生活の質を上げよう

第93話 快適な睡眠のために

 お偉い精霊がファザコンだったという事実を知ったあの日からまた暫くの間、俺や拠点の住人達は追われるように働き始めた。ワラを大量に欲しいという話をポッドやドーリーといった本職? の方々に聞いてみたところ、可能だが麦は地力を奪うので数度栽培を促進させると、一定期間そこで何かを栽培する事が難しくなってしまうとのことだった。

 更にこの辺りには地力を回復させるような植物、虫などの生き物が少ないので、その時間も他の土地よりかかるかもしれないと。


「やるなら回数は最低限度にして、その後もポッドやトレント達、ドーリーに聞いて土自体を少し管理していかないといけないって事だよね」

「そうじゃのう。ワシらはそのワラの使い心地を知る由もないが、必要というならやっておいてもいいかもしれん。まぁ、この辺は元々土には恵まれておるからそこまで気にせんでもいい。ただどれほど促進させたとしても出来て二回、それ以上は絶対にしてはいかんよ」


 土壌改善に奮闘している住人達やトレント達、そしてソマの実を使ったりして栽培に適した環境を目指してきたが、今回はそれとは別だしな。

 広範囲に渡って一度だけ、そしてその後のケアも気を付けてやっていくか。丁度良く人数も増えたし、これからは食事で出たゴミとか色々な物を発酵させて肥料にしていってみよう。骨は大分前から粉状にしてツボに入れて保管もしてある事だし、家畜を飼えればまた違うんだろうなぁ。


「多分やる事になるとは思うんだけど、一度だけにしておくよ。その分範囲を広くやってみるから、ポッド達は少し大変かもしれない。頼んだよ」

「ファッファ、子供が大人の心配なんてするんじゃないぞい。ホイホイ、任されたよ。トレントの本気、見せたるわい」


 それにしても、地力という物を忘れていたな。もし拠点内に農業地作っても、大きな一つの農地ではなくて幾つかに分けておいた方が良さそうだ。どちらにしても広大な範囲が必要だからやる事は変わらない訳だけど。それに、麦を栽培するのではなくてソマの実を栽培するとなれば地力を殆ど使わないって以前に言っていたし、そうなれば肥料に魔石を使えばいいだけだ。環境に優しい食べ物ってステキ。


 ポッドと別れ、ペイトンやアナスタシア、レイ、ワラを欲しがっている種族達の代表と他にも数名が洞穴前で顔を揃えている。


「ホリ様、スライム殿に選んでもらった麦は栽培可能な物でした。私の持っている分と合わせても、ご覧の通りかなりの量が確保できましたよ」

「あと必要な物は土地だな、今ペイトン達が見ているソマの実農地の近くではしない方がいいだろう。だがそうなると、大規模に土を耕さねばならない」


 ペイトンがずしりと重さが見て取れる袋を軽く叩いて頷いている。この量を撒くってだけでも大仕事だな……。それを見てアナスタシアも頷いているが、彼女の言う通り場所が問題だ。


「ペイトン達がやってる場所から離して、という事になると排水路のある方の場所を中心にしようか? ポッドは二回やったら様子見って言ってたけど、広範囲に一度だけやって、その後は暫く時間を置こうと思うんだ。どうかな皆?」


 視線を向けた先々、どの者達も頷いて返してくれたので反対意見もないようだ。それだと今度は道具だな……。


 ちゃんとした道具があるかないか、作業の時間がはっきり違うからなぁ。俺のように手入れもいらない、壊れない道具を持っている人なんている筈もない。鉱石でちょっとやってみるとして、フォニアに意見を聞きながらやった方が失敗も少ないだろうな。


「ありがとう皆。よし、それじゃあ始める時期は準備が出来次第という事で。ペイトン達が使っている道具とは別にこちらで少し数を用意するから、狩猟班というか森や川へ行ってる人達に頑張って獲物を獲ってもらって食べ物を保存しておこう。そうすれば土地を耕す時に人数もかけやすいでしょ」

「わかった、スライムが新しい魚の保存料理を見つけたようだからな。今リザードマン達がそちらの為に尽力している、それも考えれば二、三日分の食材があればいいだろう」


 スライム君の見つけ出した保存料理は燻製の、温燻と言われる物に近いやり方だった。どうやら俺がいない期間に仕上げた物を数名が食べたようだが、リザードマン以外でも体調を崩した者もいないので使えるみたいだ。俺はまだそれを食べていない、周りの者達から止められたからだが、機会がある時に頂こう。何せ美味しそうなだけにちょっとだけ悔しい。


