第91話 彼女の事情

 ポッドの枝に奇怪なオーナメントとして設置された俺は、起きてきたリザードマン達やハーピーといった種族にまず笑われ、そして一通り笑われたところで助けてもらえる事となったのだが、流石はアラクネ製の糸、それも雁字搦がんじがらめといって差し支えないほどに複雑な結び方で固定されているため、解くという事はまず困難。


 二種族が頑張ってくれている最中にも、次々と人が起きてきたのだがどの種族も悪戦苦闘していた。更にポッドの枝に吊るされているので火気厳禁なのがニクい演出。


 流石は糸の達人だな、と思ったのはこうして長時間固定されているのに辛くはならないところ。その分恥ずかしさで死にたくなる程なのだが、そこはこれをしてきた者の怒りを買ってしまった自分の責任なのだろう。


 真っ赤な顔をして俺の方をちらちらと見ていたレイや、何故か俺を見てそのポーズを形に残そうと木彫りを始めたアリヤやルゥシアなど、俺を見た反応は人により様々だが魔王達が起きぬけに大爆笑をして、その後助けて貰えるまで恥ずかしいポーズは続いた。


 朝食となり今日の各種族の予定などを聞いていると、まずは新たに来た者達の住居建築を、という話で固まり俺と魔王一家、ゴブリン達、その他、各種族の代表者達が残り、精霊と話をつけようとなった。


 ただ、どうしても同席して護衛をしたいという意見だったので、希望者は残るよう伝えたところ、全員が残る事に。

 スライム君ですら俺の足元で跳ねている。


「では開けますかな」

「パパ、『サモン二号』出すから待ってて!」

「私も『ハナガタ一号』を出しておきましょう。アナタがいるからいらぬ心配でしょうがここの者達に何かあってもいけませんしね」


 ああ、美しい顔立ちの二人が収納魔法でバットを出した途端、凄い形相に……! あの釘バットは一体どういう呪いがかかっているんだ……!

「ホリ殿、何かあってはいけません。貴方も警戒しておいて下さい。お前達、ホリ殿を守るように。いいですね?」

「ハッ!」


 朝陽を背景にマントを風になびかせて部下へと命を下すその姿、そしてそれにひざまずく周囲の魔族。ああいった仕草をやらせると彼は普段の怖い顔もあってか様になる。

 惚れ惚れしているツマ、そして感嘆の息を漏らしているムスメ。二人とも、物凄い眼力になっていなかったらよかったのになぁ。


 俺のすぐ横へまずアナスタシアとペイトンが、後ろにはラヴィーニアとトレニィア、そして前を塞ぐようにオラトリとゴブリン達、他にもゼルシュやハーピー達、レイ達といった面々に厳重と言わんばかりにガードされている俺。


 言ってはならない。「周りが何も見えない」と。


「ホリ、私の背に乗っておけ。いざとなれば全力でここより逃げる。お前だけは絶対にやらせはしない。何があってもな」

「ホリィ、あの鉱石糸で体を包んでおきましょォ? そのまま巣に持ち帰ってあげてもいいわよォ」

「精霊メー!!」

「ヤッテヤルゾー!」


 何が起きているかはわからないけど、半数程は既に武器を抜いている。とりあえず徐々にボルテージが上がってきている事はわかる。確かに何があるかはわからないな、鉱石で前に作った棺桶のようなシェルターでも作っておくか。


 俺が腕輪からツルハシを出して鞄から鉱石を出そうとした時、周囲の護衛達が一斉に息を止めるように緊張感を放ち始めた。周囲一帯の空気が張り詰めていき、そして些細な動き一つ見逃す事を許さないように周りの者達が睨みを利かせている先に精霊はいるのだろう。


 俺には全く見えないが。


 仕方がないので、俺は甲高い金属音を生み出しながら魔王達からの言葉を待っておいた。そして、シェルターが完成するまでに数回暗雲が立ち込めたりと、只ならぬ空気を繰り返していた後に魔王がこちらへとやってきた。


「ホリ殿、ちょっと来てくれますかね? やはり頭の固い奴の相手は疲れますな。あとで甘い物でも用意してくださりますかな?」

「魔王様、お疲れ様です。わかりました、急ぎましょうか」


 そのまま走ってツマとムスメのいる場所へと向かうと、張り詰めた空気の中心はここだったのかと思えるほどに重苦しい雰囲気。何せ、釘バットを肩に背負った眼力の凄まじい二人が、座り込んで腕を組んでいる精霊にメンチを切っているのだ。


