第132話 緩和の閑話

 拠点に住まう者達の朝は早い。

 彼らは日が昇る前に川へ行く者や、日の出と共に田畑を見回る者など、自分達に出来る事を探し積極的に動いている。


 早朝に動き出す者達の中には、夜間に周囲の警戒を行なっている仲間からの報告を確認し、何かあればそれらの調査なども行なっている。とはいえ彼らの周囲で起こり得る問題の多くはモンスターの出現、発見が大半を占めており、拠点で活動する魔族達によって早期解決に至っている為、大きな問題になるという事はない。


 しかし、そうして常に迅速な対応を心掛けている彼らにも頭を抱えてしまうような懸念事項が有り、その問題については拠点に住む、ほぼ全員が解決までの糸口が一切見つからない現状に嘆いていた。


 今また頭を悩ませるのあるを見下ろして彼らは大きく息を吐いた。


「また増えたな……、この辺りまで沸いてくるとは」

「ええ、このままだと、そう遠くない未来に我々の拠点に……」

「言うな、そこから先は言わないでくれ……」


 一人のハーピーの少女が夜の闇に溶け込むような蠢く闇が拠点へと向かい伸びているのを見つけ出し、早朝まで見張りを続け、そして日の出と共に動き出した者達へ報告、速やかに対処し、問題を潰したというのに彼らの顔は晴れない。


「ああ、もうっ!」

 一人のオーガが苛立つ感情を乗せて握り締めていた薙刀を振り下ろし、鋭利な刃を地面に突き立てるようにして彼らの心を蝕む原因に腹いせの一撃を見舞った。


「このままでは、あの方の……」

「ああ、ヘタを打てばこれは過去に類を見ない程の危機となるぞ……」


 彼らの足元には、蠢く闇だったモノ。その息絶えた亡骸が地面を黒く染めている。


 それらは本来、森にコロニーを形成し彼らが居るような荒野では滅多に見る事はない生物。しかしその脅威は日ごとに、確実に拠点のある方向へと近付いてきている。


 彼らの悩みの根幹は拠点の、ただ一人の人間が原因となって生み出されている。

 その問題の人物が特定の条件下で見せる狂気の行動に、頭を抱えている者が多数いるのだ。


「姫様がウォック様と今日にでも話し合いをするようです。そこでの決断を待つ他、今はないかと思いますが……」

「ボスも参加するようだが……、ホリ様が帰ってくるのは今日だろう? 時間が足りないのではないか?」

「朝の食事が終わり次第、川での漁獲を終えたゼルシュ達、そして収獲を終えたペイトン殿達農業班がこちらに協力してを減らそうと話してはいたぞ。どれだけの効果があるかはわからんが……」


 リザードマンがコツン、と槍の石突の部分で悩みの種の亡骸を突きながら呟いたその言葉で、一人のミノタウロスの女性が眉尻を下げ、苦笑を浮かべた。


「フフ、あの方一人の為に私達全体が狼狽えてしまうなんてね。それにしてもこんなごときにこんなに悩まされるなんて、少し前までは思ってもみなかったわ」

「そうですね。それにあの御方がこの場にいたら、女の子のような声をあげてるでしょうし」


 二人の、ミノタウロスとオーガは一人の人間を思い浮かべて口元を隠すようにしながらも楽し気に会話を続けていく。


「俺はホリ様がコイツラを見た時の『狂った』という状態に陥った姿を見た事が無いのだが、そんなに酷いのか? 確かにあの方は色々とおかしくなる事も多いが……」


 パシン、と地面を尻尾で叩いて疑問の声を出したリザードマンに、その時の惨状を思い出して紅い肌が白くなってしまいそうなほど顔を蒼白させているオーガがその時の事を話し始めた。


「私は一度森でそうなったホリ様を見ましたが……、笑いながら火を放っていましたよ。森の只中に我々全員が居るというのに」

「アリヤさんから聞いたのは、ゴキローチが巣食った洞窟の出入口を封鎖してひたすら煙を流し続けて嬲り殺した後に、笑いながら火の中に死骸を投げ込んでたらしいですよ」


 一人は体験した当時を思い浮かべて事細かに、そしてもう一人が聞いた話を伝えるとそれを聞いたリザードマンはピンと張って空を向いていた尻尾がまるで花が萎れるようにゆっくりと力無く地面に垂れてしまった。


