第143話 備えあれば

 魔王と話合いを済ませ、近日中にイベントを開催をしようと纏まった。そしてそれに伴いやらねばならない事がある。


 流石にやる内容を考えると俺一人でどうにか出来る問題でもないので、今回この催しで最も頑張ってもらう事になるであろう種族の代表と久々に二人で急いで話し合いをしていた。


「それじゃあト・ルース、明日は宜しくね? 殆どの住人が君達に助けてもらう事になると思うし。あと、ヒューゴーとリンセルには頼んでおいたから」

「ヒッヒッヒ……、ええ、ええ。あたしらとしてはそれほど大変な事でもありゃしませんから、気にせんで大丈夫ですよ。それに、拠点の子らもコツさえ掴めば劇的に変わるかもしれません。ある意味楽しみなところではありますねぇ」

「まぁ、うまくいってくれるといいけどね……」


 明日は殆どの住人が仕事を休み、俺が建設した設備の前に朝集合。

 何をやるかという事はその際に発表、明日の朝にはツマとムスメもやってくる為寝坊をする事の無いよう今日は早めに寝るように、という事も話してある。


 しかし……、全く関係無いが久々にやってきたリザードマン達の住居は、以前来た時より更に進化を遂げているな。

 ブーストポーションの影響で最初の頃より階段や通路といった外部アクセスも増え利便性が上がっただけでなく、彼らの種族にとって住みやすいように工夫が見える。


 以前とはまるで姿を変えた彼らの住居の中、ト・ルースの部屋で出汁のような味の独特な風味が特徴的なお茶を頂きながら、作戦会議を終える頃には他の部屋から鼾が聞こえてくる時間帯になってしまった。


「それじゃあ、夜遅くまでごめんね」

「いいんですよ。ホリ様、帰り道は気をつけてくだされ」


 子供じゃないんだから、と返しつつ彼女にお礼を言ってリザードマンの住居から退散をする。


 確かに彼女の言うように街灯のような物が一つもない拠点内の夜道は少し怖くもあるが、それ以上に青白い月明かりを受けて鉱石が独特な輝きを放つその幻想的な空間は見惚れてしまう程に美しい。


「もっと人が増える前に、街灯を設置しておくか……? とはいっても、魔石は勿体無いし火は燃料のコストがかかりそうだしまだまだ難しいかな」


 流石に普通の人間の俺にはこの月明かりと鉱石の輝きだけでは夜道を自由には歩けない。

 手にしているランタンの灯りが無くなったら怖くて身動きが取れなくなってしまうだろう。

 それでも魔族や亜人はこの手元の灯りが無くても夜道をスタスタ歩いて行くし街灯なんていらないのかなぁ……。


 暗い夜道を進み、やっと寝床の洞穴まで戻り中を見てみると夜も更けているというのにアリヤ達は横になっているがまだ起きているようだ。


 一人はほんの僅かな時間の内にゴロゴロゴロゴロと寝返りを打っているし、一人はソワソワとした様子で体を揺らしているし、一人はずっとスライム君を撫でて忙しなく腕を動かしているし……。


「ただいま……」

「オカエリナサイッ!」

「モウ朝ッ!?」


 俺の出した小さな声に反応してがばっと体を起こしたベル、ベルの声にすかさず飛び跳ねるように起きたアリヤ、そしていつもと変わらない様子ながらもスライムを抱えて起きたシーの三名。体は大きくなったのにこの子らは……。


「もう、明日は皆多分ヘットヘトになるから早く寝なさいって」

「寝レマセン!!」

「目ガ冴エチャッテ!!」


 どうした物か、と考えながら俺も横になるとテンションの高い三名から『何かお話を聞かせて』と頼まれてしまった。

 遅い時間だというのに寝る気配は一切ないアリヤ達、そのキラキラとした眼と圧力に負けた結果、御伽噺の一つでも話す事になってしまった。



「そして小人は言いました。『ぼくとけいやくして白雪……』……んー、やっと寝たか」


 大分頑張っていたが、日々の疲労もあり最後には燃え尽きるように三人共眠ってしまった。

 その三名に付き合わされ確実に寝不足になるであろう俺、そして話を終えた俺を労ってくれるスライム君。彼がカップ一杯分だけお酒を用意してくれたので、魔王には悪いが少しだけ頂いてしまおう。