 麦を生み出す為に行動を開始した俺達、とは言ってもまずは狩猟班が保存食を貯蓄、俺とフォニアによる道具の製作が結果を出さないと次の段階まではいけない。


 ペイトンや他にも数名は農地がどれだけの規模になるかを種籾の量から逆算して考え、開墾予定地に柵を作って目印を作っていたり、他にもアラクネ達にも数点頼み事をしておいたり、それをサポートするためにオーガが数人と配置されているが、それ以外の人員は普段と変わらないので、プランターを見てもらったり狩猟に参加したりと思い思いに行動してもらっている。


 話をする為に今回初めてフォニアの工房にやってきたのだが、流石は出来るマッチョであるパッサンの作品。その完成度の高さに息を漏らしてしまうほどだった。立派な建物の中には形が違う大きな炉が二つ、そしてよく見ると小さな窯が外に一つ。中の二つは鉄を溶かす時に使う物なのだろうが、外のは何だろう……? あとやはりこうして下から見ると、聳え立つ二本の高い柱の存在感が凄いな。


 よくあんなの建てれるな……。


「フォニア、あれは何なの?」

 俺が指差した外にある中の物より小規模な窯を見ているフォニア、彼女の片目には俺が先日グスタールに行った時に購入してプレゼントした花の刺繍が入った布を目に巻き付けている。色や刺繍の形が違う物を数枚渡したので、今日は赤い布地に白い花の刺繍をしているが、その日の気分で変えているようだ。


「あれ? んー、本来の目的はわかんない。でも炭を作るのに今使ってるよ! リザードマン達の防具は父さんのところから借りてきた炭で何とかしたしねー」


 現状で鉄をどうにか出来るのは彼女だけ。炉を作った日には既に彼女は一人で炭作りを始めていたらしい、なので後は温度が下がれば使えるようになるのだとか。そして彼女から炭作りで出た液体も農業で使うといいよと教わり、使い方も聞いておいた。


 ありがたいな、ポッドとドーリーに一応確かめてから使う事として本題である道具製作について話を始めた。話をしながら、しゃりしゃりとくすねてきたのであろう果物を齧っている彼女、炭といい果物といい手癖の悪さに苦笑して眺めていると、首を傾げてこちらへ差し出してきた。


「食べる? まぁ、道具作るって言ってもどうしてもさー、私一人だからね。数を一度に用意しろっていうのは、んー……難しいかなぁ」

「いや、いいよ。そうだよねえ。こっちも普通のクワとかスコップくらいしか多分作れないし、時間がかかると思うんだよ」


 俺が作れそうな物はこちらで作るので、フォーク状になっている鍬や鎌、ツルハシなどの道具を中心に彼女に頼み込んでおいたが、それでも俺達が頭を悩ませたのは量。単純な農耕道具なら俺でも作れるが、それ以外は彼女頼りになってしまう。


 これからもずっとそれは大変だろうという事で、各種族に彼女への弟子入りを募集してみたところミノタウロスからイダルゴと他にも男性が一人と女性が二名の計四名、オークから二名が名乗りを上げた。

 そして彼女が頑張って作ってくれた炭を使ってしまう事になってしまうが、これから先も使う事になる道具の数々なので仕方がない。


 今まで土を掘り返す際に使っていた物は手先の器用な者達が木を使って作り上げた物、やはり鉄と木とでは使い勝手も変わるだろう。

 ただそれでも参考になるので過去に使っていた道具を鉱石で真似をして作ってみたり、改善点を聞きながら時間が許す限りで道具製作を始めていった。


 こちらが鉱石を使った点以外は普通のスコップ、鍬などを準備しているとフォニア中心とした工房の者達も頑張ってくれたようで、様々な道具を用意してくれていた。こちらと違い、時間もかかる作業だというのにそれでもフォニアが気合を入れてくれたおかげで目を見張るほどのペースで道具が製作されていく。


「アッチー! もー、水風呂はいりたーい!」

「おつかれフォニア、他の皆も。少し休憩しようか?」


 数日後に様子を見ようと彼女達の工房へとやってきて、顔を覗かせただけでも凄まじい熱気に襲われる熱い工房の中で汗を輝かせている面々にそう声をかけると、工房の熱さに負けないほどに熱心にフォニアに教わった事を反復練習している彼らに今の作業が終わったらと言われた。邪魔をしないようにしよう。