「今日、ホリ様が戻る頃になるまでに少しでもコイツラを退治しないとな……。もし拠点の内部にコイツラがいるのを見られでもしたら……」

「ええ、一体どうすればいいんでしょうか本当に……」


 彼らの悩みは虫、黒々とした艶と独特なフォルムが特徴的なただの虫。

 しかしその虫の為に、拠点全体がこれから数日の間振り回される事になるのだが、彼らはまだ知る由もない。


 ――拠点・ソマの実の畑――

 ペイトンを始めとする農業班、彼らが作業をしているその場所は元々果てなく広がる荒野だった。

 それが今では白や桃といった色取り取りの花が一面に広がり、時折吹き抜ける風にその顔を楽しげに揺らせている。


 森の賢者や精霊の助言、そして農業班と呼ばれている者達の献身的な働きにより、その収獲の量は徐々に増え、そして平行して行われている土を再生するという目的を着々と進めていたペイトン。

 元々肥沃と言われ、今は亡き溢れる自然の名残がそうさせているのか、様々な種族や魔王の一族がもたらした農業の知識がそうさせたのかは不明だが、あらゆる作物が成長していく様を見ている彼に一人のミノタウロスが声をかけてきた。


「ペイトンさん、言われた通りあちらの二区画分の収穫は終えましたよ。他にはありませんか?」

「ありがとうございます。ええ、今日の分はあれで終了ですね。スライム殿があちらに差し入れの飲み物を用意してくれているので、手を貸してくれた方に呼びかけて召し上がっておいて下さい」


 彼ら自身の頑張りが結晶となり、拠点の食料事情は目覚ましい進歩と改善を遂げている。

 野菜、果物、そして調味料の原料になる様々な作物が芽吹き、田畑を耕し始めてまだ僅かな期間だというのに、考えられない収獲を見せ始めている。


 人と魔族が争った事で生まれてしまった果てなく続く不毛の荒野の片隅で、それら全ての作物を支えて咲き誇る花達を優しく撫でて笑うオーク。


 彼が一頻りの思いを託すように花の手入れを終えると、彼の愛娘がにこにことした様子で彼の傍へと駆け寄ってきた。


「お父さん、お父さん! また新しい果物の芽が芽吹いてたよ! あとでポッド様に見てもらいたいんだけど一緒に来てくれる!?」

「わかったよ、ペトラ。私もポッド様にいくつかお聞きしておきたい事もあったし、後で一緒に行くとしようか。……ん? どうしたんだろうか、あれは」


 父の出した言葉とその視線の先にある人集りを見て、何が起きているかを知っていた娘は笑顔を曇らせ顔を顰めた。


「ああ、とうとうこの近くで……、『アレ』が出たんだって……。アリヤさんが朝の巡回の時に見つけたみたい」

「ふぅ、とうとうやってきたか……。ゼルシュからこの付近まで来ているという事は聞いていたからそろそろだとは思っていたが……」


 悩みの種、その問題の存在は狩猟班やハーピー達からの報告で、まず間違いなく彼ら農業班が精魂込めて作り上げている作物の数々に向かい、凄まじい勢いで迫ってきている。


 大分前からわかってはいたが、その問題によって起きる脅威がいよいよ目と鼻の先まで迫っていると改めて認識させられると、彼はその事実に痛む頭を押さえるように手を添え、深く嘆息した。


「あっ! そうそう、さっき、アナスタシアさんの部下の人がうちに来て言ってたよ。『食事が終わり次第、それぞれの代表を集めてペイトン邸で会議をしたい』とお父さんに伝えて欲しいって。お母さんがその場で了解って返事しちゃったから、急いで戻って食事にしようね!」

