甲子園スターはコスパが悪い
今だから分かる。
その情報は、後に俺がアンテナマンと名付けた島和毅によってもたらされ、ヒロや暮林によって補足されたものであり、当時の俺には知る由もなかった。
伝説のスカウトマン “ 石神渉 ”
横浜ブルーベイズの名外野手。
盗塁王を四度獲得している。
全盛期に右膝前十字靱帯断裂の大怪我で引退、ホワイトベアーズのスカウトマンとなった。
あの当時、久住編成本部長の特命を受けた石神渉が南洋大学に集めた人材は十名ほどだと言われている。
後に石神マジックと言われた、そのスカウティングの基準は非常に特徴的なものだった。
投手は正しいフォームとそれまでの肩肘の消耗度合い、野手は守備力と視力だったと言われている。
石神は夏の甲子園で活躍したピッチャーには目もくれなかった。
コスパが悪いと言う。
甲子園のスターピッチャーは、最初に集客やグッズ販売で収益に貢献するが、後に肩肘の故障に苦しみ、高額な年俸が球団の人件費の負担となり、有望な選手の出場機会と年俸を圧迫する。
三十歳でバリバリに活躍する甲子園スターピッチャーなんて過去に何人いたか。
肩肘が若く、投球術と制球力を極めた三十代の投手こそが、安定したチーム力の柱となると言う考え方を貫いている。
野手はまず守れる事が大前提、そして目と手の協応動作能力、動体視力、瞬間視などを重視する。
プロの打者はバットを持った技術者。
熟練の技術者が、いとも容易く難しい仕事をやってのけるように、正しいトレーニングを何年も重ねれば、誰でもいつかはバッティングのコツを掴むと言う。
しかしそこから大事になるのが、目でインプットした情報に対してすばやく反応する能力。インプットからアウトプットまでの時間が早ければ、ボールへの対応力が高まると言うわけだ。
石神のこの考えは、ホワイトベアーズだけでなく、南大のスカウティングをする上でも一貫してきた事だった。
この年、石神のお眼鏡に叶った新人の中に、当時全くの無名だった西崎や和倉がいたのだから、その審美眼に疑いの余地はないだろう。
そういった意味では、投手としての俺も、バッターとしての俺も、石神さんの基準には程遠かった事が今ならよく分かる。
和倉がいなくなった一年の秋から、二年の春にかけて、俺は相当な球数を投げ込んでいた。
そして春。
一年遅れでやって来た五十歳くらいのおっさん、深町謙三。
第一印象は、巨大なクマさんの着ぐるみ。
その風貌はダルマ。
感情の起伏がなく常に泰然自若。
金田監督の後任としてやって来たのは、野球経験のない男だった。
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