第142話 ちーむ名

 楽しく酒を飲んでいる時、些細な事を発端として面倒な状況になる事がままある。

 無礼講だから、というお偉いさんの言葉に甘えた結果痛い目を見たり、小さな本音を呟いてしまった事で、大きな諍いになってしまったり。


 俺の目前でも悲しい事に、現在進行形でその類の光景が繰り広げられている。


「だからっ! こちらの方が美味しいでしょう!?」

「いやいや、わかっていませんなツマよ! こちらの方が美味いでしょう!?」

「パパこそわかってない! オイシーのはコッチだって!!」


 あれはいつだったか、アナスタシアに苦手な種族はいるかという話をした時だっただろうか。


 ミノタウロスとケンタウロスは好物が同じ野菜だが細かい意見の相違があり揉めやすい、という内容を聞きその時はそれ程気にしてはいなかったが、いざ拠点で共同で暮らしていると確かにそういった諍いのような物は最初にあった。


 こと食べ物に関するいざこざはそれこそミノタウロスとケンタウロスだけに限らず、肉でも野菜でも魚でもやはり種族毎に好みがある分譲れない点が出てくる物。


 それでも間を取り持つように入る仲裁や、スライム君の絶対的な料理手腕などで大きな問題になる事も無く、更には種族毎の理解も得て今日まで平和に過ごせてきた。


 だが今、その平和が根本から崩されようとしている。魔族最高権力者とその一族によって。


 凄まじい重圧を生み出している彼の手にあるのはカニしゃぶの汁を使ってトレニィアに作って貰ったスープを元に、俺が作ったカニのエキスを使った塩ラーメン。


 そして同じくらいのプレッシャーを感じさせ対峙する彼女達の手にあるのはスライム君が生み出したカニ雑炊。

 米が無いから麦を使っているのにも関わらずその出来は素晴らしい物だった。


 その二つの食べ物の、どちらがより美味しいのかな? と俺が呟いた言葉によってラーメンを大絶賛して味わっていた魔王と、カニ雑炊を頬張って嬌声のような声を出して身を捩っていたツマやムスメが真正面から激突するように議論を始めた。


 食べ物に関する事で揉める、というのは本当に些細な事。

 なのに話している内にお互いの事を深く知っていれば知っている程、次々と揉める種が生まれてくる。

「大体アナタったら……!」

「それを言うならツマこそ……!」


 売り言葉に買い言葉、火がついたように言い合いをしている魔王夫妻の仲裁を出来るであろう唯一の人材も、プリプリと怒りを露わにしてカニ雑炊の入った器を握り締めているのでそれは叶わない。


 言い合いを始めた当初に『夫婦喧嘩は犬も食わない』と放っておいたら気付けばこのような状況に陥っていて、おろおろとした様子で彼らを見守っている魔族や亜人達には悪い事をしてしまった。