「ああ、それじゃあ戻るとしようか。今日のパメラのご飯は何かな、と……」


 娘に悟られないように、と努めて明るく振る舞うが彼の心情は暗い物だった。


 オークの代表、農業班の代表など、拠点に住む者達からの彼への信頼は厚く、また彼もそれに応えるようにしてきた。

 その結果、様々な会議や直面した問題について相談を受けるという立場になり、彼本人もそれを楽しんでいたが今回はそうもいかない理由がある。


 その原因が過去にも行われたある人物が居ない時に開いた代表者会議。


 個々人が頭を抱えるようにして改善策を見出せないまま会議が終盤に差し掛かり、一つ一つ退治していくという方向性で話を纏めていた白銀のケンタウロスの終わり間際に出した一言が代表者達を更に悩ませた。


「拠点付近のゴキローチを全て潰す間、ホリをどうする?」


 という一言に、即座に良案を出せる者はいなかった。

 ペイトン自身もそう。

 虫退治はコロニーの何処かにいる女王、そしてその周囲の虫を全て潰す事からも時間が掛かる。


 その間、一度でも彼の視界に収まってしまったらどうなるのか? 見た場所がもし拠点の住居や、危険な作業場だったら? そう考えると、何度もその人物の狂ったような行動を見させられてきたペイトンは震えた。


 更に彼を悩ませているのが、天才を自称する少女の発言である。


「ホリにゴキローチ見せるのがダメなら、退治する間中ずっと気絶させちゃえばいいんだよ! 陽が三回くらい昇る間、頭とかずっとポコポコして!」という発言をしたハーピーの少女の案を当初は参加者の殆どが笑っていたが、その問題がこうして目前まで迫ってくると、日を追う毎にその意見が受け入れられ始めてきている。


 そして、一部のオーガやミノタウロス、リザードマンは既に何かの練習を始めているというのも彼の耳には届いている。


 前回の会議も、その前の会議も、良い案は出ないまま今日まで来てしまった。

 彼は過去の会議の内容を思い出しつつ、早々に愛する妻の手料理を腹の中へと収め会議の準備を手早く終えてその時に備えた。


 そうこうしている内に、彼の耳に規則正しいリズムで鳴る蹄の音が響き始めた。


 何かの有事の際には常に先頭に立ち、この拠点であらゆる種族を纏め上げ、ペイトンと並び種族関係無く住人達に頼られるもう一人の人物が彼の家の前へとやってきて、入り口を軽く叩くとそのまま中へと入りペイトン達に声をかけた。


「すまないなペイトン、また会議の場所にさせてもらうぞ。パメラもペトラもおはよう、世話になる」

「ええ、構いませんよウォック殿。出来れば、今日ホリ様が帰ってくるまでに良い案が出ればいいのですが……」

「おはようございますアナスタシアさん、今お茶をお出ししますね」


 ペイトンが用意した場所に静かに座り込み、その横に自身の武器を置いたケンタウロスは腕を組み、来るべき会議に向けて精神を統一するように瞑目していた。


「いきなりですがウォック殿、いい加減に諦めて折れてはくれませんか? いざとなれば、この拠点の中でが一番ホリ様にとって安全でしょう?」

「うるさいぞペイトン。それは前にも却下しただろう、何度言えばわかる? ゴキローチからの脅威が避けられたとしても、がホリを襲うだろうが!」


 ドン、と力強くテーブルを叩き、叫んだケンタウロスはぎろりとペイトンを睨みつけた。

 会議を重ねるにつれ問題の虫を一つ一つ潰すという意見で纏まり始めていた住人達は次の問題、それまでの短くない時間をどのようにして特定の人物を守るか、という議題に徐々に移り変わっていた。


って……。ラヴィーニア殿達の巣なら、ゴキローチも確実に入っては来れませんよ? ホリ様には不慣れな環境に身を置いてもらう事になりますが、そこは暫く辛抱してもらってですね……」


 ペイトン自身は当初、その人物に窮屈な想いをさせてしまうという罪悪感はあったが、それ以上に何が起きるか分からない恐怖が拠点全体を覆う可能性を考えた時、多少狭い洞窟内で過ごしてもらうのも仕方のない事と思い至っていた。

 だがその意見を出したペイトンら数名に真っ向から反対したのが、ペイトンの目の前にいる彼女を筆頭とした多くの種族代表者達。実力者揃いの代表者達が威圧するように相手を睨みつけ、その意見を潰していったのだ。


