第92話 成分の補充
父親の残り香のような腕輪のおかげでトリップしてしまった彼女、樹の精霊のお偉いさんらしいのだが、今は毛布の中で父の夢でも見ているのだろう。
「ふひっ……、パパ……、ふひひっ……」
包んだ毛布の中からはたまに変な笑いなどが起きているが、幸せそうなのだから邪魔してはいけない。
「ポッド、体調は大丈夫なの? 俺が戻ってきた事も覚えてないみたいだけど」
森の賢者と呼ばれ、この樹なんの樹と気になるフォルムをしている大木へと話しかけると、彼は俺がしでかしてしまった事に白い目を向けるような事もせず自分の体を確かめるようにその大きな体を揺らしている。
「うん? うむ、どうやらそやつが根を伝って何かをしてきたようじゃ。体に問題はないぞ、若い子らもそうみたいじゃ。のうお前達?」
そう彼が言うと、風もないのに葉が歌うように騒ぎ、楽しそうにトレント達が揺れているように感じる。彼らも問題はないと思うのだが、何か体の異変があったら教えてくれと言っておいた。
「じゃあポッド、悪いんだけどこの人ちょっと見といてよ。皆待ってくれているみたいだから話もしておきたいしね。それと、かなり人数増えたからその内紹介の為にここで宴会するね」
「ファッファ、あいよ。ホリ、言ったかどうか覚えとらんからちゃんと言っとくわい。おかえり」
「ああ、ただいま。心配かけたね」
俺がそういうと、一層にぎやかに葉が揺れたトレント達。色々とあったが、これで本当に今回は何とかなったかな? こちらの方で一段落ついたらグスタールにいって、無事だという事を伝えておいてもいいかもしれないが……。元気でやってるかなぁ、アレック君。
まぁ、世の中友人の母親と結婚する野球選手とかいるんだし、歳の差なんて些細な物か……。そういえば、こちらの暦とかってどうなっているんだろう。次にグスタールに行った時に誰かにそれとなく聞いてみるか。
どうしよう、サラマンダーの日とか言われたら……テンション上がっちゃう。
「ホリ殿、どうやら相当な目に遭わせたようですな? 流石ですぞ。ここからでもあの精霊が腰砕けになっている様が見えましたよ」
「ホリさん、私もかなり責めましたが、右腕一本であそこまで落とすなんてやりますわね……。拷問学に興味はありますかしら?」
「ホリ、ごっどはんどだったんだな!」
変な事を考えながら魔王達のところへやって来ると、これまた変な評判が立ってしまっていた。訂正するのもなんだか面倒なのでこのまま放っておこう。
苦笑混じりに誤魔化しつつ周りを見れば、事情を説明されていた住人達も一安心といった様子。憂いも断てたし、晴れて堂々とここに居れるな。
「よし、それじゃあ早速新しく来た人達の家を建てるとしますかー!」
俺がそう叫ぶと、気合の入った声が上がる。やはりここはこうでなきゃいけない、元気なのが一番だ。
その後魔王達を見送り、ミノタウロスの住宅を建て始めて暫くしたところで、ポッドやドーリーから自分の有様を聞いた原初の精霊が髪と同じくらい顔を赤く染めて俺の元へとやってきた。このまま旅立つと言ってきたので、無用だとは思ったのだが水筒に水と、いざという時の薬草汁を持たせておいた。薄めて使えば暴走もしないと伝えておいたし、大丈夫だろう。
彼女も、行く先々で魔族を見かけたらここへ来るように言ってくれるそうだ。有難い。
「それでは人間、最後になりましたが自己紹介をします。私は樹を司りし原初の精霊、名をラーシル。どうぞよしなに」
「ああ、そういえば自己紹介もしてませんでしたね。この世界ではホリと名乗らせて貰っています。どうぞ、これからよろしくお願いしますラーシルさん」
「ええ、ホリさん」
