第94話 ジュワッチ

 いつもとは違う作業を長時間続けた事で、普段は元気な魔族達もくたくたといった様子だが、それでも風呂に浸かると大きな息を吐き出して多少の元気が戻ってきたようだ。ただやはり疲労というのは消える物でもない。温かい湯舟に浸かりながらあちらこちらで船を漕いでいる者も見える。


 明日は早い時間から始めることだし、今日は早々に休ませておかないといけないな。単純に土を掘るという体力が要求された今日と違い、明日はそれなりに気を配らないといけない事もあるのだし。


「流石に疲れたね。今日はたっぷりと休んで明日に備えないと、明日の宴会に体がついてこないよ」

「普段していない作業というのは、体にクるものがありますからね。今日一日であれ程の作業量を終わらせる事が出来たのは素晴らしい結果ですよ」


「オレグよ、先程ちらと聞いたがホリは次なる何かを作っているらしいぞ。野菜をたっぷり使っているとか何とか。ウォックに話していたのだが、どのような物だろうな?」

「なんですと!? ゼルシュ殿、それなら早く明日に備えねば……。今日はサウナは止めて、早く戻って体を休める事にしますよ!」


 ゼルシュの言葉に鼻息を荒くし始めたオレグが声高にそう言うと、同じようにケンタウロス、続くようにミノタウロスも早々に切り上げて体を拭いて着替え始めたようだ。


 野菜の事に関しては彼らの行動は素早い。

 料理班に新たに加わったティエリ始めとするミノタウロス達、ティエリは基本的に俺達の洞穴でスライム君と料理をすることが中心だが、それ以外のミノタウロス達も頻繁にやってきてはソマの実サラダのレシピを改良する為にスライム君と頭を捻るようにして考えている。


「俺も今日は休むかな? ペイトンもゼルシュも、今日は休んで明日に備えた方がいいよ。明日の方がきついかもしれないし、でしょ? ペイトン」

「ええ、ポッド様の話では、刈入れまでやらねばならないらしいので今日よりも作業は多いですね。乾燥させて保存出来る状態まで持っていければ、急ぐ事も無く大分落ち着いて作業が出来ます。踏ん張りどころでしょう」

「よし、俺も今日はサウナをやめて飯を食って寝るぞ! フリュクが何やら新しい魚料理を作り上げたようだからな! 楽しみだ」


 気付けば俺達三名と数名の猫人族しか残っていない風呂場、ささっと着替えて拠点へと戻ると今日もスライム君とトレニィアの横で新しい料理に奮闘しているティエリが見える。どうやらトレニィアと共にスープを作っているらしいが、見ている分には微笑ましい。


「ただいま、お腹減ったよ。早速ご飯頂いてもいいかな?」

「も、もうちょい待ってくれ! あともう少し!」

「ティエリ……、頑張って……」

 彼女達の様子から、まだ飯の時間にはならないようなのでスライム君に頼んでおいた物の様子を見てみる。


「お、流石スライム君。この出来栄えなら明日食べ頃だね。やっぱりどうしてもこの黄色いソースも明日皆に振舞う時に欲しいからさ」

「ホリ様、ソレナンデスカ?」


 ゴブリン達の中からベルがやってきて、俺とスライム君が覗いている物を聞いてきた。他の二名はアリヤは剣を砥ぐのに夢中、シーは弩を磨くのに夢中だ。


「ふふふー、異世界定番マヨネーズだよ。明日になれば食べれるから、楽しみにしててね?」

「? ハーイ。アレ? ソレナラソッチノ黒イノハ……?」

「それも内緒! 明日ね明日!」


 誤魔化すために抱きかかえるようにして頭を撫でる、そうしてじゃれ合っていたらティエリとトレニィアの両名がスープが出来たと呼び掛けてきたので、とうとう夕飯となった。

「それにしても、あのトレニィアがティエリにスープ作りを教えるとはちょっと意外だったよ」

「トレニィアさん、ゆっくりと丁寧に教えてくれるからわかりやすいんだ! 注意する時も優しいから、お母さんとかお姉さんみたいな感じ!」


「お姉……、さん……!?」


 スライム君の料理と彼女達の作り上げたスープを頂きながら話をしている時にティエリが放った言葉に、驚愕の表情で小さくと呟いたトレニィアがぽとりとスプーンを落としてその一言を放った少女を見つめている。