「はい、アナスタシアさん。ソマ茶です」

「ありがとう、頂くよ。……ふぅ。ペイトン、何度言わせる気だ? そうするくらいならホリを私の部屋に匿うと。私が全力で警護すれば虫一匹通さないというのに、ラヴィーニアといいレイやウタノハといい、揃って反対しおって……!」


 カップを持つ手に力を込め、怒りの感情を顕わにしているケンタウロスにそれ以上の言葉を吞んだペイトン。

 彼女の説得は不可能、という明白な事実にどうしたものかと彼が思案していると、頭上から小さな笑い声が聞こえてきた。


「あらァ? ホリは私と一緒の方が何かと喜ぶと思うわよォ。フフッ、それはもォう優しく面倒見ておいてあげるからァ、暴れ馬さんは虫網持ってェ野山駆け回ってなさいよォ」

「勝手に人の家に入って来る礼儀知らずにホリを預ける事は出来ないな。お前に預けるくらいならまだウタノハの方がマシだ、それよりもお前も虫の端くれだろう? あいつらをお得意の匂いで先導して森に移り住むか?」


 視線を交わさず、言葉だけのやり取りを終えると小さな舌打ちと共に互いに眉根に力を入れ始めたケンタウロスとアラクネを見て、ペイトンは痛む頭と眩暈を堪えるように静かに手で顔を覆った。


「はいラヴィーニアさん、お茶ですよ」

「ありがとォ、……ふゥ」

 そんなペイトンとは打って変わり何やら楽し気にしている彼の妻、パメラからお茶を受け取り、一口味と香りを楽しみ怒りを鎮めたアラクネがぽつりと呟いた。


「このソマ茶ァ、やっぱり落ち着くわねェ。おいしィ」

「そうだな、ほっとする味わいだ」

「フフフ。はい、お二人共。お茶菓子ですよ」


 二人の諍いのような物を鎮めてくれた妻へ内心で感謝を捧げ、ほっと一息ついたペイトン。

 そんなまったりとした時間が流れようとした時、カツカツという音を立ててまた新たな人物がペイトン宅へとやってきた。


「ペイトンさん、失礼します……」

「来たかウタノハ……、どうした? 何かあったか?」

「大丈夫ゥ? ふらついてるわよォ」


 何かを振り絞るようにしてやってきたのはオーガの女性。今にも倒れてしまいそうな体を、持っていた視界を補う為の鉱石の杖を支えにして、立っているのもやっとという状態の彼女を見たペイトンらはその身を案じた。


「大丈夫ですか? 一先ず落ち着いて、座って下さい。今何か飲み物を持ってこさせますね。パメラ、頼むよ」

「ええ、わかりました。ウタノハさん、何か他にもあったら言ってくださいね」

「はい、ありがとうございます。大丈夫、大丈夫です……。先程、少しホリ様の……、そうですっ! ホリ様の様子をっ! アフッ……」


 自身が持つ情報、事を思い出し途端に興奮を強め声を荒げたオーガの女性はそのまま意識を遠のかせるようにふらりと倒れそうになるのを、咄嗟にペイトンが支えて受け止めた。


「あ、ありがとうございます……」

「いえいえ。それよりもウタノハ殿、『眼』の力を使って人里に行っているホリ様を見るのは禁止されていませんでしたか?」


 疲弊した彼女、そしてその疲弊の原因などから色々を察したペイトンがウタノハに軽く問い質してみると、オーガの女性は小さく声を漏らした。


「ち、違うんですよ、私はその、えっと……そ、それより! ホリ様に、ホリ様に隠し子がいます!!」

「ハァ?」

「ハッ?」

「はい?」


 ペイトンの問い掛けを誤魔化し、あたふたとしつつも叫んだ内容に一同が呆気に取られているとその爆弾を投下した本人は自身の体を支えるようにしていたペイトンの腕を掴み、徐々に興奮と共に力を強めていった。