そうしてお互い笑顔で握手を交わした俺とラーシル、一瞬だがピクリと右手の腕輪に体が反応していた彼女だったが、これから何かの際に接触してしまわないように気をつけよう。
何か力を借りたい時はドーリーに言えば彼女に伝わり、新たにラーシルが作ったブローチをドーリーに渡しておいたので、それを介してここへやってこれるのだとか。便利な世界だな、ワープできるのか。
別れを済ませて静かに去っていく彼女の背中を見守る。少しだけ、彼女のおかげでこの山の事やあのショタ神様の事が知れたな。彼女の事を考えれば神様解放に動くべきだろうが、だからといって何かを急いだりも出来ない。
あの神様も特に急かしたりしてなかったと思うし、彼女達のような原初の精霊には悪いが国相手に事を構えてなんて考える余裕はない。
俺が生きている内に、まぁ何とか頑張ります。と腕輪に誓ってパメラ棟梁による新たな住居を建築している現場へと戻った。
数日振りに行う肉体労働、鈍るという事もあまりなく体も動く。怪我をしていた者達は自身の体の調子を探るようにゆっくりと、それでも人員が増えた事や力自慢のミノタウロス達が本領を発揮した事もありトントン拍子に家が形になっていく。
内装などの木材加工が必要な場所はまた別に時間が掛かるだろうが、これで雨風は凌ぐことも出来るだろう。惜し気もなく使っている鉱石、こうして家が増えてくると壮観だな。
建築の要所要所で俺がハンマーなどで固定すれば倒壊する事もない、見た目も美しい家。屋根などはペイトン宅やケンタウロスの厩舎にやっと出来たくらいだが、個人的にはこのプレハブ感も好きだ。
ミノタウロスの家もケンタウロス達と同じ厩舎のような形になっていて中の様子を見ると一つ一つ個室という形になっていた。男女別に建てられたこの二軒、ここから更に個人個人の好みに合わせて内装を弄っていくようだ。多少狭いかもしれないが、個室にオーダーメイドの内装……、羨ましい。
新たな家の土台となる部分を鉱石でコンコンと作っている時に、手元を手伝ってくれているゴブリン達にも聞いてみた。
「そういえば、俺達今もあの洞穴に住んでるけど……、そろそろ家欲しくない?」
「エッ、アノ洞窟デイインジャナイデスカ?」
「落チ着キマスヨ!!」
ベルとアリヤに続き、シーも反対のようだ。俺としては木の床の方がまだありがたいんだけどなぁ……。彼らとしては穴倉という落ち着く立地と、少し小高い場所にある事から気持ちがいいのだと力説された。
カプセルホテルをイメージして最初に作った暮らしている洞穴も、今では一番広い場所にゴブリン達とスライム君と皆で一緒に毛皮を厚めに敷いて寝ているし、中に作った横穴も最初の頃以降使う事はなく、荷物入れの場所になってしまっている。
「それなら、あそこも少し拡張しようか? ちょこちょこと手を加えてはいるけどそれっきりだしね。もう少し奥深くしてみるとか?」
「ウーン……」
「アノママデ、イインジャナイデスカ!」
まぁ気分良く住めていられるのならそれでいいか。
「ん? 俺だけ別に住むっていうのもありなのかな……?」
思いついたままに呟いた声を聞かれてしまったようで三名のゴブリンから小さな声が漏れると、先日味わったお別れの時のような悲しい表情を向けられた。流石に自分勝手で無神経すぎたな、今の発言。反省しよう。
「ごめんごめん。まぁあそこも住めば都っていうけど、でもその内ちょっと内装弄ってもいいんじゃないかな? もう少し住みやすさを追求してさ。せめてふかふかベッドは欲しくならない?」
「ベッド……」
「フカフカ……」
彼らも多少揺らいでいる。
