闇討ち

 首筋に蹲っていた芋虫が、肩甲骨のあたりに移動を始めた。


 ・・・一匹・・・2匹・・・3匹4匹


 暗闇に長いこと潜んでいると、それは汗なんかではなく、何かの生命体のような意思を感じさせた。


 俺は壁に背中を押し付けた。


 さすがにこんな高級マンションでも、地下の駐車場までは冷房が行き渡らないらしい。


 左手に巻いた安物のミリタリーウォッチに目を落とす。

 薄っすらと文字盤が浮かび上がっていた。

 午前二時を回っている。


 ・・・クソ野郎


 もう二時間近くこうしている。

 エルグランドの大きな車体がいつまで経っても熱を放っているような気がした。

 額から流れ落ちてくる汗が、視界を滲ませる。最初のうちは沁みて痛かったが、今はもう気にもならない。


 右手のハイラックスサーフからも、その奥のデリカからも何の気配も伝わって来ない。


 ・・・我慢強い奴ら


 

 突然、腹に響くような重低音に襲われた。

 駐車場のスロープが狂暴な光に照らされた。


 白いポルシェ。


 ・・・やっと来やがった


 俺はエルグランドに、もたれ掛かるように腰を上げた。


 白い高級車が見事なハンドル操作で、エルグランドの横に滑り込んで来た。


 サーフとデリカから人影が現れた。俺より大柄な男と、中背で痩せ細った男。


 ポルシェのドアが開き、大きな男が姿を現した。

 185センチの俺と同じような背格好だった。

 

 足取りはしっかりしている。

 それほど酔っているわけではなさそうだ。

 車で帰宅して来たのだから当然か。


 ひとまずホッとした。

 泥酔状態じゃ恐怖心も薄れるだろう。


 俺は背後から、男の頭に黒いごみ袋を被せた。


「なっ!」

 

 男に大声を出させるわけにはいかない。


 俺はそのまま男に抱きつき、上腕で首を締めた。

 同時にデリカから飛び出して来た、大きい方が男の腹を蹴り上げた。


「ぐっ!」


 そのまま男を横倒しにして、エルグランドの裏に引きずり込む。


 肩甲骨のあたりに強烈な蹴りを喰らわせた。


「うっ!」

 

 男は海老のように身体を丸めて、両腕で頭を抱えた。

 背中、腰、尻を三人で交代しながら蹴った。三人とも加減はしなかった。蹴れば蹴るほど、力が増してきた。


 静寂の中、靴先が肉を打つ音だけが続いた。


 5発づつ蹴って終わりにする。そう決めていた。


 三人で頷きあった。

 

 その場を去りかけて、なんとなくポルシェを眺めると、どうしようもなく黒い衝動がこみ上げてきた。


 白いボディを蹴ろうとした。


 ・・・!

 

 俺は二人に身体を押さえつけらていた。


 俺が一番冷静さを失っていた。


 確かに車に傷を付けても、何のメリットもない。


 俺は二人に仕草で「悪かった」と示した。


 しかし、振り向きざまに渾身の力を込めて、男の股関に右足を飛ばした。


「グギャッ!」


 右足の先が、男の尻の下に突き刺さっていた。


 その足に生温かいものが徐々に広がり始めた。


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