掻き回し

 四回裏。


 先頭の大沢がフォアボールで出塁した。


 大沢は唯一ストライクゾーンに入って来た、アウトコースギリギリに落ちるチェンジアップを強振したが、三塁線を切れるファールになった。

 その強烈な打球を見たピッチャーには、あきらかに動揺の色が見えた。

 そのあとの投球は、大沢に対して完全に逃げ腰だったのだ。


 ノーアウトランナー一塁。


 ・・・よし、今度こそ。


 俺は気合を入れ直した。しかし・・・


 ・・・牽制・・・牽制。

 

 ・・・また牽制球。


 大沢もわざとらしいくらいの、大きなリードを取っていた。

 ピッチャーは、何度も何度も一塁を睨みつけている。


 やっと初球。

 

 大沢がスタートを切った。


 ・・・それでも走るか!


 俺は内角に食い込んで来るカットボールを、上から払いのけるような感じでバットを出した。


 ボールがうまくバットに乗った。


 ・・・会心 !


 打球がライトスタンドに飛び込んだ。


「ファール」


 ・・・くっ。


 2球目。


 ピッチャーがまた牽制を繰り返す。


 俺は来たボールに集中することだけを考えた。


 ・・・来た。


 真ん中高めのストレート。


 ・・・結構速い。


 コンパクトに強く振る。


 痛烈な打球がライト線に切れていった。


 ・・・タイミングは合っている。


 そのあと高めのボール球を二球見逃した。

 バッテリーは大沢の盗塁を阻止する事で頭が一杯か。

 

 五球目。

 外角低めのチェンジアップ。


 ・・・ここでチェンジアップ?

 

 俺の腰砕けのようなスイングが空を切った。


「ちっ !」


 ・・・相手の方が一枚上手だったということか?


 この間に大沢は盗塁を決めていた。


 ワンアウト二塁。


 

 五番、暮林の初球。

 大沢が今度は三盗を決めた。

 こっちのダグアウトは大盛り上がりだ。


 ・・・ひとりで掻き回してやがる。

 

 今度は三塁で動き回っている。

 ランナーが三塁に進むと、相手に相当なプレッシャーがかかる。

 外野フライ、スクイズ、エラー・・・得点できる確率がグンと上がるのだ。

  

 大沢は投球のたびにスタートを切る。 

 暮林もバントの構えでピッチャーを攪乱する。

 そして結局、フォアボールを選んだ。



 ワンアウト一塁三塁。


 六番、島の時も同じ展開になった。

 スクイズの読み合い。


 しかし、そこで相手は極端な前進守備態勢を敷いた。

 取り敢えずスクイズだけはさせないシフト。

 このシフトでピッチャーも落ち着きを取り戻した感じだった。


 結局、島は三振。


 ツーアウト一塁三塁。

 

 大沢は、次のバッター瀬波の初球にホームスチールを敢行した。

 

 ・・・マジか。

 

 しかし大沢のスタートにパニくった瀬波が、何を勘違いしたのか慌ててバント。

 それがサードフライになってしまった。


 大沢は味方の頭の中まで、掻き回しているようだ。


 チェンジ。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る