休日

 ひなた時計の定休日。

 

「ふぁ~あ……っと」

 歩きながらあくびをして、足がよろけてしまった。


 朝、もう昼時なのだが。起きてみると、既に麻人はひなた時計には居なかった。台所は麻人に任せっきりで、勝手にあさると無駄な怒りを買ってしまう。てきとうに冷蔵庫の中の物を軽くつまんで外に出てきた。


 心なしか寝足りない。

 それに一つ、気になる事もあった。


 麻人の奴、暴走してないだろうな?


 会議の後、葉桐啓介について調べてみた。葉桐啓介。先代の葉桐清介の跡を継ぎ、若くして葉桐企業の社長に就任。パーティー好きで、よく他の会社の重役を招待して社交パーティーを開いている。そのため顔も広く、他の企業からの信頼も厚い。年もまだ二十代後半だというのに、この国の中ではかなり上の実力者。


 だがそれは表向きの顔だ。調べるうちに啓介に対して善からぬ噂も入手していた。

まだ具体的な事は調べることが出来ないが、もしかすれば明日の任務に――


 ――さて、アイツはどうするんだろうな。 ブレイクの最後の一言は効いただろう。ソーサリーメテオを出ればただの殺人鬼。


 ――俺も、人の事言えないか……人と殺人鬼。アイツはどっちを選ぶのか。


 ふと空を見上げる。空高く上がった太陽が、とても眩しい。

 いつか、俺もそれを選択する時がくるんだろうな……


「オラァ! この女(アマ)!」

「……あん」


 声の聞こえた方を向く、というよりすぐ横だった。六人のガラの悪い男達が少女を囲んでいる。少し外れの場所で、似たような男が仰向けになって伸びていた。


 囲まれている少女は外国人なのか、少しボザボザになった金の髪に、健康的な肌と引き締まった美形の顔。背は低く服装もボーイッシュな少女。年は小中学生ぐらいだろう。


 囲んでいる男達がそれぞれニヤついた顔をして、下品な言葉で少女を脅している。少女の方は身動ぎもせずに立ち尽くしていた。見様によっては怯えているようにも見える。


 コドモは範囲外なんだケドな。


「うら」 

とりあえず、囲っている野郎一人の尻を蹴飛ばす。

「なんだ、テメェは!」

 一番大柄な男が、顔をわざとらしく歪めて睨んできた。


「女の子一人にムサイ野郎が集ってんじゃネーヨ。ロリコン少女趣味はネェが……お前ら見てっとウザイんだよ」

「一人で何が出来んだ、オオッ?」

「デカイだけのガキが吼えんなよ」

 ガンの飛ばし合い。他の五人の視線も集まってきた。


「――ん?」


 そこで少女が間に入ってきた。こちらの方を向いて、


「お嬢チャンは離れてなさ――」


 ドスンッ


 鳩尾にとても重たい衝撃。少女の拳が思いっきりめり込んでいた。不意を突かれ、青い顔をして前屈みになる。


「お、お前だったのか……」

 鳩尾の衝撃に耐えながら、何とか声を絞り出す。

「……オレは男だ」


 声変わりがまだのようだが、怒りを込めてかなりドスの入った声――


 それは羅(ロウ)シュウジだった。


 遠めからは少女に見えていたが、間近で見ると確かに男だった。周囲の男達にも聞こえたようで、全員が驚嘆の顔をしている。


 ガゴンッ!


 ほぼ反射的に拳を振り上げて、シュウジの頭を上からどつく。

「痛……てぇな、テメェ!」

「じゃかあしい! 女みてぇなカッコしてんじゃネェ!」

「カッコなんかしてねぇよ! オメーらが勝手に間違えただけだろーがぁ!」


 思いっきり地団駄を踏んで抗議する。倒れていた男もこのシュウジを少女と間違えて倒されたのだろう。それで囲まれて――


「どいつもこいつもぉ! これだけ男物の服着てんのにー!」

「鏡見て出直ししろ!」

「ンだと!てめえこそ女みてぇに髪のばしやがって!」

「女みてぇなツラしやがって、だから間違えられんだよ!」

「言ったな! テメェ!」

「やるかぁ! あぁ! ガキだろうと容赦しねぇぞ」


「おい、アンタ」


 不意に肩を掴まれた。


「あぁ?」


 思いっきり凶悪な顔で振り向く。気がつくと、自分とシュウジの周りを男達が囲んでいた。


「ニーチャン何かを忘れてないかい?」

「悪いねぇ、ザコはアウトしてたよ」

「ッザケてんじゃねぇよ……」


 向きを変える。シュウジも同じようにして、お互いに背中を合わせる。


「怖くなったら逃げてもいいんだぜ」

「冗談かそれ?」


 こっちと同じくシュウジが腰を低くして構える。


「じゃあ、いっちょやるか」

「ああ」


 正面の、肩を掴んできた男の顔面に身構える暇を与えず高速で掌打を叩き込む。仰け反った所を腹に突き刺すような蹴り。男が前屈みになったところを後ろ回し蹴りで顎を狙いぶっ飛ばす。