 それにしても、この体の芯に染み渡るような旨味たっぷりのカニ塩ラーメンがうまい。

 そして麺を啜った後に卵とカニが織り成す柔らかい旨味が素晴らしい雑炊を頂くとこれまたウマイ。どっちもこれ以上なく美味い。


 魔王とツマとムスメが一歩も譲らず、睨み合うようにしていると徐々に空気が冷たい物へと変わり、そして大気が震え始め、大地が震え始めてきた。


 彼らの方から伝わってくるビリビリとした何かにより揺れる大地に影響してカタカタカタカタと皿やカップが震え、座っているだけでケツに振動が伝わってくる。

「ホリ……、怖い……」

「そういえばこっちでは地震が少ないんだったね。トレニィア、皆も大丈夫?」

「うぅぅ……」


 震度4くらいだろうか、震源地は目の前。

 超局地的な地震により、酔い潰れて眠っている者達以外は恐怖によって互いに支え合うようにしていたり態勢を低くしていたり必死に恐怖と戦っている。


 俺はと言えば、四方から伸びてきた腕に衣服の一部を摘ままれ引かれ何やら面白い状態になっている。


 こうなってしまっては、泥酔して幸せそうに鼾を掻いて寝ている彼らが羨ましい。

 俺も現実逃避して横になろうか、という考えが頭を過るくらいだ。


「ホリ様、ああなってしまった魔王様達を抑えられるのは貴方くらいでしょう。何とかして頂けませんか……?」

「うーん……。まだ死にたくないけどあの喧嘩の発端は俺だしなぁ……。わかった、やってみるよ。骨は拾ってね?」

「そんな不吉な事言わないで下さい……」


 酔い潰れていない者達とヒソヒソ話を終え、気持ちを整理しつつ立ち上がる。

 伸びていた手に多少ずり下ろされてしまったズボンの紐を引き締め直し、台風の目に入る決心をつけて足を前に出す。


「あー、魔王様、王妃様、ムスメさんも。ちょっといいですか?」

「うぬっ」「むっ」「ムムッ」


 彼らに声をかけたはいいが、こちらに向けてぎらりと光る眼光、圧倒的な力を持つ三者にこうして睨みつけられると生物としての本能が今すぐ逃げろと警告をするようにタマヒュンさせてくる。


「あーっと、ですね……? 私の言葉で揉め始めてしまいましたが、どちらもこれ以上ない程に美味いという事でどうでしょう? そろそろお互いに……」

「ホリさんはどちらの味方なんですの!」「ドッチなんだよ!」「ここは譲れませんぞホリ殿!!」


 うーん白熱してるなぁ……。

 今彼らに何を言っても焼け石に水というか、火に油というか。ほんの数時間前までいちゃつくようにしてカニを味わっていた人達とは思えない程だ。


 俺に声を荒げた後、またも睨み合うようにしている彼ら。足元から伝わる振動も一段強くなった気がする。

 このままでは良くないよなぁと少し頭を捻っていると丁度良い事を思いついた。


「おおっ、そうだ。それなら御三方、勝負してハッキリさせましょうか?」

「むっ?」

「勝負……?」


 思いつきではあるが我ながらナイスアイディアだろうと興味を示した彼らを落ち着ける為に一度座らせた。


「先程、催しをやる時に話したチーム分けを魔王様チームと王妃様・ムスメさんチームで分けて勝負をしましょう。そして勝った方の料理が美味い、という事でどうですか?」

「ふむ……」

「ううん……」

「ンー? どういうショウブするんだソレ?」


 俺の出した提案に興味を惹かれたのか、彼らの口論から熱が引いていきそれに伴って様々な振動が治まってきた。

 とりあえず生き残る事が出来そうでほっと一息。


「その勝負内容は準備を終えたタイミングで追々発表……ですかね? でも先程話した通りここの者達にとって難しい事を勝負にしようとしている訳ですし、戦力は均等にしますよ。どうですか?」

「むむむ……」

「ムム……?」


 渋い表情を浮かべ、頭を捻り考え込む魔王と同じように腕を組んで考え込んでいるムスメとは違い、その場で決断をしてくれた女性が一名。


「乗りましたわ!」


 威勢の良い声が響き、ツマは先程までの怒りもどこへやら楽し気にしている。

 彼女は先程俺がした頼み事から、その勝負にも大体予想がついているのかもしれない。彼女がそう意思を表明したことで悩んでいた魔王とムスメもその意見に合わせるように頷いた。


「よろしい。その話、私も乗りましょう! それならば更に話を詰めるとしますか! ツマよ、よいな!」

「ええ、みっちりと話しましょう!」

「サクセンカイギだ!」


 険悪なムードはどこへやら、どうやら彼らの頭の中からはそれまでの口論などは露と消え、楽し気に勝負の内容を考えている。


 もしかしたら数多の行事に招待をされる彼らではあるが、こういった事を企画する側に回るのは稀なのかもしれないな。


 ツマやムスメが出した提案にお酒を片手にどう実現させるかと唸っている魔王。三者とも物凄く楽しそうだ。


 先程までとは一転して楽しそうな雰囲気になった魔王一族を眺め、これで安心と振り向いて俺の身を案じてくれていた住人達にサムズアップすると彼らもほっと安堵の息をついて安心したよう。


 話し合いが続いた事で夜が更け、酔い潰れていない者達も巻き込まれる程に魔王達の会議が盛り上がり、話を続けていく内に糸が切れたようにまずムスメやゴブリン達が、それに続くようにぱたぱたと眠りについていく者達が出てきた。