「ティエリ……、私の事どう思ってるか、もう一度……言って?」

「えっ? 優しいから、お母さんとかお姉さんみたいってわぷっ」


 感極まってしまったトレニィアがティエリを抱きしめ、暫く固まってしまった。じたばたと腕が動いているが、思い切り抵抗するような印象もないし少し見守っておこう。

「ティエリ……、『お姉ちゃん』って呼んで。『トレニィアお姉ちゃん』……、はい、どうぞ……」

「と、トレニィアおねえちゃん……わっぷ」

「うん……、うんうん……」


 一度胸元から解放して、再度自分の呼び方を指定した彼女はその破壊力に満足したように抱きしめ直し、ティエリを優しく撫で続けている。その表情もとても柔らかいもので、至福といった様子で笑っている。ああ、アラクネ三姉妹三女は妹が欲しかったのか、夢が叶った瞬間のようだ。


 美少女二人のいちゃつきシーン、食事時だから止めようかと思ったのだがトレニィアの笑顔を見ていたら自由にさせないといけない気がしてきてしまった。


 その後、ラヴィーニアがやってくるまでそれは続き、話を聞いた長女が止めるまでティエリは自由になる事を許されなかったが、ただティエリの方も笑顔が溢れ楽しんでいた様子なので良しとしよう。


「それでェ明日は何とかなりそォ? 時間的にあまり手伝ってあげられなくてごめんねェ」

「大丈夫ダヨ! ソレニネラヴィ、明日ホリ様ガマタ何カ作ルミタイ! 楽シミ!」


 ラヴィーニアとベルが話をしていて、その内容を聞いた彼女がちらりとこちらへ視線を移してきた。


「それはまだ食べられないからね? 明日のお楽しみだよ」

「仕方ないけどォ残念ねェ。それならベルゥ、明日はがんばってねェ」

「ウン! マタ明日ネ!」


 ベルを最後に一撫ですると、彼女はどこかへと歩き始めていく。毎晩のようにこちらが休む時間になると、ラヴィーニアやトレニィアは夜の森へと向かい色々しているらしい。


 以前にベルに聞いた限りでは害虫、害獣駆除をやってここへやってこないようにしているようだが、犬猿の仲だったハーピー達と連携をしてやっているのだとか。言われた時に確かにそういえば最近俺が掘った洞穴にモンスターが住み着いたとか聞いた事がなかったな、と隠れたところで尽力してくれているアラクネ達とハーピー達に感謝の念を送っておいた。


 今日も夜の闇の中へと消えていく彼女に感謝をしながら、ゆっくりと眠りにつく。アリヤやシーは既に休んでいるし、ベルもラヴィーニアと別れた途端に眠気が襲ってきたようだ。ふらふらとしているので、抱き上げてそのまま一緒に寝床に入るとすぐに寝付いてしまった。


 眠ってから暫くすると、ずしんという地響きで目を覚ました。どうやらゴブリン達も同じようで、外を眺めて音の原因を見ているようだ。


「アリヤ、これ何の音?」

「ポッドガ、移動シテマスヨ。歩イテマス!」


 あれかぁ。今日開墾した新しい農地に行ってるんだろうな。それならいいか、眠ってしまおう。何か問題があれば夜型の魔族達が何か言ってくるだろう。


「ポッドは明日労うとして、俺達も早く休もう。明日も頑張ろうね」

「ハイッ!」


 次にスライム君に起こされ目覚めると早朝、ばっちりと休む事が出来たようで体も快調だ。


 いよいよとなると緊張してくるな。ゴブリン達と朝の柔軟をしていると早い時間だと言うのに、ペイトン一家やアナスタシア、ラヴィーニアとトレニィアの二人と集まってきて、一緒に食事をしながら今日の予定を話し合っていく。アラクネ達は時間的に厳しいかもしれないが、酒宴には間に合わせるとの事。彼女達は食事を済ませてそのまま巣へと戻っていった。


 腹も膨れたところで、昨日の農地へと足を運ぶと気合の入った種族達は既に集まり始めており、やる気に満ち溢れた目を向けてくる。更に彼らの後ろにはポッドが差し込んでくる朝陽を遮るように居り、その隣には地面から頭頂部のみ出ているドーリーの姿も。


