完全試合のプレッシャー

 八回表


 相手の四番打者がセーフティバントを試みた。


 しかし小学生でも打てそうなスローボールに、バントすら出来ない。


 〝 ナックルボール 〟


 スタンドでは、さざ波のようにその囁きが広がり始めた。


 〝 ナックルって何 〟


 〝 魔球だよ。バッターの目の前でボールが消えるんだ。これまで日本で成功したピッチャーはいないよ 〟


 〝 へぇー、あのピッチャーってすごいじゃん 〟


 親子の会話。


 何故か説明する父親の方が興奮していた。


 


 最後は内角高めの釣り球のフォーシームを空振り。


 ワンアウト。


 〝 完全試合じゃね 〟


 スタンドの誰かが呟いた。


 〝 えっ 〟


 今度は違うさざ波が起こった。


 確かに八回ワンアウトまで一人のランナーも許していない。


 次のバッターがフォーシームを打ち上げた。


 ファーストの東山が前進しながら、手を上げた。


 ・・・動きがおかしい


 風もないのに、打球を追う足がフラフラしていた。


 それほど難しいフライでもないが・・・落球した。


「ファール!」


 東山の体はフェアラインの外だった。


 


 一年の東山の顔は真っ青だった。


 


 西崎が東山に駆け寄って、後ろから脇の下をくすぐっている。


 それを見てヒロや力丸が爆笑しているが、東山に笑顔はない。


 よく見ると、セカンドの桜町も外野の三人も何だかおかしい。


 ロボットみたいにカクカクしている。


 ・・・完全試合のプレッシャー


 「ワンナウトだべ~」


 大沢がホームベースの前で大声を張り上げた。


 ・・・だべー?


 外野の三人が腹を抱えて爆笑していた。


 スタンドの空気も一気に柔らかくなった。


 ・・・アホか


 


 ヒロはその後フォーシームしか投げなくなった。


 フォーシームならゴロになる確率は低い。


 送球が必要なゴロをさばくより、フライの方がプレッシャーが小さい。


 


 やはりバッターは外角低めを打ち上げた。


 セカンドの後方。


 


 桜町がフラフラとバックしている。


 まるで野球経験のないおっさんのような動き。


 ・・・あっ!


 足がもつれた。


 桜町は尻餅を突いてしまった。


 そのまま必死に打球に手を伸ばしている。


 ・・・!


 しかしボールは落ちて来ない。


 桜町の遥か頭上にグラブが差し出されていた。


 そのグラブの中にボールが落ちてきた。


「アウト!」


 ボールをキャッチした西崎はそのまま座り込んで、桜町に電気アンマを強行。


 スタンドも大盛り上がりだった。


 ・・・しかし


 すぐに深町監督が主審に呼びつけられて、厳重注意を受けていた。


 深町監督は大きな身体を丸めて、ヘコヘコと謝っている風体だったが、よく見ると腹を抱えて笑っているだけで、余計に審判を怒らせる事になった。


 八回ツーアウト。


 パーフェクトまであと四人。

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