 その中心にいるのはいつぞやの秋の紅葉を彷彿とさせる赤い髪をしたドリアード、彼女はあちこち怪我をしているが、その冷ややかな視線の強さは以前と変わりなかった。


 彼女は一度こちらを見て、ふっと鼻で笑ってきた。


「人間……、そう。やはり、人は信用出来ませんね。このような仕打ちをしてきて、その上貴方は約束を破った。もう許す事は出来ません、何があっても貴方と、ここにいる者達を殺してやります」

「チッ!」

「チッ!」

 睨み続けられている中でこちらへ視線を移して状況を察した精霊、ほぼ零距離でメンチを切られていてこの胆力とは、コイツも中々凄いな。舌打ちをした二名が少し離れて素振りを始めると多少恐怖を見せているが……。


 ゆったりと後ろから歩いてきた魔王が頭を掻きながら笑っている。いや、これ笑えない、怖すぎるでしょあの二人。

「いやぁ、何度事情を説明しても信じて貰えないんです。いっそ消し飛ばしてしまってもいいかなと思いましたが、それでは神様に顔向けできませんからなぁ。はてさて、どうした物かと」


 顎を撫でて考え込んでいる魔王、彼からも説明があったのだろうけどそれでも納得してもらえないとなると、もうどうしようもないんじゃないかなぁ。

「ああ、困りましたね。また一から説明します?」

「そうですなぁ、ホリ殿から話を聞けばまた違うかもしれませんし……」

 俺が出しっぱなしにしていたツルハシをしまって魔王とあれこれと話をしていると、心配して近くまでやってきていた他の魔族達がざわついた。

 どうしたのだろう、と周囲を見渡すと問題の精霊が立ち上がり、ふらふらとした様子でこちらへ手を伸ばして近づいて来ている。


「あっ……、ぁぁっ……」

 目の前のドリアードには先程までの冷たい、剥き出していた敵意のようなものはそこになく、震える体と固まる表情。そこから絞り出されている声、一体どうしたのだろうか? その変貌に困惑して反応出来ずにいると、すぐ横へとやってきた者達がいる。


「ホリッ! 気を付けろ!」

「ホリ様、下がって!!」

 飛び出してきたアナスタシアとペイトン、そしてそれに続く者達のおかげでまた見えなくなってしまった精霊。ラヴィーニアとトレニィアが俺を持ち上げてくるくると体に糸を巻き付けている間、そして今も目と鼻の先にいる精霊からは敵意を感じないのだが、うーん?

「皆、心配してくれてありがとうね。大丈夫だからちょっと道開けてくれる? あと二人共、これ解いてね?」


 再度、ドリアードの前へと行くとやはり彼女からバチバチと感じた敵意はもう霧散していて、それどころか今にも泣き出しそうな表情で俺を見ながらふらふらとこちらへ歩み寄ろうとするのを止めない。不意打ちとかする様子でもないし、一体どうしたのだろう?


 彼女は俺の目の前までやってくると、足の木の根が何かに動きを阻害されたのか倒れ込みそうになってしまったので、つい受け止めてしまった。

 そして精霊が俺に抱き留められる形になると、彼女は俺のある部分を触れて何かを確かめている。

「ああっ、あぁァっ……!」


 困惑する表情を浮かべている俺。魔王、そして周囲の者達の視線に構う事なく、問題の精霊は崩れるようにして俺の右腕を抱きしめてそれから少しの間、震えながら泣き続けた。


「あのー……、そろそろ落ち着きましたか? 何があったかはわかりませんが、事情と腕をはなしてもらえると助かるのですが」

 俺が精霊にそう語り掛けると、後ろから「ぶふぉっ」と噴出している怖い顔は放っておいて、腕を両手で掴んだまま彼女は静かに立ち上がりこちらへ視線を戻してきた。


「ええ、……ええ。そうですね、どうやら長い時を待ちすぎて私の方が鈍っていたようです。お話しましょう、何もかも」


 立ちながらもアレだと思い、すぐ近くのポッドの傍に拠点の住人全員と魔王一家の大移動をしている間も精霊が俺の隣から離れる事はなく、ひたすら腕を抱きしめ続けていた。何とは言わないが、柔らかい事は分かる。


 その様を眺めて、元々殺意の波動を出していたツマ、ムスメに加え他にも数名が苛立ちを見せていたりもするが、まずは全体的に落ち着いて話がしたいな。こういう時に何か美味しく飲める飲み物があればまた違うかもしれない。