 時間もまだ早いのに今か今かと急かされるような空気が場を包んでいて、その空気に押し出されるようにしてペイトンが袋を取り出すと、彼らも一層活気づいた。


「じゃあ皆待ちきれないみたいだし、始めようか。ポッド、ペイトン、撒き方説明よろしく!」


 ペイトンが説明をする中、種を撒く経験がない種族は忘れないようにしっかりと、経験豊富な種族達は確認するように頷き、質問などもないようなのでその流れで肥料になる物を色々と撒いた後にウネを造り上げる。

 その後種蒔きをワイワイとやっていき、たまにハーピー達の中から種をつまみ食いをしている者が現れたりもしたようだが無事に終える事が出来た。


「よし、ポッドこちらの方も大丈夫だよ。あとは任せた!」


 俺達がやっている事を楽し気に眺めていた大木と、目を覚まして地中から顔だけを出しているドーリー。そのドーリーはポッドが俺に何か言う前に、地中から右手を上げて元気な声で叫んだ。

「はいっ! 私、私がやります!」


 ずずずと地面の中から浮き出てくるように体を出す彼女、俺達が一斉に不安の混じった視線を送っているというのに本人は体の土を払い落すと、溢れるやる気を抑えきれないのだろうか? 腕をせわしなく上下に動かしている。


「ポッド、あれどうしよう……」

 楽し気に俺達を見ていたポッドに小さな声で問いかけてみると、彼は一層大きく笑ってその巨体を揺らした。


「ファッファ、大丈夫じゃ。あれで奴も精霊じゃぞ? もしかしたらワシよりうまくやるかもしれん。ペイトン、ドーリーにどれくらい成長させるか説明せえ」

「は、はい! ドーリー殿、宜しいですか?」

「うん、任せてよ!」


 ペイトンがゆっくりと一つ一つを説明していき、それをぽかんとした表情のまま頷いているのだが本当に大丈夫だろうか? それからもペイトンが懇切丁寧に説明をし続けると、要領を得たように数回頷いた彼女が足の根を動かして種を撒いた畝へと近付いていった。


「デュワっ!」


 どういう事なの? とつい隣の森の賢者へと聞きたくなってしまう程、訳の分からない彼女の行動。最初に体を屈ませて土を手に取りペロリと一度舐めると、そのまま勢い良く右腕を畝の中へと突っ込んでしまった。


「ホリ、瞬きするなよ。珍しい物が見れるぞ」

「ん? ああ、わかった。今ですら珍しい映像とは思うけどね」


 畑の一部分に腕を突っ込んでいる女性のする事を注視しておけと隣の大木が妖しく笑いながらわざわざそう忠告してきたのだから、待っておこう。


「ヘアァっ!」


 掛け声一つ、たったそれだけの僅かな時間の間に俺達の見ている景色、ペイトン達が建てた柵、その杭の内側だけがまるで別の世界から切り取ってきたように様変わりした。


 草木の全くない茶色の荒野ががらりと姿を変え命の芽吹く草原のようになり、吹き抜ける風に揺れてある程度成長した姿の芽が揃うように畑に並んでいる。


「こりゃ凄い……」

「これほどとは……、流石は精霊と言ったところか。素晴らしい力だ」


 ドーリーとポッド以外ほぼ全員が彼女の力に目を見張り、驚愕している。だがいつまでも驚いていられないだろうと喝を込めるように、ポッドが声を大にして俺達へと叫んだ。


「お前達! ここからやる事あるじゃろ! こんなちっこい子供が頑張ったんじゃから、とっととやってしまわんかい!」


 ハッと我に返った俺達はペイトンの説明の通り、次は麦踏みの段階へと移った。事前の説明通りにこなしてくれたドーリーは次の出番までまた生首状態で畑の片隅からこちらを眺めている。


 きゃいきゃいとはしゃぐように麦を踏むオーガ達、普段拝めない長い履物の裾を手で持ち上げ、生足が顔を出している。ありがとうございます、と頭を下げていたらペトラに声をかけられた。


「ホリ様? どうかされたんですか?」

「い、いや何でもないよ。そういえば、麦って育てた事がなかったけど何でこの状態で踏むんだろう?」


 ペトラもしっかりと踏みしめている、ペイトンの手伝いでやっていたのだろう。その動きが慣れた物だというのは感じられる。彼女は俺の隣を歩きながら視線を上に逸らし、頬に手を当てて俺の質問に対する答えを考えている。


