ジェットコースター

 春になり、ケガも完全に回復した。


 春季大会に向け投球練習を再開した俺は、違和感に苛まれた。

 感覚のズレとでも言えばいいのか。

 

 大沢のミットにボールを叩きつけるような、半年前までの手応えがまったく感じられなかった。

 力が入らない、と言うか力の入れどころが分からなくなっていた。

 

 その内、本当に力が沸かなくなり、疲労感だけが妙に気になりだした。

 ボールを投げる事自体がかったるい。


〝身体が野球を拒んでいる〟


 端的に言えばそんな感じだ。


 俺は練習を再開した初日からやる気を失っていた。




「あした、練習が終わってから遊びに行かない?」


 杉村が突然、俺のところに来て言った。


 まるで小学生のような小さな体を、めいっぱい伸び上がらせるようにして、ニコニコしながら俺を見上げている。


「どこに?」


 俺は疑いの目を向けた。


「遊園地。秋時も誘って三人で」

 

 ・・・こいつの目はいつだって妙にキラキラしてやがる。


「何が悲しくて男三人で・・・」


「行こうよ、シモ」


 ・・・馴れ馴れしいチビ




 ・・・翌日。


 


 垂直落下?

 

 最高時速160キロ?

 

 ループしてひねりが入って急旋回?

 

 高さ50メートルの回転ブランコ?

 


 ・・・こいつら、これのどこが楽しいんだ?


 

 気が狂いそうな、アトラクションの連続。

 大沢も杉村も超楽しそうに、絶叫していた。


 俺だって子供の頃、ジェットコースターには何度も乗った。

 恐怖心、スリルなんてのも嫌いじゃなかった。


 しかし、これは・・・ただの拷問だ。



「これ終わったらトイレに行かせてくれ。ずっと我慢してるんだ」


 俺はゆっくりと頂天に向かうコースターの中、恐怖心と闘いながら、そう訴えた。


「オッケー」


 隣りに坐る杉村が、脳天気に答えた。


 ホントはトイレを我慢してるのではなく、今にももどしそうなのだが・・・。



「あそこにトイレがある」


 顔中の筋肉を目の周りに集めて、懸命に目を閉じて、垂直落下の恐怖と闘っていた俺の耳に大沢の呟きが聞こえた。


 ・・・えっ?


 コースターは落下の勢いのまま、ひねりながら360度回転。


 ・・・ぐぇ


「あ、ホントだ。さすが秋時。いい目してる」


 ・・・えっ?


 ・・・こいつらはなんで普通に会話してんだ?

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