第109話 民族の唄

 宴会の勢いそのままに限界まで騒ぎ、様々な要因によって過去最多人数がトレントの並木道に寝転んで朝を迎えると、スライム君やあまりお酒を飲まない料理班などのメンバーが朝食の支度を終えて皆を起こしている。


 今日の朝食はお魚を使ったアラ汁のようなスープを中心に二日酔いに優しい食事が作られていたが、お酒が残っている様子の者もそれ程見えず。

 魔王やツマ、ムスメ達と賑やかな食事を終えると彼らは帰り支度を始めていく。


 いつも彼らが使っているあのコテージ、俺に一つくれないかな……。隠れ家的な意味合いで欲しい!


「それではホリ殿、今回も楽しませて貰いましたぞ。私はまた執務によって暫く来る事が出来なくなりそうですが、ツマやムスメは頻繁に顔を出すかもしれません。その際はお手数ですがどうぞヨロシク!」

「ええ、今回もご足労頂いてありがとうございました。あれほど様々な物を貰えましたので、また忙しくなりそうですよ」


 闘技大会の打ち上げ宴会の影響、というか二日酔いの影響が残っているのは意気投合をしたヒツジィとオレグ、イダルゴの三名が特に酷く、三名共最初はひそひそと職場や上司への人間関係の不満を零し合っていたのだが、途中から盛り上がりすぎてついつい飲みすぎてしまったようだ。

 中間管理職の辛さは異世界も変わりないという事がよくわかった。


 そんな彼らは今固い握手と共に互いのこれからの健闘を誓いあっている。独特の友情が生まれてよかったよかった……のかな?


 ツマもツルノー・ンガエシの使い方を最後に拠点の住人に説明しながら簡易的にまとめている。そういえば紙も欲しいな、コスッティ的な柔らかい物からそれこそメモ帳のような物まであって困る物じゃない。

 紙……、木や草か? そんなおいそれと作る事が出来るものじゃないか。


 魔王に頼んで武闘大会の時にトーナメント表で使ったホワイトボード的な奴は貰っておいたけど、使うのが殆ど俺以外の人達だから文字読めないし……。


「ツマ、ムスメ、名残惜しいだろうがそろそろいくとしよう。我らが帰らんと皆身動きが取れないだろう。よいな?」

「ええ、そうね。ムスメちゃん行くわよ?」

「ハーイッ! オマエラ、またなー!」


 彼ら四人は一通り挨拶を終えて魔法により、姿を消した。

 ふう、という音が表すようにこの場にいる全員が一息つき、張り詰めていた何かを緩めてその場に座り込んだりトレント達の根元で腰を下ろしたりとしている。


「皆、お疲れ様。彼らのおかげもあって気分転換は出来たかな?」

「ああ、ホリの作り出したゲームも面白かったぞ。さて、とこれからどうしようか?」

「あ、ウォックさん! 毛皮! 毛皮が大量に欲しいです!」


 ペトラやパメラ、他にも数名の女性達が興奮するように俺やアナスタシアに詰め寄ってきた。ちらちらとツマから頂いた品を見ている彼女達の考えは分かっている、出来るなら俺も早い段階で狩猟を行って大量の布が欲しい。


 アナスタシアは口元に手を当てて少し考えを纏めるようにしていたが、難しいのだろうか? こういう時はむしろノリノリで「全員突撃!」とか言い出しそうなのに。


「うむ、出来る事なら私もそうしたいのだがな」

「何か問題でもあるの?」


 問題はあるのだろう、俺の問いに眉根を寄せながら少し険しい表情で頷いた彼女がトレントの並木道で休んでいる者達を一瞥して口を開いた。

「昨日の今日だ、ああも緩んだ精神状態で森へ行けばミスを犯す事もある、弛んだ気持ちが細かな注意点を見逃す事もあるだろう。それにな……」


 彼女はぐっと顔をしかめるように力を入れて、天を仰いで一つ大きく息を吐いた。

「今……、森は臭い」

「あー……」


 そうだった、トロルの影響であちこちに腐乱死体のような状態で動物やモンスターが大量に死んでいるのだった……。どうした物かな? そのままにしておいて病気のような物が蔓延しても困る。