「スライム君、明日もよろしくね。はい、かんぱーい」


 カツン、とカップを軽く当てて彼と乾杯をする。カップの中身のワインを吸収している彼には今回の催しに向けて、また特別な物を頼んである。


 その頼み事を数日前にしてからという物の、珍しく試行錯誤を繰り返していた彼もかなり仕上げてきた様子で本番に向けて着々と準備を終えているようだ。


 彼と二人、ゴブリン達を起こさないように静かに晩酌をしている内にやってきた眠気に負け、そのまま意識を飛ばしてしまった。



「ホリ様! 朝! 朝デス! 朝デスヨ!」

「んぁぁっ、揺らさないで……」


 洞穴の出入口から見える空が白んでいるような早い時間に既に火がついたように起きていて、燃え盛るようにテンションの高い三名に体を揺すられ目を覚ますと、彼女達は既に準備は万全と言いたげに身支度を済ませている。


「これが若さか……。まだ時間的に早いからもう少し寝るね……」

「おい、起きてるか?」

「ホリー、朝よ!」


 そうだね、そうだった。


 種族的な特徴、そして漁業をしている関係上朝の強いリザードマン達、しかも今回は頼みたい事があると事前に言っておいた事が起因となってその頼み事の内容を知らないまでも『任せろ!』とやる気が溢れていた彼ら。


 早朝から俺からの頼み、というのを確かめにやってきたのであろう聞こえてきた声に目を向けてみるとゼルシュやリューシィ達リザードマンが勢揃いするように洞穴の出口からこちらへ顔を覗かせている。


「何でこうなる事を見越して事前に説明しておかなかったんだよ……、俺の馬鹿……!」


 起きたくねぇ! と無言の抵抗を見せようと毛布を被るようにして包まるも、テンションの上がったアリヤ達がその上に滑り込むように乗ってくるという荒業を見せ『日曜のお父さんは大変なんだなぁ』としみじみ味わわされた。


 進化を遂げて重くなったゴブリン達の重量を感じつつ、スライム君はどうしてるかなと毛布の隙間から確認してみてもその姿は発見できない。


 恐らく昨夜のアリヤ達の様子から、今日は早い時間に朝食になると準備をしているからだろう。頭が下がる。


「ホルァァアアッ!」

「あぁぁ……っ。わかった、起きる、起きるから……」


 いよいよ最後の抵抗である毛布も取られてしまい、強制的に起こされる事となった。


 アリヤ達に手を引かれ洞穴の外に出るとやはり良い匂いがする。

 早速今日何かしら彼の新作が味わえそうだ、と眠い目をこすりつつ周りを見ればリザードマン達とゴブリン達がキラキラとした視線を俺に向けてきている。


「皆、一回落ち着こうね。どちらにせよ他の種族が起きないと始められないんだからまだ時間は……」

「殆どの種族はもう起きているぞ?」

「はぁい……?」


 衝撃の一言につい変な声で返してしまった。


 空を見ても、日が昇る方向を見てもまだ早朝だというのに……。

 レギィが言うには、どうやらここ最近工事などの作業が続いた事により、久しぶりに何か新しい事をやれるとどの種族も気合十分。彼らが俺のところへ来るまでに殆どの種族が既に動き出していたようで、朝食の準備をしていたのだとか。


 俺の甘い見通しは更に続き、しょぼしょぼとした目に喝を入れるように濡れた布で顔を拭いていると何やらどよめきが。


 今度は何だ? とそのリザードマン達の見ている方を見れば、連日のようにやってきているツマとムスメの姿。その二名に加え、今日はその後ろに知らない顔が一名いる。従者さん……、かな? メイド服のような出で立ちから察するに。