 俺自身も流石にもう厳しい、と眠気に抗えずに何かに抱き着くようにしてスライム君が何かをしているのを見守っている内に魔王達を含むほぼ全員が眠りについていた。


 ああ、やらないといけない事がまた一つ増えてしまった。


 まだ洞穴に住んでいるラミアや簡易住居に住んでいる狐人族の家、遊戯室、布専用の保管庫、他にも色々と作らないといけないのにも関わらず、そこに魔王達との話し合いで使うであろう大掛かりな設備を準備しないといけないとなるとかなり忙しくなるなぁ……。


 考え事をしながらもざざざ、と聞こえてくるリラックス効果のありそうな波の音により、それらの悩みの種もいつの間にか消えてしまい、ぐっすりと眠りについていた。


 更に次の日の朝、気付けばリーンメイラの体毛の中という快適な温かさと柔らかさによって生み出される新感覚の寝心地にばっちりと睡眠を取る事が出来た俺は、スライム君が夜の内に下拵えを終えていたカニの殻から出る出汁をふんだんに使ったスープの味に二日酔いで苦しむ魔王達や住民達と共に唸っていた。


「それじゃあ魔王様、王妃様、ムスメさん、悪いんですが……」

「ええ、わかっていますよ。私もいくつか執務を終わらせ、暫く自由になる時間をまとめて取ってきますので」

「ムスメちゃん、それまでに頑張って宿題を終わらせるのよ?」

「うー……、ガンバる!」


 流石に企画段階からわかっていたが今回は準備に時間が掛かる。こちらもその企画に沿った物の用意を済ませたり、他にも新たにやってきたラミアや狐人族の人達の為の住居を作成しないといけない上に他にも必要な物が沢山あるのだ。


 食事を終え、彼らと別れを済ませて魔王一族が帰路に着いた事で多少の空気の緩みを感じるが、今は時間が惜しい。


「よし、まずはラミアと狐人族の住居を最優先に仕上げていこう! 俺はまた別にやる事があるから家造りは手伝えないけど、鉱石の建築部材が足りなくなったらすぐ言ってくれ! そちらが終わり次第、また追って指示を出していくから!」


 自身に気合を入れ直すように二日酔いのダメージが残る住人達に声を張り上げ、僅かな時間の内に気を引き締め直した住人達も威勢良く応えてくれた。


 必要になる設備、住居、更には娯楽の施設。今回作り上げる物はどれも大掛かり。

 だが肉体労働が中心になってくると兎角頼りになる魔族達、更に亜人達もまだ本調子ではないのにも関わらず頑張ってくれたようだ。


 その日は種族関係無く夢中になって動き続け、気付けばあっという間に夕方。


 今日は作業の中心が居住区だったという事で、ペイトン宅の前でスライム君や料理班が料理を始め、その匂いに釣られて住人達ほぼ全員が集まり食事をしていた時に、カーリンやフロウが傍にやってきた。


「ねえホリ。聞きたい事があるのだけど」

「うん? 何かな」

「実は、浴場の事なのだが……」


 大きなワンコが俺の両サイドに伏せるように座り込み、切り出してきた内容は風呂場の増設。彼女達は次の催しの前に、風呂場を大きくしてはどうかと話し始めた内容に住人達もいつの間にか集まり、カーリン達の言葉を聞いている。


「んー……」

「どうだろうか?」

「やっぱりまだ難しいかしら……?」


 魔王達には余裕を持って日程を組もうと話しておいたし、時間的な問題は起きにくいだろうとは思う。


 更に新たに住人が増えて男性はまだそれほど問題にはなっていないが女性が多いこの拠点、風呂場が手狭になってきているという話はチラホラと聞こえてきてはいた。


 この機会に、という彼女達の言葉の通りこの辺りで増設かなぁ……?


