けて振り抜いた。
パァーン
・・・
大沢のミットが心地よい音を立てた。
バットが届いていなかった。
・・・カーブか ?
「ボール球だ。30センチ外れた」
・・・30センチ
大沢は妙に嬉しそうだ 。
・・・クソッ
「凄いカーブだな」
「慣れればそうでもないさ。カズの凄いところはコントロールとスタミナ」
「カズ ? 新入生か」
「三枝カズ。二年」
「二年 ? あんなのいたっけ」
「まあ、マウンド以外では薄いキャラだから、シモが知らんのも不思議はない」
「あんなん、どうやったら打てるんだ ?」
「さあ、実は俺もまったく打てんから分からん。水野は慣れれば打てるらしい」
・・・左の水野が ? マジか
「わりー、今日はもういい」
俺は投球動作を始めようとしたマウンドの左腕に手を振った。
・・・あんなボール見てたらバッティングがおかしくなる
三枝はペコリと頭を下げてマウンドをおりていった。
折れそうな細い身体。
飄々としたポーカーフェイス。
心臓も強そうだ。
そして見るからに沈着冷静。
三枝和彦。
後にリーグ5連覇を成し遂げるホワイトベアーズで、不動のエースになる男。
石神さんが見つけた “ 掘出し者 ” の中で一番の最高傑作は三枝だと、俺は思っていた。
何せ
〝 石神さんに南大に誘われた事 〟
石神さんに誘われなければ、県下一の進学校にいた三枝に、南洋大という選択肢はなかったはず。
〝 大学入学の年に深町さんが監督になった事 〟
大学入学時、60キロにも満たなかった痩せぎすを理想的なアスリート体質に改造した。
〝 そこで杉村裕海に出会った事 〟
ヒロの投球術、理論を貪欲に吸収した。
〝 さらに大沢秋時という捕手に出会った事 〟
大沢のキャッチングが、のちに精密機械と言われた制球力を生み出した。
〝 そして、この年の新入生に辻合航汰がいた事 〟
西崎が“ 野球センスの塊 ”と称した男。
後にスモールベースボールの象徴、と言われた辻合は、入部後すぐにセカンドのレギュラーに定着した。
桜町は何も言わずポジションを明け渡した。
ひと目で次元の違いを悟ったと言う。
そのセンス、バネ、反射神経はおそらく大沢、水野、西崎をも凌ぐ。
高速ピボットプレー(併殺処理動作)の天才。
更に、どんな態勢からでも、あらゆる方向へ、しかもステップを踏まずに正確に送球する。
そして打球のバウンドを無視したボール捌き。
まさにセカンドの申し子である。
水野、辻合の二遊間コンビは三枝の投球の幅を無限に広げた。
このコンビは、後にホワイトベアーズに入団する事となる。
三枝はプロ十一年目で、併殺打を打たせた史上最多のプロ投手としてギネス認定されている。
そして今年、二百勝投手となった。
杉村裕海、西崎透也、三枝和彦、そして千葉アクアマリンズの一位指名を蹴って南大に来た男、大石龍太郎。
“ 南洋の四本柱 ” はすぐに全国に名を轟かすことになる。
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