寝室を新たに拡張して、そこへベッドを設置してみるか。とは言ったもののずっと穴倉で使うと衛生的にも良くないだろう、簡単に解体が可能で持ち運びがしやすいように何とか出来ないかな……。一度ペイトン達に相談してみるか。
「それなら、
ミノタウロスの一人、その小さな体より数倍は大きい資材を軽々と持ち上げるようにして抱えているティエリがやってきた。彼女も流石はミノタウロス、俺では持ち上げる事すら出来ないであろう大きさの鉱石も軽く扱っていく。
「藁、藁か……。寝心地はいい?」
「うん、毛皮で包めばふかふかだぞ。あれば私も欲しいなー、ちゃんと干したりして手入れもすれば長く使えるしな!」
いいかもしれないな、藁って事は……麦かな? 是非参考にさせてもらおう。この後ペイトンとポッドに話をして、実現できるなら試しに作ってみて、後は試行錯誤を繰り返していくしかないな。
「ありがとうティエリ、参考にさせてもらうよ」
「おう! 私の分も用意しておいてくれよなっ!」
鉱石の柱を掲げて笑顔を見せる彼女の頑張りもあり、用意してあった鉱石の建築部材が足りなくなるような事もなく、ミノタウロス達の家もまず女性側の方が形になってきている。
ただ、やはり今日一日で完成するような物でもないので、日が落ちると共にオーク達とミノタウロス達はペイトン宅と近くの大き目の洞穴で今日は寝る事となり、リザードマン達はト・ルース達のいる穴倉で寝る事となった。
新たにやってきたリザードマン達はパッサンが作り上げたリザードマン用の住居が元々広いので、それ程手を加える必要もない。
今日は男性が先に風呂という事なので、久しぶりにふやけるまで入浴しよう。
そうだ、と思い出したのはあの石鹸。風呂へ行く際についでに持ってきた鞄の中から大量の石鹸を出して浴場に置いておく。
猫人の女性陣に話をしておけば大丈夫だろうと思ったので、ヒューゴー達とオーガ数名に使い方やどういう物かを説明をしておいたが体毛の濃い種族は少しずつ使ってもらい、様子を見てもらう事にした。
ツルッツルにハゲたペイトン達を見たくはない、自然由来の物だと思うので大丈夫だと言いたいが何かあってからでは遅い。悲しみを生み出さないための当然の配慮だ。
「ええとそれでは、石鹸の使い方をレクチャーします。わからない人は見ててねー」
一同の前で固まりをカットした掌サイズの石鹸とタオルを片手に、その俺の隣には犠牲者としてペイトン、ゼルシュとオレグ、イダルゴの種族代表とお手伝いに猫人族の男性。
「まず簡単に泡立てます。泡立ちもいいので、お湯で軽くこうして擦るだけで充分だと思うよ」
浴槽の中のお湯を掬い、桶の中で布と石鹸を擦っていくと白い泡が生まれ始めてくる。原料が何かわからないが、人間の肌でも大丈夫だから他の種族も危ないって事はないだろう。
泡立ったタオルを使ってペイトンの体を洗ってみる、ペイトンの黒い体毛が白い泡に埋もれていくのが楽しくて、ついついやりすぎてしまった。
「ほ、ホリ様……、先程少しずつと言っておりませんでしたか……!?」
「ごめんごめん、つい……。かゆいとこや痛い場所はないかな?」
特にないようなので、全身泡だらけのペイトン状態を更に手でごしごしと磨き上げて終了。
「あんまり無駄遣いすると猫人族に申し訳ないけど、ちゃんと泡が流れ切るまでお湯で濯いでね。じゃないと浴室が泡だらけになっちゃうから」
じゃぶじゃぶとペイトンの頭と体にお湯をかけて終了。泡の力か石鹸の質が良いのか、彼の黒い毛並みが艶々と光沢を帯びているように見える。
「こ、これが私の体……!?」
「見事な輝きですな、これは……」
頬に手を当てて自分の体を眺めているペイトンと、顎に手を当てて観察をしているオークのプルネス。同じ種族であるオーク達もペイトンの近くでどのような物かと確かめている様子だ。