「もう少しだけ、寝ておきたかったな……」


 凄まじい勢いでこちらへ駆け寄って来ている楽しげな表情のムスメ、そしてゆっくりと歩いているツマやその後ろに控えているメイド服の女性の姿を見て、眠気を覚ます為に少し強めに顔を拭いておいた。


 みんな、元気だなぁ。



「ホリさん、おはようございます。少し早かったかしら?」

「おはようございます、そんな事はないですよ。今日はよろしくお願いしますね。それで、そちらの方は……?」


 姿を現したツマ御一行。

 その内の一人であるムスメは既にアリヤ達を引き連れ、目的地へと向かった。


 朝食がまだなのに、と思っていたところ流石は仕事が出来るスライム君。

 彼女達の考えと行動を見通すように朝食用にサンドイッチがぎっしり入った弁当箱と恐らくスープが入った水筒を渡し、それを手にしたムスメとアリヤ達が目的の場所へと走り出した事で洞穴周りは少し静かになった。


 ムスメ達が走り去り、そしてリザードマン達もツマ達の出現で少し緊張をしているのか押し黙ってしまっているので、先程とは打って変わって静かな空間でやってきたツマ達と挨拶を交わすが、気になるのは隣の女性。


 クラシックなメイド服や黒髪、外見は人間のようにも見えるが大きく違う点が一つ。彼女の頭の横には特徴的な巻いた角が生えている。


「彼女は私達の身の回りの世話をしてくれる従者の一人、シツジィの娘メェイドです。今日は何かと手が必要と思いまして連れてきましたの。メェイド、挨拶なさい」

「はい」

 一歩下がった位置に居た彼女はツマの言葉に誘われるように一歩前へと出てそのまま静かに頭を下げてきた。


「初めましてホリ様、メェイドと申します。本日は宜しくお願い致します」

「こ、こちらこそ。ご面倒おかけしますが、どうぞよろしくお願いします……」


 彼女への第一印象、クール。

 アナスタシアなどもそうだが、どうしてこう冷ややかな眼差しの美人は威圧感があるのだろう。

 ん? シツジィの娘、って事は……。


「もしかしてヒツジィさんの……?」

「はい、その節は兄がお世話になりました」


 そういって先程よりも深く頭を下げてきた彼女。確かにどことなく雰囲気も似ているような気もするが、どちらかと言えば気さくなヒツジィと比べ気難しそうな印象だ。


「今日の事を考えて仕立ての出来る者がいた方が良いと思いまして。彼女に任せておけば、ホリさんに頼まれていた事もほぼ問題は起きないでしょう」

「ああ、なるほど……。お二人共、ありがとうございます。それじゃあ申し訳ありませんが、リザードマン達にも説明をしなくてはならないので食事にさせてもらいますね。御一緒に如何ですか?」


 俺の発言に小さな反応をしたメェイド。

 彼女は挨拶を終えて、先程と同じようにツマから一歩下がった位置に戻っているのでツマからは見えていないだろうが、眉間に少し力が入っている様子。


 顔を伏せるように頭を下げ、目は瞑っているので別に睨まれている訳でもないが、もしかしたら敬意の欠けた俺の発言に苛立っているのかもしれない。


 そういえば確かに不躾すぎたかな? ここ最近額に汗して建物を建てたり、楽し気に拠点の住人達とスライム君の料理に舌鼓を打っていたり、魔王やムスメもそうだが彼女もロイヤルな身分の方だっていうのをつい忘れてしまうので軽口が過ぎたかもしれないな。


