第110話 ピンチの後にピンチあり

 多芸だな、と思う人に手先が不器用な人はあまり見た事がない。そして飲み込みが早いな、と思わせる人に頭の悪い子はいない。


 ここにいるゴブリン達にはいつも驚かされる。

 彼らは色々な物で培われた俺の中のゴブリンという種族へのイメージを良い意味で裏切る事が多い、今もそうだ。


 ゼルシュの演奏を楽しんだ後、洞穴に戻ってくると今度は楽し気な音楽が聞こえてきたのだ。


 まさか? と思いながらも拠点の洞穴の前まで戻ってくればゴブリン達三人が演奏を楽しんでいる真っ最中。邪魔するのもアレかな、と静かにその場へと座り込んだ時に気付いたが洞穴の上の方の壁面にはアラクネの姿が二つぼんやりと見えた。


 彼女達もどうやらアリヤ達の演奏を聴いていたようだ、薄暗いので表情までは伺えないが……。


 アリヤが太鼓のような打楽器を、ベルはヴァイオリンのような弦楽器を、そしてシーはフルートのような横笛を奏でているのだが……。

 映像だけを見ればどう見ても大層な悪魔か邪神でも呼び出そうとしているようにしか見えないのに、目を瞑り耳から入ってくる旋律だけに集中すると、なんと爽やか! 目を開けると……うーん、邪悪!


 彼らの音楽を邪魔しないよう、坂の途中で姿を見せないよう様子を見ていると気付けばスライム君がトレイに食事とお酒をカップに一杯入れ、運んで来てくれた。

 気が利く人ってステキ、と思いながらお礼を告げて、彼の食事をありがたく頂いていると、さながらディナーショーのようにゴブリン達の音楽を楽しめる。


 隣で一緒にお酒を飲んでいる……? スライム君も何処かその流れてくるメロディーに体を波打たせているような。


 感情表現が豊かだな、と彼のボディを撫でつつ食事も終えたのでそろそろ声をかけておこうかな? と立ち上がると彼らの手が止まり、演奏は終わった様子。

 丁度いいな、良い演奏を聴かせて貰ったのだし拍手もしておこう。


 彼らは相当集中していたようで拍手しながら現れた俺やラヴィーニア、トレニィアの三名に気付いてはいなかったようだ。


「見ラレテタナンテ、恥ズカシイ!」

「ホリ様! ドーデシタ!?」


 アリヤは俺達に見られていたという事実に両手を使い顔を隠しているし、自信満々のベルとは対照的にシーは少し困り顔、あんなに上手なのになぁ。

「うん、三人共格好良かったよ。演奏聴いて食事を頂けるなんてちょっと贅沢な気分だったし、良ければまたお願いしようかな?」

「フフ、それなら私も呼ばれたいわねェ」


 朝、俺と別行動をしていたアリヤ達はアナスタシア達との会議の後すぐに三人で集まり練習を始めていたのだとか。


 楽器の数がそこまでない、更に皆が俺の発言のせいで重圧を感じている事からとにかく練習をしよう! という流れで今の今まで練習をしていた彼ら。


 久々すぎてまだ演奏がぎこちないと話してくれたアリヤは、思い出したように手をポンと叩いた。

「ソウダ、ホリ様! アナスタシアガ、『明日ハ早朝カラ森ヘ行ク』ッテ伝エテクレッテ!」

「森デ色々ヤルミタイデスヨ」


 ああ、死体の処理かな……? うう、折角の食事を吐いてしまいそうだから考えるのは止めておこう。


「ありがとう、それじゃあ明日は頑張ろうね。それにしてもそんなに追い込んじゃうなんて、俺の発言のせいで皆に悪い事しちゃったなぁ。気軽に音楽を楽しむ程度の気持ちだったけど」

「ホリ様カラノ期待ハ、皆裏切リタクナインデスヨ!」

「ホリ様普段ソウイウ我儘ワガママヲアマリ皆ニ言ワナイカラ、応エタインデス!」


 アリヤ達は拳を握り、強く説明をしてくれる。シーも同意を示すように深く頷いていて、同じ様にラヴィーニアやトレニィアも腕を組んで頷いているし……。


「ええっ? 俺めちゃめちゃ皆に甘えてるし、我儘してると思うんだけどなぁ……」

「ソレニ、皆ガ言ッテマシタヨ。『オ世話ニナッテイル礼ヲスルチャンス』ッテ!」


 ベルが教えてくれた内容に照れ臭さを感じてしまい、つい頭を掻いて誤魔化す。そんな風に思ってくれているのは嬉しいが明日になったら皆に一言謝っておこうかな? あくまで気軽な物なのだ、重圧を感じる必要性はないのだし。