「私がお父さんに教わったのは、こうすれば麦の生育がいいからと教わりましたね。でも、お婆ちゃんが言ってたのは『大地の精霊様にこうやって麦を踏みしめる事でここに麦を植えた事を教えて、立派に育んでもらう』って言ってました。フフ、どちらなんでしょうね」


 楽し気に隣を歩くペトラ、そのペトラとは反対側から今度はロサナがしっかりと踏みしめるようにして並んできた。

「私はー麦が育って来るとなんかー、地面の中で浮いちゃうからー、それで踏みしめるって聞きましたー。あとやっぱりー、大地の精霊様にこの麦よろしくーって意味があるっていうのもー」

「種族によって理由が色々ありそうだね、ポッドの御伽噺おとぎばなしみたいだ。まぁ、俺も詳しい事は知らないけど、こうした方が育つっていうなら頑張って踏もうか?」

「はいっ!」

「はいー」


 とは言ったものの、やはりただ踏みつけるように歩いているだけっていうのもなぁ……。何かないかな、遊びながらでも……。


「おお、そうだ。ちょっとした遊びをしながら麦踏みしようか?」

「遊びですかー?」

「何でしょう?」


 両サイドを歩いていた二人へ一度離れる事を告げて鉱石で丸くて平たい板を作ったり、ドラム缶のような物を作ったりしてみた。重量も少しあった方がいいと思ったので、ドラム缶は少し大き目になってしまったが……。まあ、いいかな? 

 首を傾げてこちらを見ている者もいる。彼らへ全員集まるようにと伝えて、やりたい事の準備を進めるとすぐに全員が駆け寄ってきた。


「ホリ、どうしたんだ? 鉱石弄りならいつでもできるだろう。何もこんな時に……」


 鍛錬と称してト・ルースを背負いながらあちこち歩きまわっていたゼルシュに続くように、その背中にいる女性も何処か楽し気にしている。


「また何か思いついたんですかね? ヒッヒッヒ、何が始まるのやら」

「うん、まぁほら、どうせ麦踏みをやるなら楽しんでやろうと思ってね。はいゼルシュ、これ持って」

「うん? こうでいいのか?」


 ト・ルースを背から下ろしたゼルシュの手に握られたのは、先程作った丸い板。その上に果物を一つ載せる。


「こっちの端から向こうまで、この状態で競争して一番を決めようじゃないか。足の速さも大事かもしれないけど、バランス能力も大事になってくると思うよ」

「ハッハッハ! ホリ、流石にこんな物楽勝だぞ! 見てろよ!」


 素早く駆け出したゼルシュ、流石リザードマン達の中で一番素早い戦闘を行える奴は違うな! 端まで走っていこうとしている彼がその一歩目で落とした果物を拾ってそう感心していると、少し離れたところでキョロキョロと周りを見渡しながら戻ってくるリザードマン。


「不思議だ……、気付いたら果実が無くなっていた……。この板に穴は開いていないと言うのに」

「バカタレィ」


 俺の手の中にある果物を見て首を傾げている彼の背中にぱしんとト・ルースの尻尾が突っ込みを入れながらも、彼に続いて自分もやってみようと言い出す者も出てきてくれたので、ついでにもう少し何か盛り上がるキッカケが欲しいな。


「ああ、そうだ。優勝者にはポッドの実が贈呈されます! どうせ頑張った者にとかの判断基準じゃ選ぶの難しいし、ここで景品にしちゃおうか!」

「なにっ!? ポッド様の実が貰えるだと!」

「やらなきゃ……!」

「絶対、勝たなきゃ……!」


 イダルゴ達ミノタウロスのやる気になった声を皮切りにあちこちから丸い板が持ち出されていく。用意していた数が足りなくなったので新たに板を作るよりも、二十人程ずつ勝ち抜き戦をやっていこうという形になった。


 全五回の予選を行い、上位三名ずつ決勝に行けるというトーナメント方式。決勝戦は十五名になるのだが、シード枠にドーリーがいつの間にかエントリーされているのが謎だった。


 魔族達はいつでもどこでも全力投球、しかしこの競技において攻略法は様々のようで、急いで走る者や、慌てずに歩いたり、じりじりと歩いていったりと性格が出ているよう。


 意外だったのはケンタウロス、得意分野だろうと思われたのだが、少し速度を出そうとすると上体がぶれてしまったり、振動が大きいからか落としてしまったりと、苦戦する者も多かった。


