ウーロン茶

 トイレで胃の中のものをぶちまけてから外に出ると、微糖の缶コーヒーを手にした大沢と杉村が〝次、何に乗るか〟で揉めていた。


 ・・・俺はもうムリだ。


「ほれっ」


 大沢が俺に缶コーヒーを放ってきた。


 ・・・?


 それはコーヒーではなく、ウーロン茶だった。


「・・・おう、サンキュ」


 俺は何も言わず、プルトップを引きウーロン茶を喉に流し込んだ。


 めちゃくちゃ美味かった。


 普段、ウーロン茶なんてめったに飲まない。キライじゃないが好きでもない。


 でも何故か、この時のウーロン茶はとにかく美味かった。


 俺は何も言わず、一気に飲みほした。


 大沢も杉村も何も言わなかった。




 二人は春休み中、俺を遊びに引っ張りだした。


 遊園地はもう勘弁してくれ、と言うとチャリンコで海へ山へと走り回るはめになった。

 これはこれで、野球の練習以上にハードだったかも知れない。

 ただ大沢と杉村は何をやっても、とにかく楽しいそうだった。


 アミューズメント施設にもハマった。

 その頃、流行りだした室内スポーツ施設だ。


 室内プール、ボウリング、ビリヤード、ダーツ、トランポリン、3ON3、フットサル、ソフトテニス、パターゴルフ、アーチェリー、ローラースケート、ロディオ、スカッシュ、そしてカラオケ。


 俺は何をやっても二人に敵わなかった。

 だから、何をやっても悔しくて、いつの間にか必死になっていた。


 そしていつの間にか、折れた心が元に戻っていたのだ。


 




 春の大会は3回戦で敗退した。


 俺の無気力病もいつの間にか治り、調子自体は元に戻っていたが、やはり半年間のブランクは大きかった。

 対戦相手はどこも日々の努力を積み重ねて来ているのだ。

 しかも最も成長する時期であろう。

 

 そんな大切な時期の半年間をダラダラと過ごした体で、すぐに前と同じようなプレーをさせてもらえる程、甘い相手ではないのだ。


 しかし、俺は焦っていなかった。

 勝手放題に振舞って、暗闇でボコされて、野球が嫌いになりかけていた俺を、何気なく遊びに誘い、気にしてくれる仲間がいる。


 野球なんかより、その事の方が何倍も大事に思えたから。

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