 普段はこうしてスライム君がギャルソンのように蝶ネクタイを着用してお茶を用意してくれるが、他にもあれば彼も楽しいかもしれない。


 ペイトン達が頑張って果物を実らせてくれれば、そういった物が手に入る事もあるだろうなぁ。

「さて、と。それでは聞かせて貰えますか? 先程、急に態度が変わったのは何故なのでしょう? 状況から察するに……この腕輪を見てから、でしょうか? 貴方の態度が変わったのは」


 落ちついて話が出来そうな状況となり、他の人達には申し訳ないのだが少し距離を取ってもらった。今近くにいるのは事情について詳しいゴブリン達とスライム君、魔王一家、そして目の前の問題のドリアード、眠っているポッドと生首ドリアード。


 袖を捲って彼女と、周りの者達に見えるように前へと伸ばした腕、この場にいるほぼ全員の視線が向いているのは俺の手首で輝く白い腕輪。


「ええ。そうしている時は殆ど力を感じさせない、ただの魔法の道具や護符の類だと思っていましたが、先程、光を放った時に分かりました。『ソレ』が輝いた時、その光と力は、どれだけの時が経っても忘れよう筈がありません。そしてその腕輪に触れた際に私の内側に込み上げてきた物、その懐かしい感覚でつい我を忘れてしまいました」


 話していく内にまた何かが込み上げてきてしまったのか、涙の滲む瞳で腕輪を眺めている彼女。それから彼女はスライム君が差し出した水を飲み干すと、ふうと大きく息を吐いた。


「どれほどの時間が流れたのでしょう。あの日、アノ時、私達の前で父の全身に剣が突き刺さり、鎖で縛られたあの瞬間から。今でもあの時の父の顔は忘れる事は出来ません……、人間がもたらした契約の鎖によって力を奪われた父がこの世界に降り立たれなくなってからの日々、どれだけ私や他の精霊達が感情を殺していた事か……」


 父、父……? えっ!? 父親!? という事はあのふわっとパーマのショタっ子イケメンの子供っ?! あと感情殺せてねえ! 滅茶苦茶敵意出してました! 言わないけども。


「あの、精霊っていうのはあの神様の子供っていう事なのですか? ちょっと良くわからないのですが詳しく聞かせて貰っても?」


 俺も周囲の者も驚きを隠せない。唯一魔王だけが口元を押さえて何かを考え込んでいるが……。ツマやムスメも釘バットをしまい元の美しい顔立ちに戻っている。


「ええ。ですが全ての精霊が、という訳ではありません。あそこで眠っているドーリーなどのこの世界のマナによって生まれた子達と、私のような原初の精霊と呼ばれる者達は根本が違う存在です。彼女達は世界によって生み出された子、私達は神によって生み出され、世界が生み出した精霊達を統括する役割を与えられています」

「つまり何人いるかは知りませんが、その原初の精霊さん達だけが神様に生を与えられたんですね。それで神様を『父』と呼んでいると」

「そうです」


 彼女は力強く頷いた。先程までの様子から、大分持ち直したようだ。

「原初の精霊と呼ばれる者達は何名いるのでしょう?」

「十六名です。十名がそれぞれの属性を司り、それ以外の六名は様々な物を司っています。私達は世俗に関わる事はあまりなく、世界を巡っています。ですので、貴方の存在を他の者へ教える事も難しいでしょうが、風の精霊へこの話をすればそれ程時間が掛かる事もなく伝える事も可能でしょう」


 ツマの出した質問にもすらすらと答える、敵対する意志ももう無さそうだし一先ず安心と言ったところか。


「まぁそれはそちらの自由になさって下さい。こちらとしてはこうして話が出来ただけで充分ですし。そういえば、何故あの山をあれほど大事にされていたのでしょう? 思い入れがあるといった御様子でしたが」

「あの山は父が大事にされていました。この世界にやってくる時もいつもまず最初はここへやってくるので、私達も父が降り立つ時だけはここに集まり、そして父と行動を共にしてこの世界を見て回ったりしておりました。何故父があの山をあれ程大事にしていたのかは私も聞いた事がありません。聞いても笑ってはぐらかされてしまいましたし」


 当時を思い返しているのだろうか? 今まで彼女が見せてきた嘲笑うような物ではない、初めて見せる温かみのある笑顔だ。こういった顔も見せるのだなぁ、とスライム君のお茶を啜りながら考えていると、じっくりとこちらを眺めているドリアードと目が合った。