 ただしやはりその中でも凄まじい速度でゴールした者もいる。

「どうだホリ! これなら優勝は私が貰えるだろう!」


 表情は変えていないのに、声だけでも楽しそうな様子が伝わるほどにはしゃいでいる彼女、アナスタシア。何馬身とか数えるのも面倒な程ぶっちぎりの一番だった。


「アナスタシア、凄いね」

「だろう! 優勝は間違いなく私が貰うぞ!!」


 ハハハ! といつものように表情筋の仕事をさせないまま高笑いをしてそう宣言する彼女。それではつまらないので、御気の毒ですが用意しておいたもう一つの物を渡しておこう。


「じゃあアナスタシア、申し訳ないけど他の皆にハンデをあげよう。もっと難しい物にするね」

「えっ……!?」


 青い花の耳飾りを大きく揺らして俺を見つめる彼女、驚きが伝わってくるようなその瞳に向かって差し出したのはスプーンと丸く削った玉。スプーンの先の部分に玉を乗せた物を見開いているアナスタシアに渡すと、『あれでは満足に動けないだろう』と上位の実力者たちがほくそ笑んでいる。


「上位十名はこの状態でやってもらうから、残念だったね。もう少し力を隠しておけばよかったのに!」


 俺がそう笑顔で上位の者に渡すとあちこちから頭を抱えたり膝を突く者が。ケンタウロスに多いが、彼らの脚力が発揮されると麦を踏みしめるどころか掘り返されてしまう事も多い。これくらいの足枷があれば大丈夫だろう。


「くそう、くそう!! ウォックが潰れたから勝ちの目もあったのに!!」

「あんまりですよホリ様ァ!!」


 あちこちから非難にも似た声を貰うが、個人的にはだが接戦になった方が面白い。ポッドの実の為に頑張っている彼らには少し可哀想な事をしたかな? と思ったが、僅かな時間でも練習をしようとしている姿を見て、つい笑ってしまった。


 決勝に駒を進めた者達が横一列に並んでいる。慎重に行く性分のオーク達や、一気に終わらせようとしているケンタウロス、マイペースに運ぶ者が多いミノタウロスにハーピー達、まるで読めないシー、ドーリー。唯一のリザードマン、リューシィにも頑張ってもらいたい。


「よーい……!」


 どうなる事やらとペイトンがスタートの合図をするのを観客となった俺達が見守る中、彼が高々と空へ向かって手をあげたところでぴたりと動きを止めてそう声を張り上げた。その声に一斉に身構える決勝戦参加者達。


「始め!」

 一斉に動き始める決勝戦参加者。

 ケンタウロスといえどスプーンに玉を乗せた状態では自慢の脚も封じられているようだ。それでもアナスタシア始めとしてトップ集団に喰らいついているのは流石と言わざるを得ない。


 先を争い合い、多少の体の接触などから白熱し始めた魔族達、気付けばゴール間際で相手の果物を食べたり、スプーンの先にある玉をスタート地点へ放り投げたりというおよ醜態しゅうたいとも言える姿を見せている中でゴールをしたのはドーリー、そしてシーが次着だった。


 どう考えても自滅でしょ、と悔しがる魔族を放置して優勝者のドーリーとシーの両名にポッドの実を贈呈したところで第二競技、鉱石ドラム缶の転がし合いが始まったのだが、スタート時にミノタウロスのレイが目の色を変えて掌底打ちのようにして突き出した右腕によりゴール地点の杭に吹き飛ばしたドラム缶を激突させるアクシデントが勃発して、彼女は反則負けとしておいた。


「モォ……、ああすれば勝てると思ったのに……」

「危ないからね、それに麦踏みにならないでしょあれ」


 しょんぼりと肩を落としている彼女を撫でながらなだめていたのだが、最初はゴールを目指していた者達も次第にレース内容が変わってきて、相手のドラム缶と自分達のドラム缶をぶつけ合うようにしながらどう相手を潰すかという物になった。あくまで、ドラム缶を転がすという大前提を守った物である為注意も難しい。


