第四章 優深

        【 道徳 】



 優深と同じくらいの年頃だろうか。

 背番号27のユニホームを着て、左手にグラブをはめた少年が嬉しそうに飛び跳ねている。


 ユニホーム姿は子供だけじゃない。

 4番を付けた大人も結構いるし、51番をつけた若い女も目立つ。

 みんな高揚感を抑えたような丸い表情をしている。



 開幕からずっと最下位に沈んでいたチームがここに来て、急浮上しだした。

 しろくまは今、セ・リーグで最も勢いがあるチームかも知れない。


 もしかしたら・・・の思いが、南洋市全域に満ち溢れ、街は異様な熱気に覆われている。


 そんな中、優深はTDCツインドームシティ内のレストランでも、遊園地のアトラクションに乗っている時も、ジャケットの胸ポケットに入れたスマホから伸ばしたイヤホンを、耳に差し込んだままだった。


 ・・・冷めた小学生


 だいたい八月のこの暑い真っ盛りに、ジャケットを着るか?


 ・・・OLか


 優深はしろくまドームの入場ゲートに並ぶ今も、イヤホンとつながっている世界に入りこんだままだ。

 

 27番を背負った少年は、目をキラキラさせながら、自分のこぶしをグラブに叩きつけている。

 試合開始が待ち切れずに、熱情の処理を持て余しているようだ。


 ・・・こんな少年だったら


 つい余計な事を考える。


 優深も別に俺としゃべりたくないわけではなさそうだ。

 こっちから話し掛けると笑顔で応える。

 祥華に言わせると、優深は俺に会う日をいつも楽しみにしていると言う話だ。


 ただ、共通の話題が・・・ない。


 いや、会話が続かない。


 今朝も・・・



「学校どうだ?」


「どう?」


「その・・・楽しいか?」


「楽しくはないです」


「・・・」



「得意な教科はなんだ?」


「特にありません」


「・・・じゃあ好きな教科は?」


「道徳です」


「ほう、道徳のどんなとこが好きなんだ?」


「価値理解、人間理解、他者理解に基づき、自分の生き方についての考えを深められるところです」


「そ、そうか。・・・すごいな」


 ・・・無理

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