第90話 悲しさ全開

 世界の平和の為に孤独な闘いを続けるリア充警察に取り締められたオレグが倒れ、そのオレグの介抱に茶髪の女性が当たっている状況を見て「あれ? 意味なかったんじゃ?」と自問自答を繰り返したが、片方が意識を失っているので良しとしよう。あの状況でオレグの目が覚めたら即座にまた薬草汁を飲ませておけばいいしな。


 ポッドの根元に寝かせておいたオレグとその横にいる茶髪のケンタウロスから少し視線をずらすと、地面から飛び出している生首、ドーリーと呼ばれていた新緑のような髪をしたドリアードがいる。


「おい、大丈夫か?」

「スー……、スー……」

 静かだな、とずっと思ってはいたがどうやら眠っているようだ。

 ポッドやトレントもそうなのだが、何故これだけ騒がしくしているのに寝られるのだろう? 彼女もポッド達と同じ様に眠れない日々を送っていたのだろうか。


「薄めた薬草汁でも地面に撒いておいてやるか。ポッドやトレント達にも」


 手にした水筒の中身、殆ど空のような物だが、残った薬草汁のかなり薄めた水をポッドやトレントの根と、そして彼女のいる場所の近くの地面に撒いてあとは様子を見るとしよう。あの像の中も静かになっているし、今は気にしてもしょうがなさそうではある。


 酒宴の方も盛り上がっていて、新たにやってきた者達との距離も殆ど感じさせない。皆が楽し気にしている中に加わり、魔王達の傍の席、背をトレントに預けるようにして座ったところへミノタウロスのレイ、ティエリ、ロサナの三名がやってきた。


 彼女達が手にしているのは新たに作ったアイス入りクレープ。ティエリはクレープの両手持ちをして、アイスの入っていない方も確保して両方を交互に味わって幸せそうに笑っている。


「ホリさん、このくれーぷ美味しいわね。これもホリさんが作ったって本当なの?」

「ええ、あそこのゴブリン君達やスライム君、それにあそこで激しい早食いをしている内の二名の手もお借りしましたけどね」


 アナスタシアとラヴィーニア、そしてオラトリと、リューシィかな? の四名がアイスの早食いをして勝負をしている。

 丁度俺達四人がそれを眺めていたら、一人のリザードマンを除いて、激しい頭痛に襲われた三名が倒れて勝負が決してしまった。お腹壊さなければいいのだけれども。


「白銀の凶駿……フフッ、戦場の氷の花とか謳われていた彼女もあんな風な顔を見せるのね。それに貴方と再会した時には感極まっていたようだし、もっと冷酷で冷淡な奴だと思っていたわ……」

「ボス! それでもアイツはやばいですよ! さっき酔い潰れたケンタウロスとリザードマンを腕一本で持ち上げて運んでましたし!」

「私もやっぱりあの人怖いですー」


 アナスタシアを眺めて微笑むレイに、口の中のクレープと格闘しながら話すティエリ、レイの腕に隠れるようにしてアナスタシアを見ているロサナ。

「まぁ、ロサナさんのような人もいますからね。無理して仲良くしろとは言いませんよ、適正な距離感で喧嘩さえなければ……」

「うーん……、努力はするけどさっきも風呂で物凄い睨んできたのよねえ。何でかしら?」


 レイが腕を組んで首を捻っているが、その原因が強調されている事で目線が吸い寄せられてしまう。ラヴィーニアに煽られて巨乳全体が憎く見えてる可能性もあるなぁアナスタシアは……。そんなに素晴らしく、美しい物をお持ちなのに! とは言えない。まぁ、女性のケンタウロス全体がそういった空気を纏っている様にも見えるしな。


「彼女は有名なのですか?」

 アナスタシアの方をちらりと見てみると、今度はまたワインを頂いているようだ。うーん、そろそろ周りに絡み始めそうだな……。ペースも早いし、今日はラヴィーニアの方がお酒が回っているようにも見える。まだ体調も本調子じゃないのかもしれないな。


「ええ、ミノタウロスで彼女を知らない者はいないわ。私達は力自慢が多い種族だけど、先の戦争で色々あった時に彼女は私と同等くらいの力を見せつけてきたりしてね。種族が種族だから良い意味でも悪い意味でも有名なのよ」


 俺の疑問に腕を組んでいた彼女が大きく頷いた。ぷるん、たゆんってしている。そして隣へとやってきて静かに座ったロサナがクレープを頬張りながらレイの事を見上げている。

「ボスが全力を出せば力勝負は間違いなくボスが勝つと思いますけどねー。でもそれをやっちゃうと、ボスは敵味方見境なくなっちゃうんですー」

「えっ」

「えへへ」

 恥ずかし気に顔を赤らめて頭を掻いているレイ。それを聞いてティエリが更に続けてきた。

「ボスはな、本気になると眼の色と角の色が赤くなるんだ! かっこいいんだぞ!」

「おお、色が変わるんだ。そりゃかっこいいなぁ」


 俺がそう返すと、更に興奮するように体を揺らしてティエリが説明してくる。くぅ、このどことはいえない破壊力。眼福。というかここ、どの方向を向いても視線が少し下に引っ張られてしまうぞ! 大変な一族だな、ミノタウロス……。