 ミノタウロス陣営からレイの戦線復帰を要求されたので、怪我のないように充分に注意をした後にエースが投入されたミノタウロスチーム、転がしているドラム缶に凄まじい勢いでドラム缶をぶつけ、相手チームのドラム缶をコースアウトさせるというミノタウロスチームの反則負けになるまでに掛かった時間はそれほど長くはなかった。


 気付けば、全体の麦踏みも終わり食事の時間。

 いい汗をかいた彼らにスライム君が用意している料理の数々は耐えられる物でもなく、午後に備えてたっぷりと量を盛ってもらい食事を済ませていく。


 しゃくしゃくと優勝賞品のポッドの実を食べているドーリー、楽し気に頭を揺らして鼻歌混りに実を頬張っているが、疲れなどが出ている様子もない。


 昨日と違い、ひたすら肉体を酷使しているという訳でもないがたっぷりと食後の休憩を挟んで午後、ドーリーの能力の高さが垣間見えた午前の事もあり今回は皆が安心して見守る中、その件の精霊は意気揚々と畑へと入っていき、今度は両腕を大地の中へ深々と差し込んだ。


「ジュワッ!」


 光線でも出しそうな掛け声が再度響き渡ると、先程の一瞬で緑が芽吹いた時とはまた違う光景、踏みつけられた麦たちが一斉に縦横無尽に伸び始め、その身を高く、広くしていく。

 そして瞬く間に青々とした空間が黄金色の絨毯のように様変わりすると、実った穂がふわふわと風に吹かれて頭を揺らしている。


「凄いなぁ、ドーリー。かっこいいよ」

「精霊舐めるな人間! もっと褒めていいよ!」


 独特な感触の緑の髪を撫でて堪能していると、あちこちで上がっていた歓声を纏め上げるようにペイトン達が道具を配り始めた。いよいよ収獲、となったところで再度ペイトン達オークから注意点を出されそれを守りながら黄金に彩られた畑へと入っていく。


 ざくざくと麦を切っていく者、それを運ぶ者、そして纏めて乾燥の為に吊るしている者。体格的に厳しいケンタウロス達は苦戦をしていたが、どのケンタウロスも笑顔だったので問題はなさそうだ。


「大丈夫だって、少しならばれないばれない!」

「でもルゥシア、大事な麦だよ……?」

「でもでも、これ絶対おいしいよ?」


 ひそひそと何かを話し合っているそれぞれ茶色、灰色、緑色が特徴的な後ろ姿の三人のハーピー達、彼女達はばさばさと翼をはためかせて何やら実った麦を眺めている。目の前にある物に意識を取られ、麦の影に隠れて様子を見ている背後の俺に気付く様子はない。


 そして辛抱出来なくなってしまった彼女達は、無言で視線を交わすと一つ頷き、上体を低くしながら麦をついばみ始めてしまった。


「ルゥシア達、何してるの?」

「ふぐっ!? ふぉりホリふぁになにふぃてしてないよ!?」

ふぉりふぁんホリさんふぉこふぁふぁどこから!」

「もぐぐ……」


 口一杯に何かを入れている彼女達、何を言っているのかはさっぱりわからないが、三人目が喉につかえてしまったように胸をトントンと軽く叩いているので水筒を渡す。中を確認する余裕もないのか、それを受け取りそのまま水筒に口をつけて傾けるハーピー。


「ピィェ!」

 一つ大きく叫んだハーピーがそのまま倒れそうになってしまうので、抱きかかえて近くに寝かせておいた。何が起きたんだと覗き込んでいる二人のハーピーに水筒を差し出すように前に出すと、不思議そうに首を傾げている。


「さ、君達も喉が渇いたろうからコレ飲むといいよ? 飲みたくないって言っても飲ませるけどね?」

「や、やだッ……!」

「助けてかあさま……っ!」


 中身を察してがたがたと震える二人のハーピーに水筒の中身を飲ませるとやはり甲高い声で一つ鳴き、その後は同じように倒れ込んできたので近くの茂みに休ませておいたので大丈夫だろう。


 俺の一連の行動を青ざめた表情で見つめていた他のハーピー達に、つまみ食いはダメだよと言ったところ、何度も頷いて理解を示してくれた彼女達はそれ以降つまみ食いをすることもなかった。人柱ありがとう三人のハーピー達。