「フフ、愛されてるわねェ? ホリィ?」

「茶化さないでよ……、いやまぁ嫌われているよりはいいし、素直に嬉しいけどね?」


 分かりやすいラヴィーニアの揶揄からかいに苦笑を持ってそう返すと、その揶揄いが全く通用しないゴブリンが大きく叫んだ。


「俺達、ホリ様ノ事好キデスヨ!!」

「フフ、嬉しいな。ありがとうアリヤ、俺もアリヤ大好きだよ」

「ホリ様! 僕モ、僕モ!!」


 アリヤが小さく跳ねて叫んだのを聞き、嬉しさと恥ずかしさを誤魔化すように抱き上げてから俺がそう返すと、彼は恥ずかしそうに頭を掻き照れているようだ。

 それに続いてベルにも告白をされたので、彼の頭を撫でて同じような言葉を返すとやはり顔を赤くして照れている。

 シーにもベルと同じようにしてみたが、服を掴んで小さく頷かれたので良し!


「お姉様……、まずいです……」

「あれはァ……、強敵ねェ……」


 アラクネの二名が何か顔を寄せ合いぼそぼそと言っているが、嬉しい事を言ってくれた恥ずかしさが込み上げてきている様子の三名のゴブリン達に全力でお礼を言っておこう。


 そこから洞穴の前でアリヤ達とラヴィーニア達に楽器のイロハを教えてもらったが、数回指を吊り、奇声のような騒音を楽器から生み出す自身の不器用さに泣きそうになりながらも楽しめたのでまぁ良しとしよう。


「さて、とォ……、私達はそろそろ行くわァ。皆、明日は頑張ってねェ」

「布……、期待してるね……」

「うん、まぁ。それじゃあおやすみ二人共」

「オヤスミー!」


 どうやらこの後、彼女達は拠点にある毛皮を布に変えて、試しに何かを作るようだ。


 明日は死体処理だけなんですが……、と思いながらもいい笑顔をしていたトレニィアにそれを告げる事は出来ずに曖昧に笑いながら手を振り返しておいた。


「それじゃあ明日に備えて今日はもう休もうか。リラックスさせてもらったし今日はよく眠れそうだよ。ありがとうね」


 彼女達の姿が消え、俺達も明日に備えねば……。

 ああ、明日を思うと気が滅入る。今日の内に明日必要になりそうな物を各種用意はしてくれていたようだが、モンスターもかなりいるという話だし気を引き締めていかないといけないな。


「明日ハ、森ノ深イ所ヘ行キマス。虫モ多イカラ注意デス」

「うえ、ホントにぃ? やだなぁ……。まぁ森だし仕方ないか。明日は頼んだよ、三人共!」

「ハイッ!」


 その後、休もうとしているのに何故かゴブリン達三人は興奮冷めやらぬという感じでまた寝させてもらえず、今回はいつものように抱えて眠ろうとしても却って目が覚めてしまうというよくわからない状態になってしまった。


「寝酒でもするか……」

「ヨ、酔ワセテ何ヲッ!?」


 深夜のテンションによる物か、三人はとても面白い状態で。


 俺が何かする度に何かのポーズを構えたり、何かを決心したような表情を浮かべて目を瞑っていたり。眠いならとっとと寝てほしいのだが、俺が横になり寝たふりを敢行すると今度は顔を逐一眺めてチェックされている始末。


 先程まであんなに上機嫌だったのに……。

 そう考えながらゴブリン達によるチェックを堪え続けると彼らは何かを話始め、それが終わるとその後俺の隣へやってきてそのまま寝息を立て始めた。


 何だったんだ……、ゴブリンの習性か何かかな? と疑問に思いながらも何か動きを見せてまた起きて来られても面倒。寝てしまおう。


 疲れていた訳ではないが、彼らの音楽でリラックスできていたのかな? という程快適な睡眠がとれた。藁布団の感触にも慣れてきたのでその効果もあるのだろうか?