 少し目を瞑って思考を巡らせてみたが、まず念頭に置くべきは目先のイベントよりも日々の生活。

 そちらを優先すべきだろうという決断をして目を開けてみると、固唾を飲むように沈黙して俺を見つめて次の言葉を待っている住人達。


「よし、わかった。魔王様達には悪いけど、こちらを優先させてもらうとしよう。風呂の増設には以前から考えていた事があるし、それに伴ってやらないといけない事がかなり増えるけど、皆大丈夫かな?」


 そう周りに問いかけてみると、どの者達も喜びを含んだ表情で頷いているので大丈夫そうだ。

 彼らは知る由も無いが、内心では次のイベントについて考えれば、風呂場の増設というのは都合が良い点がある。


 その後、各種族代表者達と話し合いをして排水路の拡張などの工事もする事となり、また一層忙しくなる事が予想された。


「それじゃあ、皆には悪いけど暫く気合入れて頑張ろう。宴会も当分開く事が出来なくなりそうだけど、その分次の宴会をド派手な物にするとして、明日に備えて今日は風呂入ってとっとと寝るぞ!」


 右手を突き上げてそう叫ぶと、同じ様に手を突き上げて叫んでくるノリのいい彼ら。人数が増えた事でその叫びも比例して大きな物になって、迫力が増してきた。

 星の綺麗な夜空の下で楽しく食事を終え、そのまま意気揚々と風呂に入り、その日は酒も飲まずに休む。


 出来る事ならこの住処の洞穴も何とかしたいなー、と考えている内に疲労と前日の宴会での寝不足からか、あっという間に就寝。


 そして次の日から一日の内の大半の時間を風呂場の新設に当て、余った時間で建築部材作り、更に余裕があれば魔王達との約束を守る為に新設備を出来る限り建設と小道具の用意、とにかく体を酷使し続けた。


 流石にこうして追われるようにハンマーを、ツルハシを、そしてスコップを振い続けていると慣れた作業でも体力が続かない。


 しかし、俺は日々生まれ変わったような感覚で毎朝を迎えていたのであった。

 その理由の鍵、ペトラとラミアの一族。


 彼女達が毎晩、毎晩日が暮れるとその日に作った新作の薬草汁を持ってきては辻斬りのように俺に飲ませて満足して帰る、らしい。


 飲ませられた次の瞬間に、気が付けば朝を迎えている俺には薬草汁を口にした以降の事など分かりようもないので、彼女達が満足気に帰っていくのを見ているのはアリヤ達。


 更に同じように、ここ最近毛艶の良いペイトン。一本一本の毛が宝石かと見紛う程に輝いている黒々とした毛並みが美しい彼と。

 そして特に変化が著しいのはポッドだろう。

 僅か数日の内に年季を感じさせた老木が、いっそ初々しく感じる程に新緑の鮮やかな葉を揺らす程になり、樹皮も瑞々しくまさに若返っているように感じる。


 だがその代償は酷い。

 俺は特定の時間になると体が訳も解らず震え始め、ペイトンは何故か特定の条件下になると冷や汗が止まらなくなり、ポッドに至っては日々決まった時間に拠点全体に聞こえる程の叫び声を上げている。


 俺達がそうなる時、決まってすぐ傍には輝くような笑顔を浮かべているオークの女性。


 彼女に悪気はないのだし、こうして効果を実感しているのだから文句があろうはずがない。

 作り手側であるラミア達ですらドン引いてしまう程の作品を毎日のように生み出すペトラの所業に拠点の住人達は震え上がり、怪我は絶対にしないように、とこれまで以上に固く決意を表明する程だった。


 ペトラの薬草汁は凄まじい。

 ラミアの知識が加わった事によりその破壊力と共に治癒力も劇的に進化、危険の多い狩猟班だけでなく住人ほぼ全員が一本は携行するようになり、これまで以上に怪我に備えられるようになったのは良い事だ。