「狩猟を行うくらいならまずその死体をどうにかしないと、か。どれだけの規模なのかな?」

「比較的範囲は狭い。だが、ウタノハに確認をさせたが屍を喰らうモンスターや死霊の類がかなり沸いているのが問題でな。いくとしても今日は止めておいた方がいい、闘技大会での心労も癒させてやりたいしな。だから今日の狩猟は無しにしようとは考えていた」


「その分訓練は増やすがな」と最後に彼女が付け足した一言により、休んでいた者達が頭を抱えている。彼らのその様子に軽く笑って彼女がこちらを見てきたので、それならば別の事を提案しよう。


「俺としては、今回王妃様とムスメさんが持ってきてくれた物を活かせる物を作りたいんだよね。あれ、相当な品々でしょ? すぐ使えるようにしておいて損はないと思うし」

「ホリ様、何を作られるのですか?」


 ウタノハの出してきた疑問に答える前に少し皆に聞きたい事がある、それ如何で作りたい物が変わってくるし……。

「候補はいくつかあるんだけど、どれから作るかは皆次第だよ。ところで皆、ムスメさんの持ってきた楽器を弾けるっていう人はどれだけいるのかな? はい、挙手!」


 手を挙げるように促して聞いてみたところ、想像していた以上にいる。

 目の前にいるウタノハは何となくわかるが、その横に並ぶように立っているアナスタシアも少し顔を紅潮させて小さく手を挙げているのは少し意外だが、もしかしたら一般的な嗜みの一つなのかな?


「割といるんだね? よし、それならまずはそっちから始めていくかな? 皆が楽器を演奏しているところを見てみたいし! 期待していいよね!」

「……!? 手を挙げた者、全員集合ッ!!」


 俺の放った一言に、手を挙げていた者達がぴしりと表情を固めているがどうしたのだろう? くるりと振り返ったアナスタシアがウタノハと共に楽器を演奏できるという人間達を集めて何か話をし始めたが……。


「まぁ、いいか。よし! それじゃあ場所は……、居住区のところでいいかな。皆の生活している場所からは少し離しておこう、音の問題で揉めたくないし」

「ホリ様? 一体何を作られるのでしょうか? いくつか候補があると仰っておりましたが……」


 俺やペイトンを始めとする楽器が弾けない者達が俺の周りに集まり、それ以外の者達はアナスタシアを中心に議論のような事をしている。彼女達は放っておこう、何やら追い詰められた表情をして話し合いをしているし……。


「作りたい物はね、娯楽室と言えばいいかな? 皆があんなに色々なゲームに熱中するなら、音楽が楽しめてゲームも楽しめる憩いの場所があればいいかなって。それに楽器もどこか室内に、一箇所に纏めておいた方が何かといいでしょ」

「なるほど……。その娯楽室以外にはどういった物をお考えなのですか?」


 ペイトンに作り上げたい物の草案を話すと、その内容を聞いて周囲が少し沸き立つ中で続けてプルネスが聞いてきたので、わかりやすく先程ツマが熱心に説明していた機織り機を指差した。


「アレ、結構大きいじゃない? 誰かの家とかに置くのは大きさ的に厳しいと思うんだ。だから、あの機織り機専用の家があると色々と捗ると思うんだよね。どうかな?」

「確かに、あれほどの物を宿舎に置いておくというのは難しいですね。それに何かの折に接触して壊してしまう事も無いとは言えませんし。念には念を入れて大事にしなければ魔王様達に顔向けできません」