「へっ、どうだ……」


 振り向いてシュウジを探す。


「なっ……に!」


 他の四人が地面で伸びている。自分が相手をした男には大して時間もかけてはいないはずなのに。しかもシュウジの姿も消えている。


「あのくそちび助!」


 未だに鳩尾への衝撃が残っている。アックス2、シュウジの実力を見たことはないが、かなりの使い手だと、くらった拳の重みでわかった。


 だが、それどころじゃないようだな。


 一応、殺し屋稼業をやっている上、周囲の気配にだってどんな時も気を使う。例えガキのケンカだとしても。なのに一瞬に近い速度で四人を倒し、気配を絶って消えた。


 周りを見回す。シュウジはいない、というより……


「……逃げよっと」

 今度は野次馬達に囲まれていた。


   ――――――――――


「加奈子ちゃん」

 手を上げて加奈子ちゃんの名前を呼ぶ。

「麻人さん!」


 彼女が小走りでやってきた。


 一晩中、ずっと桐生香澄美、実咲のことを考えていた。そんな中。携帯電話で加奈子ちゃんから連絡があった。


『暇なんですけど、明日どこかに遊びに行きませんか?』


 少し迷ったが、俺はそれにOKを出した。


 ゆったりとした服装にロングスカート。少し背伸びをした女の子のような服装。


 そういえば、実咲も――


「麻人さん?」

 加奈子ちゃんの声ではっとなった。

「どうかしましたか?」

「いや、なんでもないよ」

「じゃあ行きましょうか、前からちょっと行ってみたかったパスタ料理のお店があるんですよ」

「ああ、行こうか」


 加奈子ちゃんと隣りあわせで歩き始めた。


 いけない、気晴らしに慣れればと思ったが、加奈子ちゃんが余計に実咲の事を連想させられる。


 気をつけなければ。


 正直、彼女の両親を暗殺したことに、今は気分が咎めていた。


 今までずっと、俺は『殺し』を行ってきた。だが相手は裏社会の悪党。同情する余地はそこにはなかった。命令。任務。それに従順し行うことに、一切の曇りは無かった。相手は死してしかるべき者達ばかりだった。


 端的に言えば、害だ。害虫のようなものだ。裏の世界は表の世界に干渉し、大小侵食するように被害を与えている。


 そんな法も秩序も無い世界で、自分の力を振るうことだけが全ての世界で、そいつらを殺すことに、ひとかけらの情の余地もなかった。


 俺はずっと、この五年間をそうしてきた。


 不本意に能力を授かり、ブレイクから『殺し』を叩き込まれ、命令のまま、言われるまま、この凶刃を振るってきた。


 なのに今は――


「麻人さん?」


 また、加奈子ちゃんの声にはっとなってしまった。


「ああ、ごめん、ちょっとボーっとしてて」

「どこか調子が悪いんですか?」


 不安げな顔をする加奈子ちゃん。


「いいや、なんでもないよ」

「やっぱり私なんかじゃ……」

「そんな事はないよ。大丈夫だから」

「はい」


 今はどうしてこんなに、

 胸がきつく苦しいのだろうか?


   ――――――――――


「ふう」

 遅めの昼食をとって一息つくと、食後のコーヒーが出てきた。


 カップを手にとって一口するが、やはりファミレスのコーヒーはお世辞にも美味いとはいえない。普段あまりコーヒーは飲まない方で、たいした知識も持ってはいないのだが、明らかに麻人の入れるコーヒーの方が香りも味も良い。脇にあるミルク一つとガムシロップを取ってコーヒーに中に入れる。実は結構甘党なのだったりする。


 と、いきなりテーブル席の向かいに人が座った。


「おいおい、相席なんて聞いてねえぞ……」


 辺りを見回す、もう昼は過ぎていてちらほらといくつかテーブルが空いている。


「?」


 相席の相手を見る、サングラスをつけて黒いスーツを着た大柄な男だった。


「よお」


 誰だ? いきなり声をかけられて、こんな知り合いは覚えがない……こんな大熊並みにでかくてマッチョな、顔に傷のある男は。


「どちら様ですか?」


 そう聞くと、相手はテーブルに肘をついて身を乗り出しこちらを睨んできた。サングラスの上から見える眼光は威嚇の目だ。新手のハードチックなナンパか?