 これから気をつけないといけない……のかな? ツマ本人は余り気にせず、微笑んで頷いてきたが。


「ええ、是非頂きます。それに私も今日を楽しみにしてましてね? 彼らへの説明、というのもお聞かせ願いたいわ」

「そ、そうですか……。とは言っても、今回彼らには特別な事を頼むので余り何かの参考になるとは思いませんが……」


 つん、と服を引かれ食事の用意が出来たとスライム君がアピールをしてきたので、集まってきたリザードマン達も一緒に朝食を摂りつつ俺やツマを囲うように座り込んでいる説明を始めると、その内容に首を傾げていたリューシィが疑問を投げかけてきた。


「ねぇホリ、それってそんなに私達が必要かしら? ホリが作った物の大きさや深さを考えてもそんなに大変な事にならないだろうし、それ程重要だと思えないんだけど……」


 彼女の出してきた意見というのはどうやらリザードマン達共通の疑問らしい。その言葉を聞いてうんうん、と頷いている。

 彼らにとってはそういう認識になるのはある意味で当然だろうが……。


「うん勿論だよ。リューシィ達にとっては普通に出来る事でも他の種族にとってはそうじゃない。何が起きるか、起きたらどう対応するか、しっかり意思を統一しておかないとね。事故だけは絶対に避けないといけないから」

「ふむ……」

 勿論彼女の意見はもっともだと俺も思う。それでも注意を喚起してそれを意識するだけでも事故率は雲泥の差だろうし、何より事故が起きてからでは遅いのだ。


「うん……。そうね、わかったわ。それなら今日はここの住人達をビシバシ鍛えてやるとするわ!」

「そうだな。こと水の中という事なら我らも自信がある、やってやろうではないか!」


 ゼルシュが立ち上がり、パシッと地面に尻尾を叩きつけて気合を入れるように叫ぶと、合わせるように立ち上がり拳を突き上げたり尻尾で地面を叩いてやる気を出してくれるリザードマン達。


 そういえば、この場にト・ルースが居ないのは昨日頼んだ事を既にやってくれているのだろうか? それなら待たせるのもアレだし、先に行ったアリヤ達やムスメの相手をするのも大変だろう、さっさと飯を済ませて行くとしよう。


 リザードマン達からの質問に応えつつ迅速に食事を終わらせ、集合場所へと向かうとそこには先程ゼルシュ達が言っていた通り既にほぼ全ての住人達が集まり、更に集まっている住人達の先頭にはト・ルース、ムスメ、アリヤ達が並ぶようにして俺達が来るのを待っていたようだ。


