冷や飯

 ビールを一気に煽った。

 

 枝豆に手を出す気も失せた。


 警電をソファーに放り出し、キッチンに行きロックグラスを取り出した。

 芋焼酎を半分ほど入れ、氷を放り込む。

 そのまま、グラスと〝魔王〟の瓶を持とうとして、考え直した。

 魔王を棚にしまい、グラスを片手にソファーに戻る。


 ・・・一杯だけにしておこう。

 

 このフルーツのような甘い香りの焼酎は、いつも飲み始めると止まらなくなる。

 720mlで酔いつぶれるとも思わないが、なんとなく優深の顔が浮かんだ。

 

 負け犬気分で飲んでも、どうせ不味い酒だ。

 ただ、試験は今年が最後と決めていた。

 昇任の事はもう、俺の中から削除する。


 どうせ問題さえ起こさなければ、五十歳までには無試験で無理やり警部補に昇格する。 そして定年前には警部になる。

 お情けというよりは、叩き上げのベテランを捜査の責任者に据えておき、何かの時に備えスケープゴードを用意しておく必要があるのだ。

 特にネット社会、動画投稿のチクりが真っ盛りである昨今、階級社会にはたくさんの羊が必要なのだ。


 

 この一杯は、何年も未練タラタラと上を見て過ごした、憐れな男との決別の酒だ。




「神妙にちょこっと頭を下げとけばいいんだ。そうすれば冷や飯を食わされることもないぞ」


 

「上等だ!冷や飯なんざ、何杯でもおかわりしてやらあ!」


 

 24歳で巡査部長に昇格し、捜一の次期エースと呼ばれた男は、すっかり舞い上がっていた。

 

 ~ 正義の名のもとには、キャリアも階級もへったくれも関係ねえ ~


 

 優秀な忠犬と持て囃された洟垂れ刑事は、やがて暴走する猟犬と化し、狂犬と呼ばれるようになる。


 そして、おかわりし切れない程の冷や飯を食う事となったのだ。


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