 大事な人が目の前で酷い目に遭わされて、それが原因で会えなくなってしまった。その原因を生み出したのが人間による物だから人間が嫌いと。彼女が俺を敵視していた事情を聞いてしまうと、色々と納得いってしまうな。


「貴方はこれからどうされます? ここに私がいる事にまだ反対しますか?」

 ちらりと少し離れた位置にいる拠点の住人達を眺めると、不安の色を見せてこちらを見守っている彼ら。出来る事ならばここから離れたくないので、もしこれでまだその意志があったらどうにもならないなと最悪の結果も考えていたのだが、彼女は軽く鼻で笑うようにして首を横に振る。


「いいえ、貴方がそれをつけてあの山をああしているのは仰った通り父の意思でしょう? 私がそれを反対する理由はなくなりました。これから何を、どうされるのかは知りませんが、私に出来る事があれば協力は惜しみません」

「それは助かります。とは言っても、まだすぐに何かをしてもらう事もありませんので、今までと同じようにされていて結構ですよ。ああ、でもそれだと連絡が取れないか……」

「それならば彼女を、ドーリーをここに預けましょう。幸いここの土は肥沃ですし、魔石からの水により更に豊潤な物になっています。彼女の成長にも良い場所となりましょう」


 そこは勝手に決めて良い物だろうか? 生首さんが嫌がったりするのもアレだし、ポッドにも意見を聞いてみたいところだ。

「すみません、少しトレント代表の言葉を聞いてからそれは考えさせてもらってもいいですか? こちらが言い出した事なのに申し訳ないのですが。それと、ドーリーさんご本人の意思も聞かせて頂きたいので」

「構いませんよ。少々お待ちください」


 彼女が土の中へと足の根を差し込み目を瞑ると、じわりと空気が変わり周りのトレント達やポッド、そして生首ドリアードが一斉に活気づいたように動き出した。

「ふぁ、あぁ……。よく寝たわい。んん? ホリ! いつの間に帰っとったんじゃ! んんっ!? おい精霊がまだおるぞ隠れい!」

「んんん、いい天気……っ!? アァァ! 人間じゃん!」


 寝起きから元気だな、二人とも。そう呑気に考えながら、ここまでの経緯を彼らとトレント達にも説明する。

「んん? そいつがここにのう……。まぁ、ええんじゃないかの? 子供の相手は若い子達に投げるしの。この子らも構わんと言っておるよ」

「ジジイッ、誰が子供だっ! お世話になりますっ!!」


 相変わらず面白い子だな、と生首状態の彼女をぐしぐしと撫でつけつつ、周りのトレント達からも不快感を感じるような事はなかった。彼女の様子から察するにこれならここに居る事も大丈夫そうだな。


 最後に魔王達と話し合い、協力が得られるのであれば彼らから言う事は特にないといった感じで話し合いが纏まろうとしている。


 だが、最後の最後で魔王の横にいたツマと、何かを察したようなムスメがずんずんと進みながらいつの間にか装備していた釘バットを持って精霊の横へと行き、先程と同じような距離感で睨みつけながら小さく呟いている。ムスメもそれに倣うように生首ドリアードに釘バットを突き付けて睨みを利かせている。


 あの眼力とあの距離感、あの圧力を喰らっても平然としている心の強さ、流石は偉い精霊さんだな。と感心する。生首ドリアードは今にも泣きそうなのに……、俺なら土下座しているレベル。

 魔王のツマが最後にいくつか注意をすると、軽く笑った彼女は頷き、もう一方の生首は涙を浮かべて何度も頷いていた。

「ホリ殿、これで落着といきそうですな。何はともあれ、結果良ければ全て良し! 今日も飲みますか!」

「いいですね! 飲みましょう! ……と言いたいところですが」

「むっ? どうされました?」


 直近で頭を悩まされた問題も解決はした、ドーリーやポッドと和やかに話している精霊のあの様子から見ても大丈夫そうなのだが、やらねばならない事が無くなった訳ではない。

「いやあ、新たに来た人達の家や、魔王様達に手伝って貰おうと思った農地やプランターもまだまだ準備不足で……。やらないといけない事がいっぱいあるんですよねえ」

「それもそうでしたな……。残念ですが、宴会はまた今度になってしまいますなぁ」


 彼と、気付けば隣にいるムスメは唇を突き出してつまらなそうにしている。そしてツマが戻ってきてムスメの頭を優しく撫でている。釘バットをしまっていれば様になったのにな。


