任務 暗殺 #1

「航空機なら自前のですぐに着いたけど、最近は物騒だからね」

「そうですね、お兄様」

「まだ数時間は走る事になるが、何か不満はあるか?」

「いいえ、ありません」

「そうか、よかった」


 航空機……ふいに五年前を思い出す。けど、もう私にはあのことの家族も、彼もいない。文字通り、全てを失った。


 この啓介兄様が何かよからぬ事業を始めていることはうすうす気づいていたが、孤独な空の旅を狙われての要人のためにリムジンで移動という手段をとったということは、よほど何かに警戒しているのだろう。


 エンジン音も、微塵の揺れすらも感じない、最高級の車。おそらくこの遮光処理をされたフロントガラスさえも、防弾などに優れているのだろう。


「はぁ……」

 ため息。


 別段、私はこの五年間、監禁されていたわけではなかった。むしろ自由な振る舞いを存分にしてくれた。あれが欲しいこれが欲しい、そんな言葉を発する前に常に用意されていた。先日の白いドレスなども、特別な日でもないなんでもないときに贈ってきたりもする。


 だがその自由さと、この存在しない折から出れば私は天涯孤独になるという事実が、私をここに留まらせた。


「どうした香澄美? やっぱり窮屈だったかな?」

「いいえ、ちょっと景色を見ていただけです」


 作り笑い。笑えないくらいに上手になった。

 この五年間で、言葉使いも、一挙一動も変わってしまった。

 この『演技』が、私の生活の全体を作っている。

 私は――


 キイィィ!


 急に車が急ブレーキをかけて、車内が揺れた。


「どうした!」


 お兄様が運転手に叫ぶ。


「前に人が! しかも姿が!」


 車内にあったディスプレイから車外の映像が映る。


 私たちの乗っている車の前に堂々と、バイクにまたがりながらこちらを向いている、全身黒姿の人物の姿があった。


  ――――――――――


「セイバー2よりAへ、目的を肉眼で確認。任務を開始する」

 凉平がブレイクから「行動を肯定する」という返事を聞く。そして腿に備わっていたホルスターからデザートイーグルを取り出し、光弾で素早くリムジンの正面を撃ちぬいた。


 ――車を破壊。移動不可能にして、それから。


 リムジンのエンジンを打ち抜き、車が炎を吐き出すと、慌てて運転手がドアから飛び出してきた。


 ――運転手!


 素早く正確に、運転手の頭を打ち抜いて即死させた。

 そして車内から三人。ボディガードだろう、黒いスーツの男達が出てきた。


 その三人全員がスーツの上着を脱いでネクタイを外す。


「へえ……」


 こいつはちょっとヘビィだな。骨が折れそうだ。


 ボディガードたちが『変身』を始めた。


 ざわ、ざわざわざわざわ――

 ぐぎ、ごきごきごきごき、ぐきり――


 ボディガードたちの姿が、銀色の毛皮で覆われ、巨大化し、半人半狼の獣人のような姿になった。


「ラストクロスの合成獣人、キメラか」

 裏社会の生物兵器研究機関ラストクロス。裏の社会ではバイオテクノロジーの頂点に立つ組織。桐生はすでに裏社会の組織とつながりを作っていたのか。


「……やれやれ」


 バイクから降りて、三体の獣人と向き合う。

 三体の獣人がそれぞれ構えを取ろうとして、足元を見て驚いた。


 地面。アスファルトがいつの間にか植物の根のように足に絡みついていた。


 ザン! ザン! ザンッ!