「みんなおはよー。今日は早めに出るって話だったよね、急いでご飯にしようか」


 ぽやんとしているゴブリン達に挨拶を済ませてスライム君の元へと行くと、彼は既に調理を終えているようだ。


 だが、珍しくこちらに気付く事もなく何かをごりごりと磨り潰していたり、その後ろでは鉱石で作った竈から熱気が漏れている。


「スライム君、おはよう。一体何を……、って甘い香りさせてるなぁ」


 ポンポンと跳ねて挨拶をしてくる彼の後方からは、甘ったるいという言葉そのままに匂いが漂っていて、甘い物好きには堪らない空間が出来上がっている。

 どうやらゴブリン達もそれを嗅ぎつけたようで、ふらふらと両手を前に出したゾンビのような状態で寝ぼけ眼のままこちらへやってきた。


 そのまま甘い物ゾンビ達に竈に突っ込んで行かれても困るので、目が覚めるように布を濡らして顔を拭いておこう。


「冷タッ!」

「アッ、ホリ様。オハヨウゴザイマス!」

「うん、おはよう三人共。寝ぼけてないでご飯にしようか?」


 俺が寝惚ける事は多いが彼らは毎朝元気だからなぁ、こうなる程に眠れなかったなんて一体何が原因だったのだろうか。


 漂う甘い匂いとは裏腹に、スライム君の今日の朝ご飯はシンプルなサンドイッチとスープ、そしてオムレツ。

 肉一辺倒だった時代を思えば大分文化が進んできている気がするなぁ。これでコーヒーでもあればいう事ないのに。


「そういえば、今日行く森はどんな所なの? いつもより深いとか言ってたよね?」

「エット……、確カ……」


 彼らの説明では今日行く場所は普段行っている森とは違う方向で距離もかなり遠い、その上元々モンスターが多く生息していたので、トロルによる被害の規模にもよるが腐肉狙いのモンスターの数は多いだろうという事。


「危険ナノハ、モンスターダケジャナイデス!」

「ほうほう、というと?」

「アソコハ、植物ノ方ガヤバインデス!!」


 アリヤが力強く説明してきた内容は、ガシャガシャした花や罠を張る木、それらに加えて臭いでクラクラさせてくる奴がいるらしい。

 何だろうガシャガシャ……。


「何だか怖いなぁ……、防備は万全にしておかないとダメだね。俺なんてあっさり殺されちゃうし、単独行動は極力しないようにしておかないと……」

「ホリ様、拠点ニ残ッテテモイインデスヨ? 僕ラガヤッテオキマスカラ!」


 くぅ、こんな小さい子に心配されるなんて不甲斐なさ過ぎて泣ける。

 優しい言葉をくれたベルを抱き締めつつ、肝心な事だけは頼んで置こう。


「大丈夫、皆にだけ嫌な思いをさせるのは気が引けるしね。充分注意するよ。ただ、ただね? 虫だけは何とかしてくれ!!」


 いるんだろうなぁ、……。

 森での遭遇率が高い事は俺の目が過去何度も痛い目に遭ってきた事からも経験済みだ、見たくないなぁ……。

 ベルを抱き締めて彼の胸の鼓動を聴きながら自身の弱い心と戦っていると、洞穴の前の坂の方から声がする。


「ホリ様ー」

「アッ、ペイトン達ダ!」


 どうやら集合の時間になってしまったようだ、心の準備はまだまだ全然出来ていないが時間ならば仕方がない。


 迎えに来てくれたペイトンやパメラやペトラに挨拶を済ませて、そのまま集合場所へと足を運んだ。

「そうそう、パメラとペトラに頼みたい事があるんだけど」

「はい? 何でしょう?」


 彼女達は今日も布製作に取り組むらしいので、気軽に着れるシャツを出来る限りお願いしておいた。今日の作業内容を考えたら、悪臭や何か分からない液体がこびりついたりして使うのが躊躇ためらわれる事も十二分にあり得る。