「そうだ、魔王様達にちょっと頼みたい事があるんです。今考えている事があるんですけどね……?」

「おおっ? 何でしょう? 我々に出来る事ならば何でも仰ってください」


 ひそひそと、近くにいるゴブリン達に聞こえないようにやりたい事を話すと、にやりと魔王一家が笑う。

「それは……、中々面白そうではありませんか」

「ええ、ここにいる者達も楽しめるでしょうね」

「キョーリョクしてやるよ!」


 以前に少し考えた事を、人数が増えたこのタイミングでやってみたい。親睦とかを考えた結果だが、草案をいくつか彼らに言ってみると上々の反応だったので、一段落ついたら始めてみるとしよう。


 怪しい会議を終えた俺達四人は、首を傾げているゴブリン達や精霊達の元へ戻ったところで、精霊から俺と二人で話がしたいと言われた。


 敵意のような物はもう感じられないし、今更殺されるという心配もないと思うので了承し、トレントが連立している並木道に俺と精霊二人が残り、先に戻って皆へと事情を説明してくると魔王達が言うので、言葉に甘えさせて貰った。


「それで、話というのは……?」

「このような事を、その、今更言うのは少し恥ずかしいのですが」


 そう前置きをした彼女は俺の右手を強く握り締めてきた。その表情は髪の色のように赤らみ、緊張している様が見て取れる。

「あっ、頭を……撫でて頂けませんか。父が、よくしてくれたように……。先程ドーリーの頭を撫でていたように、あれと同じようにして頂きたいのです」

「頭を……? ええ、それは構いませんがいいのですか? 私、腕輪がないとただの人間ですよ? 貴方の父親を苦しめている原因の」


 言いながらわしわしと、先程ドーリーにやったように多少荒っぽい感じで撫でているのだが、先程はあまり意識していなかったがこうして触ると彼女達は面白い髪質しているな。ふんわりと、ほわほわしているような……? 見た目からは想像できない感触だ、触っていて楽しい。もっと天然芝のような物だと勝手に思い込んでいたけど、新感覚で癒されるかもしれない。


 我を忘れてしまい、かなりの時間面白い感触を堪能してしまったようだ。我に返り、意識と視線を彼女に戻すと、そこは一言で表すなら惨状。まさにそのような光景が広げられていた。

「ぱっ……! パパッ……、パッ……ッ! パッ……!!」

 必死に俺の右手首にある腕輪を両手で押さえるようにして、それを支えに倒れまいとしながらも手の動きを阻害しないようにしつつ、撫でられる事を満喫していた彼女。


 まさに恍惚とした表情、焦点が定まっていない双眸、涙と涎で大変な事になっている顔。そして何かを呟き続ける彼女はある意味幸せそうだが、これは確実にキマッてますね……。

「パッ……! パパッ……!! しゅきぃ……、ぱぱしゅきぃ……!!」


 そう呟いたのを最後に、彼女は体を大きく数回ビクつかせながら卒倒するように倒れてしまった。

「あひっ……。ぱぱっ……、ぱぱぁっ……!!」


 白目を剥き、口からは舌が飛び出しながらうわ言で神への愛を呟き続ける彼女。樹の精霊……、ああ、原初の樹の精霊はファザコンと。よく覚えておこう。


 ぐちゃりとした彼女をポッドの根元に寝かせて改めて観察する。力無く倒れる美人、体をビクつかせながら何かを呟いている何やらエロい状態になってしまった彼女と、その横に立っている自分を傍から見たらどう思えるだろうか。


「ね、姉様がけがされた……ッ!!」

 そう、こう思われても致し方ないのではないのだろうか、もしくは……。

「面倒かけられたとはいえ、なんてキチクなんじゃホリ……ッ!!」

 そう、そう取られても仕方ないような気がする……。とりあえず、頭を抱えて現実逃避をしている場合ではない。まずすべきこと、それは毛布をかけてこの惨状を小さなお子さんに見せない配慮をする事だ。


「ぱぱ……、しゅきぃ……」


 ある種、幸せそうな顔をして満足そうに休んでいる彼女。今朝拠点に住んでいる俺達を何があっても殺すと息巻いていた姿はそこになく、どうしてこうなってしまったのかを考えながら、俺は彼女の顔が隠れるように優しく毛布をかけておいた。

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