 俺とプルネスの言葉に全員が頷いている、同意してくれていると見ていいだろう。プルネスの言葉の通り、優先度はどちらも高いがこの分なら機織り機の方を急いだ方がいいな。

「後はパメラを中心にあの機織り機の試運転をしてもらって慣れておいて貰おうか。場所は……、ペイトンの家かミノタウロスの宿舎かな? 広さ的に」

「わかりました。それでは一足先に家に戻り、広間の整理をして場所を作っておきます。パメラにも声をかけてきますね」


 ペイトンに収納鞄を渡し、パメラと二人で拠点の内部へと歩いていったのを見送り、アナスタシア達が議論をしているところへ行くとどの子達も頭を抱えている。


「大丈夫? どうしたのそんなになって。お酒が残ってる?」

「い、いえ。大丈夫です、ホリ様はどうされましたか?」


 ウタノハの侍女の一人が手を合わせて呟く様に祈りを捧げていたので声をかけてみたが、顔面蒼白と言った様子で一見すると大丈夫そうには見えない。

 それでも大丈夫と連呼する彼女の横にいる侍女のオーガも、赤い肌が白くなっているような……。


 首を傾げてしまうような彼女達の状態だったが、それは他の種族も同じ。


「アナスタシア、大丈夫? 皆が何か思い詰めた表情……? みたいになっているけど。俺何か変な事を言っちゃったかな?」

「うむ? まぁ……、な。まぁそれはいいとして、どうしたんだ? 話は纏まったのだろうか?」


 彼女やその周りにいる人達に二つの案を提示してみたところ、是非機織り機の方を先に準備しようと食い気味に言い放たれた。

「現状、娯楽施設はそこまで早急に必要な物でもないだろう。明日には森へ行くのだし、まず大事なのは布だ! 絶対そうだ! だろうお前達!」

「そうです! 布は大事ですよホリ様!」

「ウォックさんの言う通りですよ!!」


 何だろうか、この勢いは……。彼女達の剣幕に圧倒されてしまったので、まずは拠点の内部に機織り小屋を作る事となった。

 楽器を弾ける者達はそのまま会議を続けるようだし、小屋の作製は自由参加としておいた。手伝いを買って出てくれた人達にお礼を言って移動を始めると、彼らは耳が良いから場所に迷うところだな。


「場所は……、これも皆の住居から少し離しておいた方がいいかな? 出来た布は一度洗ってから使いたいところだし、噴水付近にしようかな……」

「それにホリ様、少し思ったのですが……」


 一匹のオークが隣へ並び歩きながら声をかけてきた。

「あの機織り機の様子では、それなりの量が見込めるでしょう。どうでしょうか、布を保管する専用の小屋も何処かに設置しておくというのは? 食料と同じ場所に布を保管をしておくと匂いがうつりそうですし」

「おお、その案頂き。とてもいい案だね! 他に思いついた事はない?」


 各種族ならではの目の付け所や助言に多少盛り上がり、目的の場所を決めている内にペイトンとも合流をして早速布工場の工事に着工した。


 こうして小屋、規模的には最早家のような物を作っていると人が増えてきた事による副次的な効果として、建築に明るい人材も比例するように増えてきた。

 最初は何故かパメラが監督していた工事も今は様々な種族の手練れ達が不慣れな者へ教えようとしてくれているので助かる事も多い。


 工事自体は元々サイズが用意してある鉱石部材を使い、俺は途中から鞄より出した鉱石素材を彼らの欲しい形を作り出す作業、そしてついでなので他にも必要な物を削り出したり作り上げたりと別の作業をさせて貰い、要所要所で呼ばれれば手伝うという形を取っておいた。


 建物の基礎となる部分や壁面を作り上げた際に、どの種族でも入れるように出入口は大き目に、中の空間もある程度確保をという事になっていたので気付けば想像していたよりも大分大きい物になってしまった。


 昼食を食べながらの話し合いでは、建物の屋根はこの家屋の大きさだから傾斜をつけるのに時間を取られるという事だったので、とりあえず雨水が入らないようにとつけた平面的な物に仕上がり、夕方にはキューブ型の家が出来た。


 途中から追加で人数が増えたおかげもあり、とんとん拍子に建造行程が進んで行くのは楽しい。

 最後に俺が屋根や壁面をハンマーで叩いて仕上げたところで、中に入ってみると光が一切入ってこない為暗い。日も傾き、ただでさえ薄暗い状態ではあるがそれでもこの暗さは問題があるので、そこから壁面をくり抜き明るさを確保する為の大き目の窓をいくつか設置したのだが……。


「丸見え……ですね」

「丸見え……だね」


 哀れ、俺のセンス。

 確かに光を確保して、夕方でも中に陽が差し込むようにはできた。だがある方向からは作業をする場所がほぼ丸見えになるような造りをしてしまい、更には窓が大きすぎて日中は直接照らされて却って暑いくらいなのでは? という意見も頂いた。