「わ、私が……、私が先程ホリ様を見ていた時、ホリ様はまだおやすみになられておいででした。大変可愛らしい寝顔を眺めていると、か、彼の……!!」

「おごご……」


 ギリ、ギリ、と骨のきしむ音がペイトンの体の中に響き、オーガの姫様に握りつぶされようとしている腕から警告のように痛みという名の電流が流れ続ける。


 ペイトン自身も体の頑丈さと力に自信はあるが、相手はまがりなりにもオーガ。力という一点において魔族の中でも有数のオーガ。

 更に彼女は以前に与えられた強靭な弓を使い、弓と自身が持つ特異の力の鍛錬に励んでいた事で基礎能力は上がり、以前と比較にならない程に筋力が向上していた。


「おいウタノハ、何を、何を見たのだ!!」

「早く言いなさいよォ」


 がしり、とペイトンの肩を掴みオーガの姫に詰め寄るように近寄ったケンタウロス。彼女もまたその話により我を忘れ、ペイトンの肩を握り締める手に力が篭っていく。

 アラクネもそれに続き、オーガの姫に詰め寄った。


 握り締められている肩口からバキバキという音が聞こえ始め、ペイトンは呼吸する事を忘れる程に歯を食い縛り痛みを堪えると、それを止めさせようとケンタウロスの手を何度も叩いていた。


「彼の、ホリ様の隣には……! 小さな人族の少年が、一緒に、しとねを共にして寝ておりました……! それはもう二人、仲睦まじく……!」

「なん、だとっ……!?」「ホリの奴ゥ……!」

「あ、ぁぁぁっ……!」


 告げられた言葉が引き金となって、更に高まった腕と肩の圧力に悲鳴を零したペイトン。彼の左腕から響き渡る悲鳴、それが最高に高まりペイトンが意識を飛ばしそうになった時に天の助けがやってきた。


「ウタノハさん、確か人族は子供が生まれるまでそれなりに時間がかかり、季節を三回から四回は超えないといけない筈です。それに『少年』と言っていましたが、あの街にホリ様が初めて行かれたのはそれほど昔の事ではありませんよ。恐らくその街で仲良くなった人族の関係者でしょう。どうぞ、お茶でも飲んで落ち着いて下さい」

「えっ……!? あっ、はい、頂きます……」


 理不尽とも思える痛みに滲まされたペイトンの瞳には自身の妻が神の使いとも思える程に後光が差しているように見え、この状況をあっさりと好転させたこの女性と結婚して良かったと心から思う程だった。


「ありがとうパメラ、ありがとう……」

「あらあら、フフ。貴方、後でペトラにお薬貰って飲んで下さいね」


 パメラの放った一言に、助けられたのかトドメを刺されたのか疑問を抱いたペイトンではあったが、彼らをよそに多少取り乱していた三名の女性も用意されていた席に座り直し、出されたお茶をゆっくりと味わいつつ落ち着きを取り戻していた。


「もォう、人騒がせねェ。少し考えればわかるじゃなァい?」

「そうだな、私はホリを信じていたぞ。うむうむ」

「も、申し訳ございません……」


 三名が件の人物の話を再開し始めると、その間に続々とペイトンの家へ各種族の代表者達がやってきて、肩を押さえ腕をプラプラとさせているペイトンを不思議に思いながらも、朝の挨拶と共にお茶を味わっていた。


「ヒッヒ、何やらひと悶着あったのかねぇ。お茶のお礼だ、ペイトンや、痛い部分を少し見せてごらんよ」

「あ、ありがとうございますルース殿、助かりますよ……」

「全く、何があったんだ? ペイトンがこれ程まで傷めつけられるなんて……」


 老齢のリザードマンに杖を向けられるとじわりと熱を帯びる肩口、身を案じてくれた友人の発言にどう返した物か、と言葉を呑んだペイトンはちらりと問題の三人を見た。その視線を追いかけ、行きついた答えに納得したリザードマンはポン、と治療を受けているのとは逆の肩に手を置いた。


「災難……、だったな」

「あぁ……まぁ、な」


 今日の会議も荒れるのだろう、ペイトンはそう直感めいた物を感じると肩の熱とは別の意味で顔を顰めた。


「ホリ様、早く帰ってきてくれないかな……」

 まだ会議を始めていないのにも関わらず、ゴブリンやミノタウロスも加わり更に収拾のつかなくなった空間に大きく息を吐くと、ペイトンは一つ気合を入れて大きく声を出した。


 せめて彼が戻るまでにこの話し合いに決着を。

 苦労人ペイトンの闘いは始まったばかり。

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