 備えておいて損はないだろう、無駄にはならないし。


 目的の場所には並んだ荷車に多くの荷物が載せられており、中には炭や工具、大きなかめが所狭しと置かれている。このような荷車があと二台。どれも荷台はいっぱいである。


「来たな。おはようホリ、準備は済んでいる。早速出発するとしよう」

「うんおはようアナスタシア。それじゃあ行こうか、今日は気合入れないとやばいだろうなぁー」


 つい俺の口から出てしまった本音に、苦笑して頷いている面々と早速森へ向かって歩き始めた。


 これから向かう森の情報を今の内にある程度全員に周知させる為に話を聞いているが、やはり皆が口を揃えて言うのはモンスターよりもタチが悪い植物の事。中には一人だったら確実に死んでいたという意見を出している者まで。


 自然の脅威か……、俺には判断のつけようもないから誰かと常に行動するようにすれば死ぬような事にはならないだろう多分。それでもお互いに注意を怠らないようにと、皆が口々に話している。


「そういえばさ、荷台のあの壺? かめ? には何が入っているんだろう? かなりの数があるよね? あれなに?」

「ん? ああ……」


 隣を歩いていたゼルシュは一度荷台の方へ視線を移してそれを視界に収めると、その中身について説明をしてくれた。

「あれは『聖水』だ。生物に限らず、色々な者が嫌がる水でな? オババとリーンメイラが今日の為に準備してくれたぞ」

「へえ、聖水? そういえば死霊が沸いているとか何とか言っていたっけ……? それに使うのかな?」


 ゼルシュが俺の導き出した答えに首を傾げているが、そうではないのだろうか?


「いや? あれは草や花に襲われた時に使うんだ。死霊避けにもなるが、こちらに喰らいつこうとしている植物相手目掛けてぶちかませば途端に枯れるぞ!」


 大きく笑って俺の中の聖水イメージをぶち壊す発言をする彼、ゼルシュがぱしぱしと叩く甕の中身は一体どうやって用意されたのかな? ト・ルースとリーンメイラがっていうのがまた怖い、老人は時として簡単にえげつない事をしてくるからな……。


 朝に出発して到着は昼を過ぎていた。

 一つの不安が頭を過ったので事前に食事は済ませておいたが、この様子ならば正解だったようだ。

 目の前にある鬱蒼うっそうとしたジャングルのような森、風が吹くたびにあちらこちらから漂ってきている悪臭。こんな場所の近くでまともに食事なんて出来る筈がない。


 手早く臭いへの対策を済ませた俺達は三つの班に分かれ、現在いる場所を基点としてハーピー達の指示による惨状広がる場所へと案内されていく。


 木々の間からハーピーが見えるかな? と思っていたが、定期的にハーピー達が空の上から歌声を披露するので耳の良い種族もいた事で、彼女達を見失う事はあっても場所がわからなくなるという事はなかった。


「うわぁ……、うわっ、ああ見ちゃった……」


 まず最初の問題の場所へと到着すると、木々も開けたその空間には草が彩る緑や土が染める茶色の色合いは全くない。俺達の眼前には黒い地面が広がり、その黒い空間は今なおうごめいている。その衝撃につい、悲鳴を上げて隣にいたペイトンに飛びついてしまった。


「あかんやろ、あれはあかん……」

「ほ、ホリ様! 大丈夫ですか、気をしっかり持って!」


 生きてきてごめんなさいと何かに謝罪をしたくなる程のテカり、独特なフォルム、よくわからない二本の触覚、見る者全てを恐怖のどん底に叩き落としてくれるヤツが目の前の地面を黒に染め上げ、その中心には下半身のない動物だったのであろう物があちこちから骨や臓物を剥き出しにして倒れている。


 どうやらヤツラはその肉を食べているようだ。かさかさとした羽から出していそうな音が一層気持ち悪い。


「グロとグロの狂宴……。ああ、もういやだァ……」

「しかし、ここからアレらを一つずつ潰さなければ……」


 ペイトンの言葉に一瞬気が遠くなってしまった。

「あれを……、一つずつ……?」

「え、ええ……。前にも話しましたが、ヤツラは女王を潰せばそれ以上増えませんが、あれほどの数だと今度は我が拠点にまたやって来る事も考えられます。今の内に潰しておいた方が良いでしょう」

