凍りついた瞳

 御田園長が利根ににじり寄る。


 2メートル、その位置で対峙した。


「なっ、なんだ?」


 不思議と利根の方が腰が引けていた。


 明らかに暴力とは無縁。声を荒げた事さえなさそうな老紳士。

 しかし、揺るぎない覚悟が利根に向かって放たれていた。


「わたしは刺し違えてでも、君を拒否する」 


「何を・・・」


 利根は明らかに圧倒されていた。


「弱者に群がるハイエナは、今すぐここから出て行きなさい」


 御田園長の利根に対する態度は、断固たるものだった。


「ちっ」


 園長の激しい言葉に、利根はあっさりと後退した。

 そして、何も言わずに園から去って行ったのだった。


 主任が無言のまま、園長に向かって深く頭を下げていた。

 俺もそれに倣った。


 園長は何も言わずに踵を返した。

 グランドにはすでに誰もいなかった。

 凍りついた瞳。

 胸が痛かった。


 あれから一年。

 新川奈実さんがここで働くようになった経緯は、知るべくもない。

 俺には詮索するつもりも、詮索する権利もないのだ。

 ただ御田園長からは、新川奈実さんを思う気持ちが痛いほど感じられた。

 深刻なPTSD(心的外傷後ストレス障害)は基より、心身ともに慎重且つ高度なケアが必要な状態である事は想像に難くない。

 俺が何を思おうが、所詮野次馬と変わらない存在だ。

 邪魔にならないよう、邪魔が入らないよう、遠くから見守るしかないのだ。



 利根が、星見ヶ丘園から姿を消して1時間もしない内に、本部から連絡が入った。

 広瀬祥太が、警察に出頭して来たようだ。勤務先の社長も一緒だったと言う。


 ・・・人騒がせな

 

 でもまあ、ヤケを起こして変な事件を起こさなくて良かった。

 まだ17歳なんだ。こんな事に負けないで欲しい。

 あの社長なら解雇する心配もないだろう。


 結局、ここでの3日間は無駄骨だったか?

 嫌な奴に会うことになったが、カメラをぶっ壊してやっただけでも意味はあったか。

 

 マスコミに手を出した俺には、何らかの処罰が下されるだろうが、まったく後悔はしていなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る