力丸龍平

 シートバッティングをやっている。


 グランドからひと月離れただけで、全く別のチームに変っていた。


 とにかくスピードが違った。


 投げる打つの球速だけでなく、人の動くスピードが恐ろしくハイレベルだった。


 その中心には水野とヒロがいた。


 そして大沢も西崎も見違える動きを見せていた。


 変わらないのは、ダグアウトの傍らでマッサージをする深町監督だけだった。


 監督はグランドでのプレーには全くの無関心で、全て水野に任せているように見えた。


 度を越した放任主義。


 監督としてやった仕事と言えば、水野を新キャプテンに強行指名した事だけらしい 。


 あとはひたすらマッサージをして、選手個々のトレーニングメニューを作る。


 のんびりしたものだ。


 しかし、水野がキャプテンになった事で、四年、三年がチーム強化の方針に文句を言えなくなった。


 春のリーグ戦を戦いながら、サバイバル的なポジション争いが始まった。


 当然ながらすぐに上級生がレギュラーから脱落していった。


 水野主導の練習メニューは日に日にハイレベルとなり、上級生は全くついて来れなくなり、次々と退部していった。


 そしてあっという間に、上級生が全員退部する事となったのだ。

(実は裏で深町監督が南大野球同好会を立上げており、上級生は全員そちらに移った形だった・・・このチームは南洋市の草野球七部リーグに加盟してスタートしたが、数年後には一部リーグの強豪にまで登り詰める)


 新二年にとっては“ 一年間の我慢 ”が実を結んだ形になったが、島、暮林、桜町そして野手として“ 誕生 ”を目指していた俺にとって、現実はそれほど甘いものではなかった。


 実際は上級生がいなくなってからこそが、壮絶なポジション争いの幕開けだったのだ。


 石神さんの逸材集めは続いていたわけで、当然のごとく新一年も精鋭揃いだったのだ。


 水野、大沢、西崎と俺たちの年代からは三人のプロが生まれたが、この年の一年からも二人がプロになっている。


 復活出来なきゃ誕生すればいい。


 水野の言う通り、俺は打者として、内野手として“ 誕生 ”を目指して戻って来た。


 ショートが無理ならサード。


 そう思っていた。


 グランドに戻った俺は早速、深町監督のマッサージを受けていた。


 グランドではシートバッティングをやっていた。


 マットレスにうつ伏せになって、ぼんやりとそれを眺めていた。


 ・・・


 サードにとんでもない一年がいた。


 ショートゴロを横から掻っ攫って、一塁に地を這うような送球。


 反射神経、動き出し、肩、手首・・・


 ・・・なんだ、あいつ


 力丸龍平。


 後に神戸アスレチックスにドラフト一位でプロ入りし、すぐに新人王を獲得する男。

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