「それともホリ様は、アレが拠点で見られるようになってもいいんですか?」


 ペイトンと、その隣にいたオーガの女性にそう言われてハッとした。

 そうだ、ヤツらをここで屠らねば今度は拠点に……。それだけは絶対に阻止せねば! しかしGの群れに槍一本で立ち向かうなんて無理すぎて想像しただけで気を失いそう。


「ペイトン、油」

「はい?」

「いいから油!!」

「は、はい!」


 やるならやらねば、そしてその黒い蠢きの中心で亡くなられている鹿さんの供養もしてやろう。心を穢すような汚物はどうなるか、それは火を見るより明らかなのだ。


「ほ、ホリ様? ここ、森ですよ? 忘れてませんよね?! 森ですからね!!」

「うん、モリねモリ。夢がモリモリ~」

「ペイトン! コレアノ時ト同ジヤバイ奴ダヨ!!」


 急いで準備をしたからこれで大丈夫かはわからないが、取り敢えずはこれでいいかな? 筒タイプとボールタイプの油を入れられる器を用意して、その中にペイトンから貰った油をたっぷりと流し込んで準備は完了。


 あとはラヴィーニア達に以前貰った糸を一度油に浸して……、よし、ツルツルしたけど結ぶことが出来たぞ。


「ほ、ホリ様? 先程からペイトン殿やアリヤさんが何か慌ててますけど、それでどうされるんですか?」

「ん? いや汚物は消毒しないといけないでしょ? だから、この油の入った鉱石をあそこへこうっ!!」


 筒の方は良い具合に放物線を描いて油をまき散らしながら蠢きの中心にある動物の死体の元へ転がり、球状の方は動物の死骸に思い切りかかったな。

 これならいけるだろうけど、念には念を入れて筒状の方はもう二、三本投げ込んでおこう。


「ホリ様! ストップストップ!! ここ森ですって!!」

「うるさいなぁ、わかってるってモリワキね! いやモリグチか!? まぁどっちでもいいや、よし準備オッケー!」

「ベル! シー! ホリ様ヲ止メロォ!!」


 いやあライターのないこの世界、魔法を覚えるまでは不便で不便で仕方がなかったけど、一度覚えてしまうと便利だよなぁ。

 もう少し火力が出たら言うのも恥ずかしいレベルの名前をつけよう。取り敢えず今はチャッカマーン。

 油に浸しておいた糸を伝うようにしてあちこちへ幻想的な火が糸のレールによって走り、終着点に着くと一気に赤々とした炎が燃え上がる。

 可燃性の高い油で良かった、綺麗に燃え上がるなぁー。


「ああぁぁぁ!」

「うるさいなぁペイトン、どうしたのそんなに焦って? それにしても、うーん素晴らしい燃え方! お、そうだこんな時は……」


 あの夏、あの冬、部屋の片隅から台所、風呂場にまで、忘れた頃になると現れる奴等との激闘を振り返りながら目の前で巻き上がる炎に向かって言わなくてはいけない台詞を思い出した。


「汚いたき火はなびだ…!」


 もう二度と会いたくはないが、これからもヤツラとの闘いは続くのだろう。だが次も、その次も絶対に俺が勝つ! 

「ハァーハッハッハッハ!!」


 心の底から湧き出てくる笑いを抑える事が出来ず、俺は逃げようとしている瀕死のGをスコップで掬い、土などに構う事なくそのまま炎の中へ放り込む作業を続けた。


「ああ……、やっぱりああなりましたよ……!」

「ホリ様、怖スギ」

「虫見ルト、オカシクナッチャウカラ……」


 一通り退治が終わった所で周りを見ると、皆が汗だくになって肩で息をしながらこちらを見ている。


「あれ? 皆どうしたの? あれ!? いつの間に木を切ったの!? あれっ!? この辺り水でびしゃびしゃじゃないの! 一体何があったの!」

「アリヤ殿やペイトン殿達が以前からホリ様に虫を見せたくない理由がわかった気がします……」

「ホリ様、これからは森に行く時は私も細心の注意を払いますね……」

「キョウキノサタ……」


 一段落ついて黒ずんでしまった地面と、まさに虫の息となった敵。

 周りには大急ぎでへし折るように切り倒してしまった木に、切られずに残された木々はよく見れば水が滴っている。


 最後に穴を掘って残された虫の残骸を放り込み、埋めてこの場は終了!