 俺やツマがやってきたのを確認したト・ルース、彼女が目配せをしてきてもう準備は終えていると杖をちょいちょいとその先にある施設に向けている。

「おぉー! 流石ト・ルース、立派にプールになってるー!!」


 彼女の杖が指し示した先、朝陽に煌めく水面についテンションが上がってしまったが我ながら頑張ったなぁ……。


 今回作り上げたのは二つ。

 ぐるりと輪を描くように作り上げた超巨大な楕円形のコースのプールと、そして歩測で距離を計った為正確ではないが大体五十歩分、五十メートルプールが出来上がっている。

 ちゃぷちゃぷとした水音が表す通り、ト・ルースによってコースが水で満たされ鉱石の彩りと水の輝きがとても眩しい。


「ホリおはよう、これが作りたかった物なのか? こうしてみると、まるで小川のようだが……」

「おはようアナスタシア。そうそう、こうして水で満たしたのは初めてだったけど、水が漏れている様子もないし問題は無さそうだね。早速、準備を始めるとしようか!」


 ツマとメェイドの二人は既に動き始め、何やら収納魔法で仕切りとなる壁や様々な裁縫道具を出していたり、彼女達に頼んでおいた物がちらちらと姿を見せている。

「お、おい……」

「あぁ、あの方達は何をしてるんだろう……? 何か手伝うべきかな……」


 集まってくれている住人も流石に彼女達が慌ただしくしているのを見て多少困惑しているが、今日大事なのはツマやムスメではなくそんな住人達。


 彼らにも心の準備をしてもらう為にそろそろやりたい事を発表するとしよう。


「よし! それじゃああちらは王妃様にお任せするとしてお集まりの皆さん! 今日は貴方達に水泳のお勉強をしてもらいます!!」


 ツマに向いている住人達の意識をこちらへ向かせようと大きく叫ぶと、大半の住人達は意味がわからないとざわついている。

 掌を前に出し静まるように、とジェスチャーをすると多少の動揺は感じられる物の良い感じに静まり返ってくれた。流石ノリの良い彼ら。


「つい最近の事ですが! 悲しいすれ違いで俺やアリヤ達は川に落ち、危機に瀕しました!」

 チラリと横目でシャミエ達ラミアを見ると、顔を顰めて俯いてしまっているが別に彼女達を責めたい訳ではないので今は気にせず話を続けるとしよう。


「これから先、皆が川などで溺れないとも限らない! そんな時に泳げるか泳げないか!? それは大事な仲間を助けられる事にも繋がります! なので今度! 皆には少しでも水に慣れてもらう為に魔王様主催で大・水泳大会を開こうという運びになりました!」


 清聴してくれていた彼らにどよめきがまたも生まれてきた。

 そしてそのどよめきの中から、冷静に受け止め手を挙げてくる者が一名現れたので質問を受け付けるとしよう。

「はい、ウタノハ!」

「すいえいたいかい、というのは一体何をするのでしょうか?」

「とてもいい質問です! ただ泳ぐ、という事だけだと絶対に飽きると思うので私の知っているゲームや競技、様々な遊び方で競い合ってもらいます! その際に頑張った人や成績優秀者などには豪華景品もあります! 要望があれば鉱石で武器も作るし、スライム君の作る至高のデザートが毎食ついてきたり!」


 それを聞き、慌ただしい空気ながらも目の前にいる住人達の中からはやる気が溢れる甘党たちの姿や、つい最近武器を貰いそびれ失意の底にいたミノタウロス達やオーク達の姿が。

「あくまでも今日は泳ぎの練習! しかし、今日の様子を見て『チームカニ王』と『チームカニ王妃』に別れ、後日執り行う本番ではそのチームの一員として競い合って貰います! はい、それじゃあ男性陣から王妃様のところへ行って、水泳専用の衣服に着替えてください! まずはペイトン達オークから!」

「は、はいっ!」


 突然名前を呼ばれ、焦りを見せながらも大きく返事をしてきたペイトン、そして彼に続いてプルネス達が続々と笑顔で手招きしているツマの元へと向かっていく。


 仕切りのような壁がある為、中で何が起きているかはわからないが俺も仕切りの中に入って事前に貰っておいた水着のような物に着替えておこうとすると、中では何やらペイトンが悶えている。


「うぁっ、あっ、王妃様! いけません、私には妻と娘が……! 愛する妻と娘がいるんです!」

「ふふっ、よいではないかよいではないか」


 怪しい会話が繰り広げられているが、ペイトンの最近特に美しくなった体毛をツマが撫でているだけである。そんな寸劇を隣でしていようと構わずにテキパキと手を動かしているメェイド、確かに彼女に来てもらって良かったと思える程仕事が早い。


「着替えるので」とツマを退出させ、力無くしなだれるようになっているペイトンの横ではいそいそと準備が済んだオーク達。さっさと着替え終わり、履き心地のよい灰色のハーフパンツを装備し終えた俺達を見てメェイドがうんうんと何度か頷いた。


「こちらはエジッスーンが発明した濡れても質感が変わらない素材を使っている水着、そして相手がトロルであろうと入れば自動でジャストフィットしてくれるという魔道具でもあります。着心地は如何ですか?」


 彼女に言われるがまま触ってみると表面が少しザラザラしているこのハーフパンツ、昔流行ったサメ肌の競泳水着のような触り心地と、ぴったりと引き締められている感覚なのに窮屈な事は無く頗る良い履き心地。日常生活でも欲しいレベルの逸品だ。