「ナンパならお断りします」

「ふざけるな、忘れたとは言わせないぞ」


 即答してきた。本当に誰だ?


「腹の一撃はなかなか効いた。薬屋十蔵から貰っていた特注のチョッキがなかったら死んでいた所だった」


 薬屋十蔵、先月抹殺した標的の名前だ。何とか覚えている。


 あー……。


 心の中で口をあけて思い出す。コイツは。


「何のことですか?」


 本当は知っている、思い出した。この大柄の男はそのとき俺が倒した相手だった。だが、ココは知らぬ存ぜぬで通したほうが無難だろう。


「まったく身に覚えもありませんし、あなたとは初対面のはずだと思うのですが」

 相手、黒鬼晶の鋭い眼光をポーカーフェイスでかわしながらコーヒーを一口する。


「そうか」


 人違いでした、という『そうか』ではなかった。『そうくるか』といった意味の入った口調。あからさまに読める。


「俺はボディガードをやっていてな」

「へえ、そうなんですか」

「先月、依頼主からの護衛を失敗した」

「それはお気の毒さまで」

「生き残ったのは俺だけだった。依頼主も守れず、俺だけ無様に生き残った」

「死にたかったんですか?」

「…………」


 相手の軽いジャブも、とぼけてやり過ごそうとする。が、だんだんと相手も痺れを切らしてきたようだ。ごつごつした大きな拳に力がこもっている。


「その時、俺を倒した死神がお前に似ているんだよ。顔は分からなかったが、髪の色も、体格も、先ほどの喧嘩での身のこなしもな。死神がガキと横道で喧嘩とは、偶然見かけてあきれ返った」


 さっきのシュウジを助けたのを見ていたのか。


「でもその殺し屋は、顔はわからなかったんですよね? だったら他人の空似って言うのもあるでしょう? 髪も体格だってどれもたいした特長にもなっていないし」

「俺は死神とは言ったが殺し屋と入っていないぞ」


 間髪いれずに黒鬼が言ってきた。


「…………」


 無言の返答に黒鬼がにやりと笑う。


「さて、俺がわざわざこうやって来たのは、別に殺りに来たわけでも果し合いをしたいわけでもない」


「言っている意味が分かりませんね」


 黒鬼はあくまでもしらを切るか、と呟く。


「ああ、それと。この人にもコーヒーね」


 それを言ったのは黒鬼にではない。さっきからオーダーを聞こうとして、黒鬼の迫力に気おされておどおどしているウェイトレスの女の子にだ。あまりにも可哀想になってきたので助け舟を出してあげた。ウェイトレスの女の子は、金縛りが解けたように「はい」と言っただけでその場を去っていった。


「もう少し空気を読んだらどうですか? あの子可哀想だったでショ?」

「お前の」


 こっちのかわし言葉はもう無視のようだ。


「戦っている理由は何だ?」

「……は?」


 いきなりの発言に、つい間抜けな返答をしてしまう。


「俺は自分に助けを求める奴はどんな相手でも守る。正義とか仁義とかじゃねえ。俺の戦う上での誇りだ」


「へえ、それは立派な志ですね~」


「お前は、お前はどんな誇りを持って戦う?」

「…………」


「確かに薬屋十蔵は武器や薬の密売でかなりのあくどい商売をしていた。俺も本心では嫌気がさすほどだった、だが」


 この男は、プライドが高いが悪い人間ではないらしい。そう思った。


「俺の誇りはやつを守ることを優先させた」


 だが――


「お前には誇りはあるか?」

「……無かったらどうだって言うんですか?」


 無言。あたりの空気が緊迫していく。それが返事なのだと黒鬼は理解したのだろう。殴りかかってくると思ったが、逆に黒鬼は冷静さを取り戻したようだった。


「この次、もし会うことがあったら、俺がお前をぶっ殺す」

「…………」


 静かにそう言うと、じゃあな、と告げて黒鬼は席を立って出て行った。


 それを目で追って、出入り口から出ていく大柄な黒鬼を見送った。しばらく無言のまま宙を扇ぐ。


 黒鬼晶、凉平は十蔵の抹殺の時にボディガードをしている、という簡単な資料でしか知らない相手だが、本当は悪いやつではないようだ。会う場所が、戦いの場と違っていたのなら、それなりの友人になったのだろう。だが――


「甘いんだよ、考えが……」


 もし、同じ誇りを持っていたといったのなら黒鬼はどんなことを言ってきたのだろう……。しかし、俺は何のために戦っているのか、それは――


そこまで考えて、やめた。残ったコーヒーを飲み干して、黒鬼に頼んだ二杯目のコーヒーを待つ。

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