任務 暗殺 #2

「お兄様……」

「大丈夫だ香澄美。もう小型の高速飛行機を呼んである。それまで隠れているんだ」

「はい」


 外で黒い姿をした襲撃者が二人、そしてただのボディガードだと思っていた化け物が三体。車の外で戦っている。


 やっぱり、私たちは、啓介兄様は狙われていた。


 どうなるの? 殺されてしまうの?


 正直、命を狙われている恐怖よりも、この異常な状況に驚いた。


 これが、裏社会。アンダーグラウンドの世界なの?


 こんな人と狼の中間のような化け物と、それと戦う二人の暗殺者。


 信じられない光景だった。


 裏の世界では、これが日常なのだろうか……?

 

  ――――――――――


「くっ……」

 獣人二体、前後からの攻撃を防ぐので精一杯だ。

 いずれスタミナ切れでやられるのも時間の問題。どうすればいい……。


 獣人の爪が頭上をかすめ、その隙に飛んで距離を取ろうとする、が、俊敏な獣人は間をかけないように、その瞬発力を生かして迫ってくる。


 一体でも苦戦は必死、なのに二体同時の連携の取れた攻撃。


 やられる……。


 こっちの攻撃は、高性能の体毛で全て殺されている。

 この状況をどうにかしなければ。


 姿勢を低くして、地面に手を当てる。そしてアスファルトをうごめかせ、二体の獣人の姿勢を崩し、また足をアスファルトで固めた。


 動きは奪った。後は十分な巨地を取って、敵のアウトレンジからとにかくなんでも叩き込んで押しつぶす。


 と――


 その時、大き目の影が頭上を通った。


 あれは――


 巨大なこうもりを思わせるフォルムの、飛行機。

 あれは兵器開発会社、大崑崙のマンバットと呼ばれる小型飛行機。


 ラストクロスとだけでなく、大崑崙ともコンタクトを取っていたのか。


 その黒くステルス性能も完備した小型飛行機が、半壊した車、リムジンの側で着地した。


 そして車から出てくる男女二人。


 男、桐生啓介に腕を引かれているのは――


 気がつけば、せっかく足の動きを奪った獣人をも無視して走っていた。

 そして叫ぶ。


「実咲いいいいい!」


 大声で叫ぶ。

 すると、


 桐生啓介に腕を引かれている女性が、こちらを向いた。


 ――あ。


 目が合った。


 あの瞳。覚えている……忘れるわけが無い。

 あの大きくくりっとした、まだ少しだけ幼さの残る瞳。


 ――実咲だ。


 間違いない。あの女性は、間違いなく実咲だ。


「みさ――」


 ズダンッ!


 急に体が地面に押しつぶされた。

 獣人の一体が、腕を伸ばして背後から巨大な手の平で、こちらを虫を叩くように押しつぶしてきた。


「がはっ!」


 メギッという音が胸から聞こえてきた。肋骨をいてメタのだろう。加えて呼吸ができない。声が出せない。


 実咲、目の前にいるのに……。


 実咲は桐生啓介に惹かれるまま、マンバットに乗り込み、姿が消えてしまった。


「みざぎいいい……」


 獣人の手に押しつぶされて這うことも出来ない。

 このまま、彼女が行ってしまう。


 確かめることができたのに。

 桐生香澄美ではなく、実咲だと確証できたのに。

 行ってしまう……。


 マンバットがふわりと浮かんで、上昇していく。

 実咲が、行ってしまう。


 ダメだ。行かないでくれ。


「行くなぁ……」

「……そこまでだ」


 はっとなって頭を曲げて背後をみる。

 そこには。


 獣人の両肩に着地して、多目的機銃、エクスデスを後頭部に押し付けているアックス1の姿があった。


「死ね」


 散弾銃型のエクスデスが咆哮し、獣人の後頭部を吹き飛ばした。


 体が自由になった。すぐさま立ち上がる。   


 そして飛び去っていくマンバットを追いかけた。


「セイバー1! どこへ行く?」


 自分を救出したアックス1が叫ぶも、俺は遠くへ消えていくマンバットを追いかけた。


「実咲いいいいいいいい!」


 叫んでももう遅かった。

 彼女は、遠く空の彼方へ、消えていった。


   ――――――――――


「危なかったね、香澄美」

「はい……」


 車から出たとき、誰かが叫んだ。

 よく聞こえなかったが、心臓が跳ねるほど驚いて振り向いてしまった。


 ――実咲!


 あの声。私の本当の名前を叫んだのだろうか?


 あの黒いコートを着て刀を持った暗殺者。

 私の名前を呼んだ気がした。


 あれは何だったのだろう?

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