「んほぉぉぉぉ……」

 今日もまたポッドの叫び声が拠点に響く。

 もうそんな時間かと陽が傾いた空に目をやり、流石にこうも連日続いていると皆も慣れた物で、今日はこれまでと道具を片付け始めたりとしている。


「なぁホリ。前にも聞いたけど、やっぱりペトラ、爺を殺そうとしてない?」

「そんな筈はない……と思うよ。ただドーリーは今、絶対アレを喰らうなよ。大変な事になるからね? 絶対だぞ?」


 増設した家庭菜園のプランターの一つを寝床にしているドーリーが、木霊するポッドの声に反応して頭だけを土から出してそう問いかけてきた。


 彼女もこれで精霊、以前のペトラの薬草汁で暴走をしたという話を聞いているから、こちらから細心の注意を払ってはいるが間違いが起きないとも限らない。


 彼女もその時の事を思い出したのか、震える自身の体を抱きしめて力強く何度も頷いた。そのような状態が暫く続いていよいよ限界がやってきたのか、ポッドが涙ぐむように直訴をしてきた事で俺がペトラに言い聞かせ、薬草汁の使用は頻度が抑えられる事になった。


 その事で彼の木の根に体を包まれるようにして抱き締められ感謝をされたが、ペトラがポッドで実験をするようになった発端は俺という事は黙っておいた。

 平和って大事。


 魔王達と別れて、住居建築が終わり住人達に次なる最優先課題として取り掛かって貰っている排水路。

 苦戦続きの拡張工事だったようだが、連日そちらをやっている者達が泥だらけになった甲斐もあり、排水の量が増えても余裕を持って対応できるほどに排水路の幅や深さが拡張された。


 そしてそれの完成と共に本格的に着手が始まったのは新設する風呂場。

 今まで使っていた風呂場を男性専用とし、新たに女性専用の風呂場を作ってしまおうという事で話を決めたのだが……。


 今回作り上げる風呂場はかなりの大規模、リーンメイラという巨大な老犬やその娘であるカーリン達が閉塞感を感じない程に天井が高く、広々とした空間を作り上げるという事で着手を始めたのだが、今まで使用していた風呂場の倍以上はありそうな規模の浴場にこれまた苦戦を強いられる。


 以前の風呂場と同じようにまたも壁をくり抜き、生み出された空間は拡張した排水路などを考慮した造りになった訳ではあるが次なる問題は灯り。


 広大な空間、まさに宮殿のように広がるこの広さに見合った灯りをつけるとなると、それこそどれだけの数の灯り、光の魔石が必要なのだろう……。

 魔石の在庫自体は文字通り山ほどあるにはあるが、湯水の如く使って良い物でもない。

 この辺りは魔王達に相談してみるとしようかな。


 浮彫になる問題は様々あるが、巨大な設備を設立するとなれば住人達全体が協力してくれるので灯りの問題のようにどうしようもない事以外は大概何とかなる。


 更に、これまで猫人族が一任されていたお湯係、巨大な浴場建築で彼らにまた一つ負担を強いる事になると頭を抱えていた問題も狐人族のおかげで解決した。

 ヒューゴー達やリンセル達の話により、狐人も猫人族と同じかそれ以上に火の魔法が扱えるとわかり、お湯係に任命された。


 そうして、浴場建築に日数をかなり費やし着々と完成が目前へと迫る頃、ツマとムスメがやってきた。

 どうやら俺の頼みを叶える為に一度話をつけておこうと考えていた彼女達は、新設している風呂場にどうやら相当心打たれたようで、俺の頼み事をそっちのけで風呂場建築に手を貸してくれた。