「じゃあどんどんいこう、ゼルシュおいでー」
「お、おう……」
水棲の生き物であるリザードマン達は別として、ケンタウロスやミノタウロス達も使っていて何かおかしいという事はなかった。
ただ実験として洗われたゼルシュ、彼には少々申し訳ない結果となってしまった。どうやら鱗が石鹸と合わないようで、最初に洗い始めた尻尾周りの鱗が脱皮後のような剥がれた状態となってしまったのだ。
「じゃあ、リザードマン達は使用できないという事で。事前にわかってよかったねぇ」
「は、はぁ……。ホリ様、ゼルシュが……」
アギラールに言われて視線を向けた先には、尻尾の鱗が剥がれた部分を悲し気に撫でているゼルシュ。
悲し気な彼の表情に、こちらとしても申し訳ない気持ちになったのだが、彼ははっとした表情で一つ大きな声を出すと、おもむろに石鹸を掴んだ。そしてそれを使い、力強く泡立て始めたのだが……、その一連の動作で大体彼が思いついた事がわかった。
「ゼルシュ、ストップ。それは絶対ろくでもない結果になるから。諦めよう?」
「は、離せホリ! 大量の泡を使えば鱗が全て新しくなるではないか! 試してみよう!」
人体実験の被験者がノリノリで過激な使い方をしてくるとは、好奇心が強いのか怖いもの知らずなのか……。とりあえずリザードマン達は石鹸使用禁止という事とした。
「そうそう、石鹸を使った人達はサウナも禁止ね。体毛が濃い人達の体に残った石鹸が悪さをするかもしれないから。だから使う時は考えるように」
「エッ」
「エッ」
「いよし! 俺は大丈夫だ!!」
オレグ始めとするサウナ愛好家たちが絶望するような表情をこちらへ向けてくる。その中で飛び跳ねる程に喜びを表しているゼルシュ。お前も尻尾洗ったろと言いたいところではあるが、先程までの事もあるので目を瞑っておいた。
世にも珍しい、リザードマンのみが体に布を勢いよく当てて、パァンといういい音を出しながら入っていき占拠されていくサウナ室の映像は心に刻んでおこう。
こうしてみると随分と人が増えたな、ここも拡張を考えないとダメかな……? まだまだ人数的には余裕だが、今回のように倍々で増えていくとなるとすぐ手狭になってしまいそうだ。
「ホリ様、どうされました?」
「ん? いや、人増えたなーってさ。まだまだ忙しくなりそうだねペイトン」
隣でキラキラと黒い艶を生み出しているペイトンと騒がしい浴場内を眺める。
「そうですなぁ、私としてはまた色々と試さねばいけない物が増えましたし、ホリ様もまだまだ頑張りどころでしょう」
「そうだね、その分農業はペイトン達に任せるよ。そうそう、今日ティエリから聞いたんだけど、藁が欲しいなっていう話をしてね? 麦ってあの買ってきた奴から育てられるかな?」
ペイトンと話をしていると、近くにはオレグやイダルゴなども集まってきて、俺達の話を聞いているようだ。
「出来ない事はありませんよ、芽さえ出てくれれば……。私も村から持ってきた種籾があります。最後の非常食としての意味合いもありましたが、そちらを使ってもいいですしね」
「ぺ、ペイトン殿。藁があれば寝床が、硬い床に毛皮を引いて寝なくてもよくなります! 私も協力します!」
「俺も手伝いますぞ! やはり直に床で寝るのは辛抱出来ない時もあります! 力仕事なら何でも言ってくだされ!」
ペイトンが放った言葉にオレグとイダルゴが反応する。そして、彼らの声を聞いてリザードマン達以外の種族がこちらへと集まってきて同様の意見を話してきた。
意外と需要が高そうだな。
他にも藁があれば出来る事をつらつらと興奮を抑えきれずに話す彼ら、仲があまり良くないと聞いていたケンタウロスとミノタウロスもがっつり連携するように熱弁している。