 彼女達が意識を取り戻す頃には半分程、それでもこの人数でまだ半分というところだが、それだけの収穫量があるのだから嬉しい悲鳴とも言える。


 ずらりと並んでいく吊るされた麦、これから乾燥を……という事らしいが風の魔法が得意なハーピー達がオーク達の望む段階まで乾燥をさせながら、水分というか水関係のスペシャリストであるト・ルースが麦の水分を細かく調整するようだ。


「この乾燥の出来次第で保存できる時間が変わりますから。イェルム殿、ト・ルース殿、頼みましたよ」

「ええペイトンさん任せて。フフ、オイタがすぎた子達は先程ホリさんにお叱りを受けたようだし、みんな頑張ってくれると思うわ?」

「ヒッヒ、任されましたわい。とはいっても、あたしも見ているだけの方が多いですがねぇ」


 そよ風を生み出しているハーピー達を眺めて苦笑しているペイトンとイェルムに顎を爪で掻いて楽し気に笑っているト・ルースの三者、そしてそれを横目にポッドが大きく笑った後に俺へと声をかけてきた。


「そうそう。ホリよ、根は残しておいてくれよ。それと、山になっていない部分の土も一度掘り起こして柔らかくしておいてくれると嬉しいのう」

「根を残すんだね? わかった。それじゃあ収獲の終わった場所から軽く耕しておくよ」


 よくわからないが、体格的に厳しいケンタウロスが数名と俺、ミノタウロスから数名に頼んで根を残しつつ畝以外の部分を耕し始め、収穫の終わった場所の通り道になっている地面の土を軽く掘っていく。


 先に刈入れが終わり、風の魔法が得意なミノタウロス、ケンタウロスも乾燥作業に加わり、こちらの地面を掘る作業班も人員が増えた事からあっさりと終了した。

 夕日が差し込み始めてくる頃合いには一時的な乾燥が終わった麦が全て拠点へと運び込まれ、あちらでもう一度乾燥をして以前に作った保管庫に入れておくようだ。


「じゃあペイトン、締めの挨拶よろしく!」

「えっ、私ですか?」


 あちこちに汚れが目立つ一同の前に立ったこれまた汚れた服装のペイトン。あっという間に終わった収獲だが、各種族や精霊、様々な顔ぶれが並んでいても浮かべている表情は同じ、やり遂げたという満足感に満ちている。


「えー、皆さんのおかげで無事収穫、保存の段階までやり遂げられました。あれだけの量を取れたのもこの拠点に住む全員の力があってこそだと思います。先程、拠点の方で乾燥をさせている麦にも見た所問題はありませんでした。それではヒューゴー殿達が一足先に戻り浴場の準備をしてくれているとの事ですので、まずは汚れを落とし、その後収穫祭としましょう!」


 彼が最後に頭を下げると、歓喜の声が上がり満足気に拠点へと歩き出す面々。入浴はまず男性陣から、という事なので少しでも長く浸かろうと足早に風呂へ行く者もいる。


「ポッド、ドーリー、二人共お疲れ様、ありがとうね。それじゃあ後で宴会になるからあっちに戻ろうか? 動ける体力はあるかい?」

「ファッファ、ワシなんもしとらんからのう。気合入れてきたのに損した気分じゃ。大丈夫じゃよ、ドーリー、お前はどうじゃ?」

「問題ない! じゃあ帰りましょ!」


 大きく笑ったポッドがずずずと太い根を大地から離し始め、その中の根の一つがドーリーに巻き付いて彼女を持ち上げると太い枝の一つに優しく乗せ、その後うねうねとした長い根が全体像を見せるようになると地響きと共に移動を開始した。

「いいなぁ、ドーリー。物語の主人公みたいだね」

「余計な事しなくていい! でも楽しいです! ありがとうございます!」


 ぺこりとポッドに頭を下げている彼女の行動と言動に大きく笑ったポッドの横を歩きながら、楽し気に周りを見渡している精霊を見てふと思った。


 ドーリーであれだけの事を簡単にやれるのなら、ラーシルはどうなってしまうんだろう……? 以前に計画した植林の方も彼女と話をして可能かどうかを聞いてみるとしよう。


 どうせあのファザコン精霊だ、昨日は顔を見せなかったから今日はくる。

 二日に一回は来てお父様成分という謎の物質をマメに摂取しているのだし、その時についでに聞いておくか。


 とりあえず今は、俺もポッドに頼んで枝に乗せて運んでもらう為に交渉しよう。楽しそうだから。

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