「バッチリですね。それじゃあメェイドさん、数が多いので大変かと思いますが、住人達の方よろしくお願いします」

「畏まりました」


 俺やオークが着替え終わると、その出口で待っていた住人達に早速オーク達が囲まれて中の様子を聞いている。朝だというのに何やら既にくたびれているペイトンにはパメラが寄り添っているので大丈夫だろう。


「ヒューゴー、リンセル、こっちは準備いいよ。頼めるかい?」

「ええ、リンセル良いね?」

「はい、ヒューゴーさん。大丈夫ですよ」


 今回の計画の中枢を担ってくれる彼ら亜人達。そしてもう一人、最重要の役割を担当するプールを眺めている少女に声をかける。


「ムスメさん、それじゃあ頼んだ通り浄化魔法をやってもらっていいですか? 今日一日かなり負担をかけてしまいますが大丈夫でしょうか?」

「オー?! ヨーシまかせとけ、ワタシの本気を見せてやるよ!」


 そう叫びながらグッ、と握り拳を掲げると俺やヒューゴー達そして付近にいた住人達を眩い光に包まれる。


 こうして初めて浄化魔法をかけられた訳だが、体全体を何か柔らかい羽毛などでさわさわと撫でられているような感覚、とてもくすぐったい。

「おお……、おぉっ……、おふっ……」


 ヒューゴーを筆頭に亜人達も小さく声を漏らしていたが、僅かな時間でその光も治まっていきいよいよ準備を終えられた。


「それじゃあこのプールの水、少しずつ温度を上げていってもらえる? いつものように熱くしなくていいから、少しずつね」

「はい。それでは皆の者、始めようか」


 ヒューゴーの声に亜人達一同が頷き、プールに向かって手を拡げている。

 流石にすぐに温度が上がる事は無かったが、定期的にプールの中へ腕を入れて温度を確かめ様子を見守っている内に適温に近い物へとなってきた。

 温度調節に時間をかけて丁寧にやってくれている為、頃合いになると男性陣の着替えが終わり、気付けば勢揃いするように俺の側に顔を揃えていた。


「よし、これくらいで大丈夫そうだ。ヒューゴー達、お疲れ様! また後で頼むね!」

「はい、それでは私達も着替えて参りますね」

「コーヌちゃん、いこいこ!」

「うんっ!」


 一仕事終えたムスメ、行動を共にしているアリヤ達、そしてヒューゴー達を見送って早速と腰を下ろしてプールの中に足だけを入れてみると、良い感じに温水プールに変わっている。

 これなら殆どの種族が大丈夫だろう。流石にリザードマン達もこれくらいの温度なら逆上せる事もないだろうし、長時間水の中に入っていられないアラクネ達以外は問題は無さそうだ。


 楕円形のコースのプール。こちらにはいくつか仕掛けを施し、その内の一つに水の深さがある。

 外側の水深を深く、内側にいくにつれて水深が浅くなるように山形に傾斜を作ってあるので、最初は足がついた方が安心だろうから中心部に渡れるように橋を設置しておこう。ただの板を設置するだけだけど。


 一足先にプールに入り、男性陣の手を借りて橋を渡し終える頃に、きゃいきゃいとした声が聞こえて来た。

 どうやら女性陣達の着替えも終わったようだが……。これは、刮目せねばっ!

 気合を入れて水面から顔を出し、気配を殺しつつ全神経を目に集中させているといよいよ女性陣の姿が!






「なんて……、こったい……」


 先頭でやってきたムスメ、それに続いてやってきたアリヤやベル、続々とやってくる女性陣の姿に、俺は魂が抜けていくような脱力感を感じてしまった。


「ハーフスーツ、タイプ……だとっ……!」


 現実は非情である。

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魔王様、顔怖いです。 ふかづめ @ponpom

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