「ホリさん、この前のアイスクリームみたいなのない? 暑くてまいっちゃうよー」

「うーん、そうだなぁ……。あっ、前にスライム君と試した物で良ければ用意できるよ。少しは涼しくなるかも?」

「ホントに!? やったー!」


 普段から軽装な彼女、今は眼福ですとしか言いようがない程に薄着。それ程の熱を帯びている空間にいるのだからわかるが火傷は大丈夫なのだろうか? 現代で言うところのホットパンツにキャミソールという守備力の低さ。うーん、彼女の種族独特な肌の黒さに健康的なエロスが最高。

 工房の中の女性のミノタウロスはフォニアより厚着をしているが、それでもツナギのような服装の大きく開いた胸元に手を合わせてついつい頭を下げてしまう程だった。


 彼女達の頑張りに少しでも何か返せればと、先日スライム君と二人で遊びのような感覚で作った物をお披露目しよう。

 魔王のツマより貰ったフルーツを細かくすりおろし、魔石の水を多少加えた物を準備しつつ、同じフルーツを同じ様にすりおろし、今度はザルとボウルを使ってしていく。


「ほ、ホリ様。それ私が練習で作った奴……!」

「うん、ありがたく使わせてもらってるよ。いい出来だね」


 練習で料理機材を作ってくれているミノタウロスの女性が満足そうに頷きながらも、改善点があれば、と聞いてきたのでいくつか要望を出しておいた。周りの者達も熱心に聞いていて、熱意の高さに感心してしまう。


 そうしてした物に多少調味料を入れて、味を確かめてみたが問題ないようなのでこれはこれで完成。事前にスライム君の味の調整の仕方を見ていてよかった。


 そして、肝となるのがここから。

 先程すりおろした果物に水を加えた物が入っているボウルの中に氷の魔石を入れ、とにかく魔力を送り込み続ける。そうすると氷の固まりが生まれると共に、氷の粒にならない部分がシャーベット状になり始めるので、少し大き目のカップに濾したジュース、氷の固まり、シャーベット状になった果物を順に入れて魔界産フローズンジュースのような物が完成。


 世にも不思議な作り方だが、先日一緒にこれを作ったスライム君はそれだけで留まらずここから更に進化させようと奮闘していた。探求心が凄すぎる。


 出来上がった物をまじまじと見つめるフォニア、カップの中の匂いを嗅いだり冷たさを確かめるようにしていたりと楽し気だ。

「うわぁ、飲み物……だよね?! 飲んでもいいかな?」

「うん、どうぞ。味も大丈夫だと思うよ」


 気付けば工房内の全員がいて、周りにやってきていた汗だくの彼らにそれを振舞うと喉も渇いていたのだろう、最初はゆっくりと確かめるように飲み込んでいたが、一度ごくりと喉を鳴らすとその後カップを一気に傾け、ぐびぐびと飲み始めた。


「あまり急いで飲むとお腹壊すからね、おかわりは?」

「ぷはぁっ! おかわりっ!」

「うまい! ホリ! おかわり!!」

「私もっ!!」

「私もお願いします!」


 四方から手が伸びて次を要求されたので、カップを受け取り次を作る。流石に二杯目は急いで飲むような事もなく味わいながら飲んでいる彼ら。これで少しは労う事が出来たかな?


「ハァー、おいしい! これご馳走してもらえるって話なら、この作業やってて役得かな? やる気出てきたー!」

「うむ、まだまだフォニア殿の腕には及ばないが、俺も頑張るぞホリ!」

「私も負けません、見ててくださいね!」


 フォニアが空になったカップをこちらに渡してから上機嫌に工房へと戻っていくと、イダルゴや他のミノタウロスやオーク達も気合を入れ直すように続いてカップを返してきて彼女に続き戻っていった。

 カップの中に入れた氷も美味しいのにな、と俺が呟いた言葉を聞いていたオークの女性が口の中にもごもごと氷を入れて工房内へ走っていく様は可愛らしい物だった。


 工房の彼らの頑張りもあって、ペイトン達農業班から望まれた物を十分に用意するまでに日数も余り掛からなかったが全て揃う頃になると食料も蓄えられていて、狩猟班の頑張りも素晴らしい物だった。


 準備も整い場所も決まった。範囲はとにかく広大にやろうという漠然とした物だったが、農業班の作った柵の内側全てが目標範囲。膨大な量だが、気合を入れる為に前日に英気を養う宴会を開いた。


