人形の瞳

 考えるより先に体が動いていた。


「シモ!待て」


 車から飛び出した俺の背中に、主任のダミ声が飛んできた。


 しかし、体は止まろうとしなかった。


 園庭で揉み合う3人の男たちに向かってダッシュした。


 走りながらグランドを見た。


 そこに、怯えて体をすくませた人形が・・・


 ・・・


 人形の瞳が凍っていた。


 その瞳が俺の視線と重なった。


 ・・・クソッ


 俺は瞳に向かって頷いた。


 年配の保育士が人形を隠すように抱きついた。


 ・・・許さねえ


 

 俺はダッシュの勢いのまま、カメラマンに手を伸ばした。

 カメラのレンズを鷲掴みにして、そのまま地面に叩きつけた。


「なんだあ!」


 カメラマンが掴みかかってきたが、右手だけで払い除けて、左手で利根の胸ぐらを掴んだ。

 そのまま施設まで引っぱり壁に押し付けた。


 呆然としていた利根だったが、すぐに無敵な笑みを浮かべ始めた。


「どちら様かと思えば・・・」


「恥を知れ!」


 胸ぐらを締め上げるようにして、さらに壁に押し付けた。

 俺は怒りでわけが分からなくなっていた。


「やめろ!シモ」


 主任の声に振り向くと、カメラマンがコンパクトカメラを俺に向けていた。


「ムラさん。これ、どうするよ?」


 そう言いながら利根は、俺の脛を蹴りつけてきた。


 同時に後ろ襟を凄まじい力で引かれた。

 俺はそのまま尻餅を突いた。


「バカ野郎!」


 主任に頭をはたかれた。


「利根さんよお。これは笑えないなあ」


 主任も怒りで声が高ぶっている。


「ふざけなさんな!本庁のペーペーが偉そうに」


 利根の表情が一変していた。


「なんだ。開き直りかあ?」


 主任も引く気はない。


「開き直りはどっちだ。本庁の刑事がカメラを破壊。取材妨害。暴力。こっちはなあ、腐った県警を正してやった恩人だ。何考えてるんだ。この小僧は」


「よく言うわ」


 俺は立ち上がって利根と向かい合った。

 主任が小声で〝やめろ〟と言って間に割り込んで来た。


「村路よ。この小僧、頭いかれてるんか?」


「ふざけんな。ここで何やってた!」


 再び利根に掴みかかろうとした俺は、主任に押さえつけられた。


「取材の後始末さ。被害者はその後、平穏に過ごしています。世間はそこを一番心配している。・・・別に写真やら居場所を掲載するわけじゃない。これはこの事件を扱った俺の社会的責務ってやつだ」


「デタラメ言うな。怖がる被害者にカメラ向けておいて・・・お前ら人間のクズだぞ」


「今のも録音しているよ。本庁の〝続・不祥事〟決定だな。うん、タイトルは〝狂犬による強権捜査〟だ!・・・清く正しい警察業務に邁進する本庁であって欲しい。これが俺のライフワークなんでな、覚悟してろ」


 利根はニヤニヤと俺の顔を舐め回すように言った。


「この刑事さんたちの正当性は私が証言する」


 御田園長が静かに言った。

 しかし、しっかりと利根の目を捉えていた。


「・・・いいよ。園長さん」


 利根が今度は園長の顔を舐めまわす。


「あなたはどんな立場で証言するんでしょう?あの9年2か月少女監禁事件の被害者、新川奈実さんの社会復帰を、全面的に支援をしている星見が丘園の園長さんとして?ですか?それはさぞかし世間は称賛の嵐でしょうな」


「クソ野郎が・・・」


「言葉を慎め!」


 思わず呟いた俺の目に、利根が指を突きつけてきた。


「俺はなあ、月見酒事件のネタを出し切っていないんだ。お前なんぞ、小指一本で捻り潰してやる」

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