 三体の獣人が何か衝撃を食らったかのようにのけぞった。そして体毛がバラバラと空気の流れに散っていく。


「幻映身(ミラージュ)アウト」


 そう呟くと、三体の獣人に攻撃を加えた、セイバー1、麻人が姿を現した。


「やっぱりダメか」


 自分を囮にして、光の屈折で姿を消させていた麻人の奇襲も、あまり効果が得られなかった。


 獣の体毛……さらに普通の獣よりも強化された毛皮には、銃弾も、刃も通らない。

 そして瞬発力も筋力も常人を圧倒する。


「めんどくさいな」


 ラストクロスのキメラ兵とは何度も戦った事があるが、この狼のような獣人タイプはおそらく最高クラスの品質を持っている。


 まず通常の武器は体毛に寄って防がれる。そして持ち前の俊敏さと腕力の強さで、気がつけばあっという間に殺される。


 こちらは二人で、向こうは三体。


「さて、どうするか」


 麻人はお構いなしと言わんばかりに黒刀の斬撃で獣人の一体を押している。

 他の二体も、麻人が操って足に絡ませたアスファルトを砕き、自由になった。


「戦闘……開始!」


 両手にデザートイーグルを持ちながら、こちらも獣人に向かって飛び出した。


  ――――――――――


 くそう。

 内心で歯噛みをする。

 黒刀の刃が、毛皮に阻まれてまったく切り裂くことが出来ない。

 相手にしている狼型の獣人が、姿勢を低くして攻撃の姿勢になる。


 ――こんなやつらを、相手にしている場合じゃない。


 まだ、車の中から桐生兄妹が出てこない。

 本当に実咲なのか。それとも別人の香澄美なのか? 

 気が散って集中できない。

 確かめなければ。

 俺は確かめなければならない、

 彼女の正体を!


「はああああああ!」


 黒肩の切っ先を伸ばし、獣人の喉に突き刺す。

 だが、獣人は体を軽く反るだけでにやりと笑った。

 突きでも毛皮に阻まれた。


 無機物ならば、問答無用で切り裂くことができる。だが有機物の毛皮では、黒刀と自分の能力が発揮できない。


 獣人が鋭い爪を真横から払うように襲ってきた。

 黒刀を盾にして防ぐが、その豪腕に身体ごと持っていかれて吹き飛ぶ。

 素早く姿勢を立て直して立ち上がる。顔を上げると、獣人が既に肉薄していた。


 速い!


 とっさにアスファルトの地面を操り、這い出るようにアスファルトのの壁を作った。


 轟音。


 アスファルトで作った壁を、獣人は拳の一撃で粉砕してきた。


「くっ!」

 後方に飛んで間合いを取り直す。

「はっ!」

 背後に別の獣人が迫っていた。


「鋭光矢!(シャープアロー)」

 セイバー2、凉平の呪文。


 背後にいた獣人の目に光熱波が直撃する。


「があああああああ!」


 眼球を破壊されて悶える獣人。

 凉平のアシストがなければやられていた。 


 その凉平さえも、向き合っている獣人に苦戦しているというのに。


 ジリ貧というやつだ。


 このままでは、彼女の正体を確かめる前に、自分たちが返り討ちに会う。


 どうする?

 いったん退くか?

 いや、だめだ。俺は是が非でも確かめなくてはならない。

 絶対に、引くことは出来ない!


「はああああああああっ!」


 黒刀を地面に突き刺し、アスファルト、地面の高まりを持ち上げる。

 その大きさは獣人の大きさをも超える質量だった、


「くらええええええ!」

 単純、故に破壊力も大きい。


 地面で作った巨大な塊を振り下ろし、、大型のハンマーのように獣人の頭を殴りつけた。


 黒刀の切っ先に集めた地面の塊が爆散する。


 さすがにラストクロス製の獣人も驚いただろう、巨大な質量を頭に叩きつけられ、そのまま地面に突っ伏すように潰れた。


 だが――


 獣人が素早く立ち上がった。


 単純な力任せの一撃だったが、あまり効果は得られなかったようだ。獣人は頭を押さえつつ、立ち上がり、威嚇するように牙を強く噛んでいた。


 そしてはっとなって後ろを振り向く。


 背後で眼を潰されて悶えていたもう一匹の獣人もこちらに身構えていた。


 視認できるほどの速さで、眼球が再生している。


 ラストクロスの作り出した合成獣の特性の一つ、高速再生。


 ダメージが無かったように修復されていく。


 戦慄するしかなかった。

 前と後ろ。挟み撃ちのような構図になってしまった。

 追いつめられている。そう実感した。


 冷や汗、焦燥感。対処方法、有効な攻撃。


 いよいよもってどん詰まりになってきた。

 このままでは、やられる――

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