「ペイトン、それなら明日にでもポッドに聞いてみようか。ドーリーもいるから、纏まった量が早々にゲットできるなら俺も欲しいよ。寝床は大事だしね」
「ええ、私も木の板で寝ておりますが、あるならあるで欲しいですしね。明日話してみましょう」
俺とペイトンがそう言うと、がっちりと握手をして勝利を勝ち取ったようにお互いを称え合う牛と馬。それ程欲しい物なら言ってくれればいいのに。
風呂から上がる際に、購入しておいた髪油も置いて女性陣に使ってもらおう……と思ったのだが、一番にテカテカになったのはゼルシュの尻尾だった。石鹸の件もあるし、好きにさせてあげよう。
浴場前の開けた場所で自分達の番を待っていた女性陣、その中で部下と何かを話し合っていたアナスタシアに後で拠点に来てくれと一言告げて風呂場を後にした。
拠点に戻るとスライム君は料理を作っており、女性陣と一緒に風呂へ行っているゴブリン達を待っている最中、簡単なテーブルゲームを暇つぶしに作ってみた。
細かい作業は出来ないから満足に出来た物もオセロくらいだが、時間をかければチェスの駒くらいは出来そうではあるな。我ながらセンスのなさが光り、まだまだ不格好だから皆には内緒にしてもう少しうまくなったら披露しよう。
程なくしてゴブリン達とアナスタシアが戻ってきて、石鹸の使い心地や髪油の感想を告げてきた。ゴブリン達はどこに使ったのかは不明だったが、いい匂いだとご満悦。石鹸はリザードマン達以外それ程抵抗なく受け入れられそうだという事だ。悔しがっていたリューシィはじめとするメスのリザードマンには申し訳ないが楽しんできたらしい。そう話してくれたアナスタシア自身も髪油で普段から綺麗な髪が今夜は際立つように輝いている。本人も香りなどに満足そうに頷いていた。
「それで? 何か用だったのか?」
「ああ、うん。これ返そうと思ってね。ありがとう、これのおかげで色々な時、心強かったよ。はい」
彼女から受け取った細剣、短い間だったがお世話になった品をやっと持ち主に返せる。俺からそれを渡された時、彼女が少し眉根に力を入れて険しい表情を浮かべていたのだが、どうしたのだろう? 湯冷めでもしてお腹が痛いのだろうか。
「うっ、ぐ……。う、うむ、役立てたようなら幸いだ。ホリ、あのな……」
「その剣、何か歪んでたらしいから直してもらったよ。その直してくれた人も、この剣の持ち主は凄腕だって言っててさ。凄いねアナスタシア。それじゃあ、俺の剣も返してもらえる?」
彼女の腰に差してある剣を受け取ろうと手を出した時、先程曇っていた表情を更に曇らせているアナスタシア。眼力を強めて俺が渡した細剣と、自身の腰にある剣を交互に見て何かを考えている様子だ。
「ホリ、そのな……」
「うん? どうしたの?」
腰の剣をこちらに渡そうと、静かにゆっくりと鞘ごと抜きその剣を強く握り締めて睨みつけている。そして大きく息を吐いて、こちらに剣を突き出すようにしながら頭を下げてきた。
「すまん! この剣、折ってしまって……」
「えっ!? 折れちゃったの!?」
受け取った剣を鞘から出してみると、剣の中間辺りから先がない。スッパリと鋭利な物で斬られたように切断面も輝いて見えるほどツルツル。一体どういう使い方をしたらこうなるんだろう……。
俺が剣を手に取って見ている最中、いつも堂々としている彼女も申し訳なさそうに表情を変えて体が小さく見えてしまうほどに落ち込んでいた。
「すまん……」
「うん、まぁいつかは壊れちゃう時もあるよね。明日二人でフォニアに頼んで直せるか聞いてみよう?」
無言で頷いてきた彼女、折れてしまった物は仕方がない。