 うーん、何かを使って影を作るか……。鉱石を使うと真っ暗に逆戻りだからそれ以外で使える物……。

「おお、そうだ。ペイトン、使える藁ってまだあるかな?」

「ええ、皆大事に使っていますからまだまだ量はありますよ。使われますか?」


 拠点の皆には申し訳ないが、藁を使わせてもらおう。

 今日の工事はここまでとして、解散をした後にペイトンと藁の在庫を確認をしに彼の家の近くの保管庫にやってくる。


 小麦やその他の食料、中身の入っている酒樽、空の樽、干し肉や魚の干物など、独特な匂いのするだだっ広い空間の一区画に山と積まれている藁。

 本来、藁の保管場所は別にあったのだがそこに入りきらずにこちらに一時的に置いてあるのがまだ残っているとは。

 先程ペイトンが言った通り、皆が大事に使っている証拠だろう。


「ここにある分、全部貰っていいかな? どれだけ使うか自分でもちょっとわからないんだよね」

「いいと思いますよ。それにしてもホリ様、何を作られるんです?」

「フフフー、内緒ッ! さてと、ラヴィーニアに手伝ってもらおーっと」 


 この時間なら起きている筈だ、朝魔王達が帰ってからフラフラとしながら巣に戻っていってたし。

 アラクネの巣に向かう為、ペイトンと別れる際に「武器の件、頼みましたよ!?」と釘を刺された。すっかり忘れていた事は胸にしまっておくとして、まずはこちらを優先しておこう。


「あー、どうしようかな。あの巣にいく度に魔道具使うのも勿体ないし……。まぁいいか。お邪魔しまーす」


 こうしてうだうだとしている間にも日はゆっくりとしたペースで沈んでいる。決心をつけてから巣穴の入り口まで登り、中へ入ると何かの音が聞こえるような……。


「何だろう、反響しててわからないけど多分こっちの方から……」

 四次元迷路の真っ只中で、音だけを頼りにして進んでいくのってまずいんじゃないか? と既に迷路の中へ入り込んだ後に思いつく辺り、自分の呑気さと間抜けさに頭が痛くなったがそれでも足を止める事はしなかった。


 反響する音が洞窟に入った時はかなりぼやけて何の音かは分からないでいたのだが、ここまで来ると割としっかりとした音として聞き取れる。

 この先に何が、という好奇心が自分の不甲斐なさによる頭の痛みを消してくれたので、歩みを早めて先を急いでみる。


 ここまでやってくると何が起きているのかは大体分かる、目の前には灯りが漏れている場所。そこから耳に心地よい音が聞こえてきている。

 静かにその漏れている灯りの中を覗きこんでみると、アラクネの三名が楽器を演奏して楽しんでいる様子。

い、意外だ……、まさかレリーアまで演奏しているとは……。姉のドレスに顔を埋めて涎まみれにする以外の特技があったのか。


 ラヴィーニアはハープのような竪琴を、レリーアとトレニィアはヴァイオリンのような弦楽器を、三人は戯れるようにセッションをしているようだ。


 だが出入口の横の壁に隠れて中から流れてくる楽し気な旋律に癒されていると、突如として音が一つ止まり、それに倣うように他の音も聞こえなくなると今度は別の物が響いてきた。


「フフ、ノゾキは高くつくわよォ?」


 流石にバレてしまったようで中から声をかけられてしまった。姿は見られていない筈なのに……。


「姉様、殺しますか? 半分だけ殺しますか?」

「物騒すぎるだろ、何だよその選択肢! ごめんね、つい聞き惚れちゃって声掛けそびれちゃったよ」


 わざわざ聞こえるように舌打ちをしてくるシスコンは放っておくとして……。

「凄いね、三人共楽器が弾けるんだ? 凄く上手だったし、聞き惚れちゃったよ」

「私達は……、糸や弦を使った楽器は少しなら出来る……。お姉様に教えて貰ったから……」


 大事に楽器をしまっている長女の方を見ると、こちらの視線に気づいて不敵に笑っている。そしてその隣のシスコンが今度は胸を反り返る程に張って自信満々に口を開いた。


「本気になった我々はもっと美麗な旋律を奏でられるぞ! まぁ貴様には聞かせてやらんがな!」

「そっか、それは残念。でもそんなにウマイなら三人とも、今度作る遊戯室で披露してもらおうかな? よし、決定!」

「えェっ?」

「えっ……?」


 彼女達に今日の朝色々と取り決めた事を説明すると、今朝見た映像がここでも見られた。ラヴィーニア以外の二人は呆然と口を開けているし、説明をしても反応が余り返ってこないので少し不安になってしまったが。