「ホリさん、鉱石で彫像を彫りませんか? そしてここに……」

「ホリ、まずスライムの像をココに……」


 注文を出す人が増えた事で、完成が伸びるかと思われた風呂場増築。

 ただでさえこの風呂場にはリーンメイラやカーリン達用に試行錯誤を繰り返した物が多々あるので、これ以上何かをするのは正直面倒だった。

 そういった思いにより、彼女達には申し訳ないがやんわりとその注文を断りつつ完成を急がせた。


 思いの外こういった体力作業に抵抗がないツマとムスメ。

 俺のお願いという当初の目的を忘れ、連日やってきては楽し気に汗を掻き、類稀な魔法や腕力により率先して難しい作業をやる彼女達は頼もしく思えた。


 そうして大分時間を取られた物の、完成した風呂場はまさに宮殿。女性陣のセンスが光りただでさえ豪華になりやすい鉱石の輝きと相まって贅沢な空間が広がっている。


 完成した風呂場に入ったリーンメイラが珍しく尻尾を忙しなく動かして喜んでいた事からも、その満足度は高い様子で一安心。


 浴槽一つ取っても大柄な種族も小柄な種族も寛げるようにという工夫もされ、前回作った浴場からの経験や様々な種族からの意見を取り入れた。


 その上、俺の遊び心により水魔法が得意な種族がいる時限定で使用できる滑り台、ウォータースライダーのような物も作っておいた。


 試しに、とリザードマン達に水を流してもらい使用感を確かめたところ、何故か男性陣専用となるこれまで使用していた風呂場にも同じ物が設置される事になった。


 意外な事にケンタウロス族がハマっていたが、大柄な彼らが数回滑り込むだけで浴槽のお湯が大変な事になるので、男性側の風呂場での使用が禁止になったのはその後日の事だった。


 深刻になった問題が他にも。

 お土産としてグスタールの香水店で購入したアロマ商品を風呂場に置いてみたところ入浴時間が男女共に爆発的に伸びた。


 毎日のように汗だくになるまで働いた後に、ウタノハプロデュースの良い香りで満たされた風呂場によりついつい長湯をしてしまう者が続出。

 急遽、風呂場出口前にベンチを設け、風呂上がりに腰を下ろして涼める空間を作る羽目に。


 ここで更に真価を発揮しようとしているのはラミア。

『自分達でも香料を作れるのではないか?』という飽くなき探究心により、寝る間も惜しみ研究に没頭した彼女達が最初に作り上げた香料の香りは何故か魚の干物だった。


 試しに使用したところ風呂場全体がその日は使う気が失せる程、魚の生臭さに包まれたがそんな事でラミア達の探究心は挫けることは無く、むしろ更に燃え上がっていた。


 因みにその匂いに唯一肯定的な意見を声高に主張して、「良い香りだ!」と喜んでいたリザードマン達が住人達から糾弾されたのは言うまでもない。


 新たな住居、風呂場の増設、保管庫建築など当初の目的を一つ一つ作り上げていた中、物はついでという訳ではないが、リーンメイラ達の住居も設立する事に。


 当初拉致してきた彼女達親子、トロルの件が終わればすぐに森に帰るかもという考えから家らしい家は作って無かったのだが、今ではそのつもりは毛頭ないというのは新設された風呂場の出口で逆上せるまで楽しんでいたリーンメイラが体を張って教えてくれた。


 そこで彼女達親子が入れて、かつ私生活を送っても全く問題がない大きさの、そして守り神と一部で呼ばれているようなので、祠のような家を作ってみた。


 現代日本の鳥居をイメージして作り上げた出入り口のオブジェや中には囲炉裏のような物。そして寝床には彼女達が自身で木を運び、寝床用にはくり抜いた穴に爪で削り出した木屑を敷き詰めたベッドなどなど、風が入り込まない工夫もされていて、中も暖かく住みやすい良い出来。


 更にその祠のような家の前にはカーリン達四姉妹専用の台座を用意し、狛犬の役割も担って貰おうとしたのだが、その台座が使われているのはまだ見た事がない。

 鳥居の方はハーピー達に「羽休みに丁度良い」と頗る評判で、増設が検討されている。


 催しに使う設備も完成手前まで漕ぎ着ける事ができ、俺が作り上げていく設備を見ては住人達やツマ、ムスメなどが日々楽しみだと期待を募らせていった。


 ツマやムスメもそこまで来ると俺の頼み事を思い出し、毎日のように楽しんでいる入浴時に画策している様子。


 そして全てが完成し、いよいよとなったタイミングで満を持して現れた魔王により、イベントが近日開催と公表される。彼も大分無理をしたようで、その表情からはいつもの恐さに加え疲労の色が。彼もどうやら相当ハードな日程をクリアしてきたのだろう。



 そうしてこのハードな日々にいよいよ終焉が、と最初は喜んだがむしろ大変なのはここからなので、久々に味わおうと思った祝杯は全てが終わってからにしようと誓い、泣く泣く止めておく事に。

 同じように酒を飲まなかった魔王と二人、全てが終わったら浴びる程酒を飲むぞ、と固い握手を交わし星空の下で誓い合った。

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