「いやあ纏めて退治できて気持ちが楽になったよ! これで少しはうちの拠点に来るヤツラも減るよね! ねっ!?」

「え、ええ……。そうだといいですね、というかそうであって欲しいです……」

「こんな事がもしあの山で起きたら……」


 どうした事だろう? 夢中になってやっていたが、退治を終えてから周りの視線が痛い。よくはわからないが、その後も訪れる先に現れる天敵の姿が少しでもちらつくと、俺は構わず目を潰されるようになってしまった。

 ミノタウロスの女性に目を覆われていると幸せな感触が頭を襲うので是非続けて欲しいところなのだが、現れるGの処理速度が速い事速い事。そうして作業を続けていたが最後の場所というのが少し問題があるようだ。


「あー、それなら最後の場所は川上の方にあるのか」

「はい、この川の上流に大きな死体が五つ、そしてその死体の周りにはレイスの姿が見えた気がしました。時間も時間ですし、気をつけて下さい!」


 ハーピーが俺達にそう注意を喚起して再び空へ戻っていった。

 彼女の言う通り、時間の猶予はあまりない。

 出来れば後日、とは思うけど死体の処理は出来る限り早くしておいた方がいいだろうし、川上にあるという事で水から伝わってどんな悪影響が出るかもわからない。


 早ければそれにこした事はないという意見で纏まった俺達は今、目的地に向かって川の横の切り立った断崖のような細道を歩いているのだがこの道がかなり怖い。

 森の中だった筈なのに、進めば進む程に目的地までの道には雑草一つない切り立った剥き出しの岩の道が続いていて、山を登っているような感覚に陥る。


 道自体はでこぼことしているだけで横幅もあり、歩きにくいという事はないのだが問題がこの道のすぐ横。


 足を滑らせて横に転げ落ちよう物ならすぐに川、それも勢いのあるうねうねとした川なので落ちたら無事では済まないというか、ほぼ死ぬんじゃないのかなこれ……。

 更に切り崩したように傾斜のきつい壁面なので、川から這い上がり登る事も難しいだろう。


「失敗したかな、俺達のチームにリザードマンはいないからもし川の中に死体が有ったら手の出しようがないし……。何しろこの川、流れ早いよね? 深そうだし」

「ええ、泳げない者は落ちたら少し危なそうですね。私も泳げないので注意せねば……」


 ペイトンと二人で最後尾を歩いていると、先頭のゴブリン達が大きな声で騒いでいる。何かを見つけたようだ。


 彼らが騒いでいる原因が見える場所まで来ると、巨大な恐らくオスのトロルの死体。墓標のようにナニを立てているその死体の周りには動物やモンスターの死骸が多数転がっていて、ある種の地獄絵図。


 発生源はあれだろうと一目でわかる悪臭でやられている者が頭や鼻、喉を押さえて咳き込んだりしていて、その臭いを中心にぶんぶんと嫌な羽音を立てて虫もびっしりと張り付いている。


「最後の最後にとんでもないのが出たなぁ……。皆、体調が大丈夫な者はまず穴を掘ろうか! 体調が悪い人はすぐこの場を離れて一旦息を整えてくるんだ!」


 ふらふらとした足取りのまま他人に肩を借りて離れていく者達、魔道具のおかげで俺は然程影響を受けていない、多分顔を覆っている布を外したりこの魔道具の効果が切れたら俺も彼らと同じ様になるだろうなぁ。


「オーク達もミノタウロス達も体調的にダメそうだ、それに彼らに手を貸しているからオーガ達もいないし、これは気合を入れないと終わらんぞ……」

「ホリ様、僕達ガイマスヨ!」

「ヤッタリマショウ!」


 ゴブリン達三人に元気を貰い、円陣を組んで気合を入れた後に作業を始めた。臭いの発生源の近くで作業をしていると、呼吸は楽なのだがとにかく目が痛い。悪臭で目がやられて涙がボロボロと出てきてしまう。


 更に途中から虫除けの鈴の効果も鳴りを潜めさせるように虫が集っている為、火を焚いて作業を続けた事でもう俺とゴブリン達は顔中ぐちゃぐちゃ。


 まさに劣悪、という場所で巨大な穴を掘った俺達はそのまま死体をロープで牽引して捥げるのを見るのも嫌なので、鉱石を伸ばした板でブルドーザーのように地面を削りながら四人で力を合わせてトロルの死体を穴に放り込んだ。

 時間もそれ程経っていない筈、頑張った三人と抱き合うように喜び合い後はこの穴に死体を入れて燃やして埋めるだけ!