「ふゥん……、そんな事になっていたのねェ。そういえばホリはァ、なんでここに来たのかしらァ? 何か用があったんじゃないのォ?」

「ああ、そうそう。ラヴィーニアに協力して欲しい事があってさ、助けて貰えないかな?」


 今建てている建物の事と、その建物の状況と俺が作りたい物を簡単に説明すると、彼女は快く応じてくれた。そして、彼女の妙技が成せる技だろうか? 欲しかった物があっという間に一つ出来上がるとこちらに手渡して確認を取ってきた。


「こんな感じでどうかしらァ? 大きさが問題ならァ、これと同じ物を何個か明日の朝までに作っておくわよォ」

「ホントに? 助かるよ。同じ物がそうだな……。四つか五つあれば十分だと思うんだ、頼んでもいいかい?」


 甘い物で手を打ってきた彼女と、呆然としているレリーアとトレニィアと別れて帰り道が分からないのでラヴィーニアに巣穴の出口までついてきてもらった。


「そういえば、他の皆にもあの二人と同じような反応をされたんだよね。どうしてかラヴィーニアはわかる?」

「それはそうよォ、大勢の前で演奏なんて経験誰にでもある訳じゃないしィ。それに……、誰だってェ特定の奴にいい格好見せたいじゃないのォ」


 なるほど、そういう物なのだろうか。

 そういえばシーやゼルシュ、レイにイダルゴもアナスタシア達の輪に加わっていたが、種族によって使う楽器が違うという事はないのかな。


 ケンタウロスやミノタウロスと違ってゴブリンやリザードマンは指の先が鋭いし、オークに至っては指先までもふもふだしなぁ。


「そっか……、期待してる! なんて気軽に言うべきじゃかったかな……? この世界の音楽っていうのも聞いてみたかったんだけど」

「この世界ィ? まぁそうねェ……、ちょっと後でアナスタシアのところへ行って様子見ておいてあげるわァ。その分お菓子増量ねェ」

 

 軽口を叩き合いながらそのまま彼女と別れ、洞穴へと向かっている最中。

 夜の闇に覆われた拠点のあちこち、というより種族の宿舎から音楽が鳴り響いていたり、宿舎の外で種族毎に練習していたり……。

 これはこれで面白い光景だ、と見て回りながら歩き、拠点内と外を繋ぐトンネル近くに差し掛かったところに人だかりが出来ている。

 どうかしたのだろうか? と近付いてみると集まっているのはリザードマンを中心とした面々。彼らの輪の中心から流れてくる歌が薄暗い空間に響き渡ってきた。


 先程のアラクネ達の物が楽しげな旋律だったとするならば、こちらは力強い律動。そして偶に聞こえてくる独特な歌声がまた味があり、ついしみじみと聞き入ってしまった。周囲に集まっているリザードマンを始め、色々な種族がその音色を楽しんでいるが一体誰がこんな……。


「おお、ホリ。どうしたんだ? こんな時間にうろついているなんて」

「ぜ、ゼルシュ……!? 今の演奏ゼルシュがやってたの……?!」


 トンネル横にあった腰掛けられる岩に座り、楽器を携えているゼルシュが演奏を終えて俺に声をかけてきた。嘘だろ……? ポンコツキャラじゃなかったのかゼルシュ!


「そ、そんな……、あの染み入るような音楽をこんなのが生み出していたなんて……! 世の中絶対おかしいよ!!」

「何かはわからないが、とりあえず失礼な事を言われているのはわかった。この楽器は以前にオババに習ってな、俺達に伝わる古い唄ならいくつかできるぞ? 聴いていくか?」


 悔しい、でも……。

「聴いちゃう!!」


 それからしばらく続いた彼のリサイタルは正直とてもよかったのだが素直に認めるのは何故か負けた気がしてしまうので、とりあえず「鱗の艶が気に食わない」とだけ言い放って逃げてきてやった。

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