大学の知名度アップ

 南洋市の治安安定。


 強行班に所属する俺の仕事は、ここ十年で劇的に減少し、今では凶悪犯罪など皆無と言っても過言ではない。


 俺が南洋署に飛ばされてきた当初、まだ凶悪事件もそこそこ発生していたが、その時はすでに全国平均レベルだった。

 しかし、もっとそれ以前は凶悪犯罪エリアとして、警察庁に指定されていたほどの犯罪都市であった。


 バブル崩壊後、危ない飲食店とマチ金だかヤミ金だかわからない金融業者ばかりがひしめき合う南洋駅エリア。


 暴力の街 “ 南洋 ”


 それを日本の “楽園都市 ”と呼ばれるまでに変えてしまった一つの企業。


 “ ノーマンズランド ”


 日本有数のアミューズメント施設へと成長を遂げた、ホワイトベアーズを中心としたボールパーク“ NANYOーTDCナンヨーツインドームシティ”。

 そして活気溢れる健全な学園都市、JR南洋駅エリア。


 この町で生まれ育った“ 天才 ”秋庭聖一と幼馴染である“ 軍師 ”久住恭平は二人三脚で、この街の治安回復に生涯を掛け、それを見事に実現してしまったのだ。


 アメリカの名門、エール大学時代にベンチャー企業「ノーマンズランド」を興し“ IT業界の申し子 ”と言われた秋庭は、起業家として大成功を収める。 

 そして二十代で在京球団を買収してしまう。

 その直後に、一流のバンカーとしてニューヨークで腕を磨いた久住と合流。

 二人で、球団を南洋に移転させ、巨大なアミューズメント都市に変貌させてしまったのだ。


 彼らには、企業家としての営利目的は一切なく、資金はすべて街の健全化に投入された。


 ホワイトベアーズが南洋への移転を実現させようとしていた頃、秋庭聖一は街を単なるボールパーク化するのではなく、若者たちが健全に青春を謳歌出来る学園都市にする事を夢見ていた。


 そのプロジェクトの核に据えられたのが南洋大学の知名度アップだった。

 知名度が上がれば、偏差値が上がる。

 優秀な大学には優秀な若者たちが集う。

 自ずと街は浄化方向へ進み出す。


 大学の知名度アップ。

 その起爆剤、それが野球部を全国区にする事だった。


 水野や和倉など、不自然な程の精鋭揃いの新入部員は、当時球団の編成本部長だった久住恭平の特命を受けたプロのスカウトマンの仕事だったのだ。


 そんな背景なんて全く知らない当時の俺は、失った“ 左のエース ”の穴を一人で埋めようとしていた。


 そして確かに掴めた。


 球がビュンビュン走り出した。

 そしてグングン伸び始めた。

 ビュンビュン、グングンからカクっと曲がるスライダーはキレッキレだった。


 俺は決して思いあがる事もなく、謙虚に自分の投球を磨き続けた。

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