 そして、そのトロルに殺されたのかはわからないが周りで死んでいる動物や、モンスターもまとめて穴の中に入れようとした時にシーがトロルの死体が入った穴の中を覗きこんで、首を傾げている。


「どうしたのシー? 何かあった?」


 ぼろぼろと泣きながら死体を穴に入れていくアリヤとベル、「臭い」と連呼をして泣きながら続けているが着々と作業は終了へ向かっている。


 そんな折にシーが気付いた違和感。それはむしろどうしてその可能性を失念していたのかと自分を殴りたくなる程に衝撃的な物で。

 彼が指差した先、それはそのトロルが何故ここで死んでいるのかという疑問に答えるような物だった。


 トロルの体についた土や泥、他にも様々な汚れでちゃんとは見えないがそれは確かな傷跡といえる物。大きな穿たれた痕が背中全体に点在していて、十や二十では利かない程の刺突痕だった。

 そしてよく見れば後頭部にも大きな穴が、あれが致命傷になったのは言うまでもないだろう。


「あのトロル、誰かに殺されたって事だよね……? もしかしてさ、シー?」


 隣で首を傾げているゴブリンと視線を交わしてあまり考えたくはない事をつい口にしてしまう。

「俺達って今かなり……、ヤバいんじゃないの? こいつを殺した奴がもしかしたらこの辺にいるって事じゃ――」


 言葉の途中で鉄の擦れる音がした、鞘から剣が抜き放たれた音だ! 

 足音もさせずにどこからか攻撃された!? と周りを確認してみても、夕暮れから夜が始まろうという時間の薄暗さで周りは確認できない。

 だがじりじりとアリヤとベルが武器を構えながら俺とシーの元までやってくると、澄んだ声が川とは反対側の方から響いてきた。


「お前達は何者だ」


 声はすれども姿は見えず。

 それ程身を隠せる場所が有る訳でもない岩だらけの空間。それでも相手を見つける事が出来ないとなると、いきなり攻撃されてもおかしくないな。


 ゴブリン達も俺も少しだけ考える時間を要していた事で沈黙が生まれ、次に響いてきたのは声ではなくて、音。

 甲高い金属音が響いた後にへし折れた矢の矢羽根の部分が足元に転がっている。どうやら飛んできた矢をアリヤが叩き落としてくれたようだ。


 そしてその矢の軌道から相手のいる位置を予想付けたシーが弩の弦を引いた。このままでは交戦する事になってしまう、相手の情報が一切ないのにそれはまずい。それにここでは土地勘も皆無だから逃げようにも逃げられない。


 今はいないペイトン達が戻って来るまで、とりあえず何とか時間を稼ぐとしよう。シーの肩に手を置いて止めるように視線を送ると彼は深く頷いてから弩の頭を下へ向けた。

「えーっとすみません。我々はこの近くに住んでいる者なんですがね、この辺りが臭くて堪らなかったので死体の処理をしてるんです。こちらから危害を加える事はってうわっ!」


 一歩前に出た瞬間に足元に数本の矢が刺さる。危ないな、ちょっとちびりそうになったぞ! アリヤが服を引っ張らなかったら確実に漏らしていたその攻撃にタマヒュンが止まらない。


「動くな」


 何が狙いなのかはわからないが、相手はとにかくこちらが何かを言う度に威嚇のような矢の攻撃を続けてくる。


 当てる気があるのかないのか。

 正確に足元を撃ち抜き続ける矢と、たまに突拍子もない場所へ飛んでくる矢に流石のゴブリン達も対処に困っていた。


 じりじりと、一歩ずつ後ろへ後ろへと俺達は追い込まれていく。

 来た時に通った断崖のような場所まで追い込まれた時に俺達はとうとう突然沸いた敵によって囲まれてしまった。


 その姿、一言で表すならばエロい。

 緑のシャツの裾を結びへそ出し! と最初は目が惹かれたが、それよりも特徴的なのは出てきた相手の下半身。その下半身の部分だけで俺やゴブリン達の身の丈の数倍は長い、流れるようなフォルムがうねうねと地面を這い音も無くこちらへやってきた彼女達。


「ラミアやないかい……!」


 また詰んでるパターンかよぉッ!!

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