ヒロの野球

 初球。


 ・・・高い !


 フォーシームが明らかにスッポ抜けた。


 大沢が大きな体を伸び上がらせるように捕球した。


 そしていつものように、すぐに返球して腰を下ろす。


 ・・・いつものように ?


 ・・・何故 ? ふだんなら間を取るだろ



 ヒロがバックネットに背を向けて、両腕を突き上げた。


「ツーアウト !」


 人差し指と小指を立てた右手を軽く振った。


「ツーアウト !」


 西崎以外の野手全員が呼応している。


 ・・・ヒロもプレッシャーと闘っているのか ?


 ・・・違う ?



 2球目。


 フォーシームがまた浮いた。


「ボール」


 ヒロが大沢の返球を受けてから、上下に両肩を動かしている。


 ・・・プレッシャーと闘っている・・・ふり・・・だ


 スタンドは静まりかえっていた。



 3球目。


 フォーシームが外角低目にわずかに外れた。


 スリーボール。


 球場全体が呼吸を止めている。


 ひとりでプレッシャーと闘う、小さな投手を固唾をのんで見守っている。


 ・・・歩かす気だ


 バッターはツーボールから外角低目の際どい球には絶対に手を出さない。


 ヒロはぎりぎり外れるコースに投げた。


 ・・・力んでいるヤツ、プレッシャーと闘っているヤツにそんな真似が出来るかよ


 大沢はまったく動かない。


 ・・・不自然極まりないぞ大沢


 ・・・ヤツも共犯 ・・・主犯かも ?


 


 4球目。


 内角低目ぎりぎり。


 ・・・いいコントロールだ


「ボール フォア !」


 球場が巨大な溜息を突いた。


パーフェクト成らず。


「ドンマイ ! ヒロ」


レフトの島が遠慮がちに声をあげた。


「ドンマイ」「ドンマイ ヒロ」


  西崎以外の声がグランドに響いた。


 お祭り好きの遊撃手は、腕を組んで憮然としている。


 明らかにヒロの演技を疑っている。


 ランナーを出す事を許さない、パーフェクト。


 


 四死球、エラー、パスボール、奪三振後の振り逃げ出塁さえも許さない。


 その達成はピッチャーの究極の夢。


 だからこそ野手には強烈なプレッシャーがかかる。


 九回ツーアウト、あとひとりの場面で、もしも快挙目前にショートを守る俺のところに打球が来たら・・・


 考えただけで、吐きそうになる。


 “ そんな野球をやっても楽しくない ”


 ヒロや大沢が考えそうな事だ。


 


 ヒロは、ナックルを投げ始めてから大学時代に五回もノーヒットノーランを達成した。


 しかしそのすべてに、早い回でフォアボールを出していた。


 全部、わざと出したフォアボール。


 俺はそう確信している。


 ヒロのピッチングを見続け、大沢のミットに投げ続けて来た、俺の目にはそうとしか映らなかった。


 ツーアウトランナー 一塁。


 バッターは “ 気落ちした ” ヒロの初球を狙った。


 打球が一、二塁間のど真ん中に飛んた。


 桜町が飛んだ。


 ぎりぎり打球に追いついた。


 完全に後ろ向きの体勢から、一塁送球。


 送球がバウンドし、逸れた。


 東山が体を投げ出すように、ボールに飛びつく。


 しかし左の爪先は、しっかりベースを踏んでいる。


「・・・アッアウトォ !」


 塁審の興奮気味のコールが、グランドに響いた。


 ヒロが大はしゃぎで、桜町に駆け寄り、二人で肩を組んだまま東山に抱きついた。


 球場は割れんばかりの拍手。


 ・・・そうか、こーゆー野球がしたいわけだ


 


 八回裏。


 南大は猛打が爆発、一挙6点を加点した。


 九回。


 ヒロは簡単に三人を片付け、初のノーヒットノーランを達成した。


 

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