 その際に、トレント達へ改めてレイ達始めとする新たにやってきた魔族の紹介をしておいたが、やはりポッドの人気は凄かった。


「そういえばさポッド、今回も頑張った人にポッドの実あげてほしいな?」

「んんっ? ホリ、お前のう……。よいか? あれは大変ありがたい物で……、いや、その薬草汁しまえ。わかったわい、まぁ今回も二個くらいならくれてやってもいいぞい」


 酒を飲み騒いでいた者達が、水を打ったように息を止めて周りを牽制するようにしながらこちらを見ている。ポッドはそれを気にも留めず話を続けているが、発言しておいて何だが俺としては怖い。


 やる気に満ち溢れた彼らが、その勢いを魔王の持ってきてくれる酒にぶつけると、次々に明日に備えてその場で眠りについていく。準備が早いな、風邪を引かないようにだけしておこう。果たして英気を養えているのか怪しいが、満足そうに眠っている彼らに期待しよう。


 開墾当日、二日酔いで体調の悪い者も居らず、いたとしても薬草汁をお見舞いするので問題はない。今回はペイトン達オークが主導になり、開墾の方法を教えている。ペイトンも人前で色々と披露するのも慣れてきているので、あちこちから質問が飛んできても淀みなく説明をしてくれる。


 以前にケンタウロスとミノタウロスでは農業のやり方が違うというのをアナスタシアに聞いていたので、ならばオークのやり方を中心にやればいいじゃないという俺の意見から、ここでの農業についてあれこれと言わないようにしようというアナスタシアとレイが両種族を纏めてくれているのにも感謝だ。


 もし何か問題があれば、全種族でまた話し合おうという形になっているので、何か揉め事があればすぐに伝わってくる筈だ。


 開墾予定地を挟んで二方向から、中心へと向かって耕し始めた俺達。反対側にはペイトンがリーダーに、こちら側には俺がリーダーという形で作業が進んでいく。

 アラクネ製のふるいを使い、石などを撤去しながらざくざくと快調に進んでいくが、それでもやはり広大な敷地を見てしまうと心が折れそうになる。

 ああ、ペイトンがあんなに遠い……。いやあれ違うオークか? 遠すぎてわからない。

 ツルハシを使って硬い土を解し、その後鍬を使って更に柔らかくしていき、最後にスコップでふるいにかけて出来上がった土を掘った場所へと順に戻していくこの作業。

いつも山でやっている作業と殆ど変わらない俺。どうしてこうなった……。いや、快適な睡眠のためには仕方ない。仕方ないのだと反芻するようにツルハシを振っていく。


 何もない荒野に見えるここも、こうして耕していると出るわ出るわ人の骨や何かの骨。こうした骨も土の肥料として使うので貯めてある。最初は悲鳴を出していたが、流石に回数を重ねると見慣れる。出てきた頭骨の土を払い、アリヤの頭に設置するくらいの余裕も生まれてきた。


 更にここから、普段掘削しかしていない者と、マルチに活躍している他種族との作業速度の違いが生まれ始めた。


 何せこちらはこと『掘る』という事に関してだけは誰よりも回数をこなしている。更にそれに拍車をかけるのが卑怯なアイテム、万能収納鞄である。これを用いた作業速度により、普段様々な事でお世話になっている彼らの数倍の速度で土を耕していく俺。

 ふるいをかけている場所へ行く度にどっさりと土を出すので、手の関係上ふるいをかけているハーピー達やウタノハが悲鳴をあげるようにしゃかしゃかとやる様が面白い。


 今日中に勝負がつけられそう、そう感じたのは昼食をスライム君が作り始めて、お昼休憩にしようと集まった時だ。各々の種族が魔法を使ったりして効率が上がり問題なく快調に作業が進んでいる結果だろう。


 風魔法が得意なケンタウロス、ミノタウロス、ハーピーの三種族が土を農地に戻す際に風の膜のような物で土を包んでまとめて戻すという革命的なやり方を編み出し、速度が飛躍的に向上したのが一番大きい。


 その発見をしたのはやはり鬼才ルゥシア。彼女は最初、土を空から撒こうよと連呼していたが、それはダメだと言うとこのようなやり方を即座に思いつき実践するあたり、彼女は優秀なのだろう。

 また頭をぐりんぐりんとこねくり回すように撫でて感謝をしておいたが、笑顔を零すように満足気な表情をしているルゥシアには申し訳ないが、彼女の頭が土だらけになってしまった。見れば全種族が土に塗れている、当然と言えば当然だが。


 体を動かせば腹も減る、生き物として当然の事だが嵐のような食事も終わり、食後の休憩をたっぷりと取ってから作業が再開すると、また一段とペースが速くなる。


 特に一際輝いていたのはレイ。彼女に食事中に「物凄く大きなスコップが欲しいの」と言われ、不思議に思ったが持ち手の部分は普通だが剣先が十倍以上は優にあるスコップを用意すると、そこからはまさに重機の化身のようになった彼女の独壇場となった。