しょげている彼女が俺の服を小さく摘まんで引っ張っているが、形ある物はいつか壊れてしまうだろうし、壊れる事を知らない鉱石の武器や防具が特別なのだ。気にしていてもしょうがない。
「それにしても、見事に折れてるね? どうしたらこんな事になるの?」
いつもは無表情に近いアナスタシア、剣を折ってしまった自責の念からか落ち込んでいる彼女にこうなった経緯を聞いてみようとした時、曇らせていた表情からまた一転、今度は恥ずかし気に赤面して俯いてしまった。
「そ、その……。ら、ラヴィーニアが巣穴から出てこなくなった時に……」
「時に……?」
もじもじと両手の人差し指をくっつけたり離したりとしてぽつりぽつり小さく呟いているアナスタシア。
「アイツが閉じこもっていた巣穴に糸が幾重にも張られていて切り払おうとしたら……」
「その中に鉱石粉の糸があってむしろ武器が折れてしまったとか……?」
コクリと頷いた彼女、風呂上りで髪を下ろしていてその表情を伺う事は出来ないが、普段あまり見る事のない姿だ、記憶に留めておこう。
「アナスタシアに怪我はなかったのならそれでいいけど、あまり危ない事しちゃいけないよ? ほら元気出して! スライム君の料理ももうすぐ出来るし、一緒に食べようか」
「うむ……、ごめんなホリ」
アリヤが彼女を慰めている間に、食事の準備をして晩御飯を頂いた。
やりたい事の準備もあるし、藁を使った寝具の作製もある。大規模な農地があればいいんだけどまだまだこれから出しな……。
あのブーストポーションも残りは一本、あれは大事に取っておいた方が良さそうだ。ただ、もし次にまた追い込まれたタイミングがあったらその時は躊躇する事なく使おう。罰ゲームも回避は可能という事もわかった、次回がそうなるかは話が別だが……。
今日のスライム君のご飯は宴会の時に見せたピザを早速作ってみたようだ。シンプルな物から、少し変わり種もあるので飽きる事もなく楽しく食事を進め、途中で合流したアラクネ三姉妹も一緒になってスライム君の新作料理を頂いた。
その日の晩、用を足した帰り道を一人ランタンを持って歩いていると、気付けば背後に何かの気配を感じた。獣の類ではない、もっと別の何かが俺の背後にいる。
「こんばんはホリさん」
「ッ!! びっくりしたぁ……。どうしたんですかラーシルさん、こんな時間に。というか今朝旅立ったばかりじゃないですか」
恐怖で後ろを振り返らないようにしていた俺に声をかけたのは、旅立ったばかりの精霊ラーシル。
彼女はどうやらワープをして、ここへ戻ってきたようだ。
それにしても、トイレ後でよかった。用を足す前だったら大人の尊厳がぶち壊されてしまっていた事だろう。
「その、どうしても頼みたい事が出来てしまったので戻って来ました」
彼女はもじもじと自分の髪の毛の先を摘まんで恥ずかしそうにしている。
何だろう? わざわざワープするくらいなのだから、頼みにくい事なのだろうか? 夜の風も冷たいし、ここでは何だからと場所を変えようと提案しても首を振るだけで動こうとせず、もじもじとしている。今日はよく見るな、もじもじ君。などとくだらない事を考えていたら、彼女が俺の手を朝の時と同じように自身の頭に添えるように取ってきた。
「あ、頭を……、ち、父上成分の補充にきました……」
「ああ、そういう……」
ファザコンって凄いなぁ、と思いながらわしゃわしゃとやっていると、彼女はまた危ない薬をキメた人のような様相になったのでポッドの根元まで背負って運び、俺はまたトレントとドーリーからの信頼度を下げた。
これからも、高頻度で来るなあ。このファザコン精霊。
幸せそうに
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