 彼女の特徴的な垂れ目の中にある瞳孔が真っ赤に染まり、高らかに笑いながら一人、他の追随を許さない恐ろしいペースで掘り進めていく様は頼もしい以上に怖かった。爆発的に上がった耕される速度により、更にふるいをかける人員から悲鳴があがり、数名そちらに回したがそれでも追いつかない。だがそれでも手を止めないレイとその震える胸元に感謝の礼をしておいた。


 だが、負けじとそれに待ったをかけたのは白銀のケンタウロス、アナスタシアだ。同じ物を自分にも用意してくれと言ってきた彼女に、同じような物を渡すとこれまた凄まじい速度で土が運ばれていくようになり、ハーピー達全員、オーガ達全員、オークからも数名、途中参加したアラクネ達もふるいをかけ続ける事になってしまった。


 そうして必死になって各々が全力でやっている内に、最初は米粒のような大きさだったペイトンと話しながら作業が出来る距離まで近づいてくる頃にはもう夕方。夢中になってしまったが見返せば最初に建てた柵の内側のほぼ全体を耕す事が出来た。


「大体こんなもんかな? ペイトン」

「ええ、今出来る事は出来ましたね。これなら明日種を撒いて、ポッド様に話してみましょう。流石に皆ヘトヘトでしょう、あの様ですしね」


 彼が見た方向の先には、ぐったりとしている各種族達。常に全力投球なのはいいんだけどルゥシアやティエリなどの一部の者達は土塗れなのも構わず、疲れ果てた結果大の字で既に寝ている。


「今日も宴会、と思ってたけど止めておこうか。少しでも体を休めて、明日手に入るであろう大量の麦を使った料理を食べてもらった方がいいだろうしね」

「うむ、美味しい物はいつ食べても美味いが、今は体を休めさせた方が良いだろう。ホリ、この前食べたぴざが食べたいぞ私は!」


 他の者達より一際土塗れのアナスタシアが笑顔で言ってきたが、彼女の顔についた土を拭いながら、それも準備するが今回はスライム君に頼んで別の物も用意を始めている事を告げる。

「わかったよ、でも新作もあるからそっちも楽しみにしててね。野菜たっぷり使う料理だからアナスタシアも気に入るよ」

「おおっ、それなら期待しておこう。さて、流石に埃っぽいので風呂に行ってくる。荷車を使うぞ、動けない者を運びたいしな」

「アナスタシアさん、わ、私も乗っていいですか……」


 新たな料理を準備していると知って意気揚々としているアナスタシアに、息も絶え絶えのウタノハ達が助けを求めている。普段肉体労働をそこまでしていないウタノハにはきつかったようだ。ケンタウロスやミノタウロスが運ぶ荷車に、次々とリザードマン達やオーガ、ハーピーが乗せられ、風呂場へと向かっていく。


 開墾した土地の広大さを見れば、魔族達が倒れてしまうのも納得。


 ワラという物を得るためにここまで苦労する事になるとはなぁ、後はポッド頼りだからここからは任せよう。


 そうして開墾した土地を最後にゴブリン達と見回っていると、足の根を動かして歩いてやってきた者がいる。


「ドーリー? 何してるの?」

「ん? ここの土、寝心地良さそうだから!」

 緑の髪を揺らして土を一通り眺めた彼女は、開墾した土地に足の根をずぼりと入れると勢いよくまた生首状態になってしまった。その様子はまさにご機嫌といった感じで、綺麗な声で歌を口ずさみ土の感触を楽しんでいるようだ。


「ドーリー? ここで麦作るんだから、あまり何かしないでね?」

「わかってる! ただちょっと柔らかい土で寝たいの! いい仕事してますね!」


 生首状態の彼女を撫でつけながら話を聞くと、ここを寝床とする代わりに見張りをしてくれるようだ。一晩で悪さ出来る奴がいるのだろうか? と思ったが、魔法のある世界だったらそれも可能か。


「柔らかい土だと寝やすいの?」

「うん! 爺やトレント達の根は柔らかい土に包まれてるけど、私の寝床の土硬いから嫌なの!」


 人間も精霊も魔族も、寝床はある程度柔らかい物の方が良い。寝具の大事さに種族は関係ないのだと勉強させられるなぁ。今日一日で生み出された広大な畑に最初に植えられた生首を撫でつけながら、しみじみと考えてしまった。

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