「ミノタウロスの戦士は目の色が変わると一人前、その中でも一握りの戦士だけ角の色が変わって、ディーブロって呼ばれるんだ! 私も頑張ってるけど、まだ目の色がじんわり変わるだけなんだ……」

「私はちっとも変わらないからなー、ティエリちゃんは凄いよー」

「ティエリもロサナもまだ若いから仕方ないわ。私も先の戦争の時に気付いたら角の色が変わってたんだもの。モォ焦ったわよ」

 ティエリの頭に手を添えて苦笑しているレイ、敵味方見境がなくなるというのはどういう事なんだろう? 

「そのディーブロ? っていう角が輝いている状態になると、敵味方区別なくなってしまうんですか?」


 俺がレイの角をちらりと眺めながらそういうと三者が頷く。人によっては揺れる。

「ええ。どういえばいいのかしら? こう……、動く物が全て敵に思えちゃうの。とにかく動く物を攻撃しないと! って考えで頭がいっぱいになって。その時に出る力が物凄くてね? 動きも自分じゃないみたいに素早くなるんだけど」

「ああなると、ボスは今とは全然違うんですー。いつもは優しいんですけどー、アノ時は猛々しいというかー」

「森で大発生スタンピードが起きて襲われた時も、半分くらいボスがやっつけたんだ!」


 凄いな。怖い物見たさで一度見てみたいけど、それ以上に被害が怖いからやってほしくはないが……。

 話をしていく内に、食べ物が無くなりレイとティエリが二人で飲み物と食べたい物を取りにいった。もうクレープは無くなってしまったようで、遠くでしょげているティエリの姿が見えるが……。それを眺めていたら、小さな声で「あっ」とロサナが手を叩いた。


「ホリさんー、ティエリちゃんがお願いしたい事があるみたいなんですー。話を聞いてあげてくれませんかー?」

「お願いしたい事? 何だろう」

「それはー、本人の口から聞いてあげて下さいー」

 ゆっくりとクレープを食べているロサナ、彼女はティエリに視線を送って微笑んでいて、その内容も知っている様子。うーん? 出来る事なら聞いてあげたいところだが。

 そうしてティエリとレイの二名に視線を送っていると、スライム君が隣にやってきた。


 その頭には料理が盛られた皿。魔王とツマの両名も俺のところへとやってきて、スライム君の料理を眺めている。

「ほぉー? これはまた面白い……」

「魚の形を模している、何かしら? 白い……」


 彼らはスライム君が持ってきた料理を観察しているが、俺はこの時を待ち望んでいた。先程用意されていた大量の塩で大体は察していたが……。

「塩釜……! 魚だけじゃなく、肉の塩釜も用意しているなんて……。魔王様、王妃様も、お酒の用意はいいですかね? これおいしいですよ」

「あらっ? それなら急いで用意しないといけませんわね。ワインワイン……」

「ホリ殿はこの料理をご存知で?」

 元居た席で楽しんでいたワイン、そして自分のグラスを急いで取りに行くツマ、そしてレイとティエリもいくつか料理を持って戻ってきた。


「ええ、これは塩釜焼きといって、周りのこれは塩を使った物なんですけどね。私も数回食べた事があるだけなのですが、お肉もお魚もどちらも凄く美味しいんですよ。彼が用意してくれている時からもうお腹がこれを求めてしまいましたね」

 スライム君から皿を受け取り、彼の頭を撫でる。ミノタウロス達の弾む何かに心を奪われてしまいがちなので、ここで彼のボディに触れて頭をリフレッシュさせねば。


「ほぉっ! それならば私も頂いてみますかな。うーむ、ここに来るといつも城では見かけない料理が出てきて楽しいですなぁ」

「はいアナタ、グラスよ。ホリさんも、ワインは足りてますかしら?」

「ああ、頂きます」


 ちょうど空になったカップを前に出してしまったが、出してから気付いた。これは失礼だったなと思い直して手をひっこめようとしたのだが、それよりも速くワインを注がれてしまった。

「すみません、御客人にお酒を注がせてしまって」

「あら? いいんですよ。夫の友人に酌も出来ないで、魔王のツマは名乗れませんから。気になさらないで下さい」


 そう言って手で口を押さえるように小さく笑う彼女、こうしているとあの惨状を作り出した張本人とは思えないな、とつい精霊の入った像へと視線を送ってしまう。


 彼女にお礼を言いながら、料理へと意識を戻すと魔王やレイ、ティエリやロサナも興味津々と眺めている。

「そういえばこれ、なんて書いてあるんですか?」

 魚の姿を模した塩釜に、何か文字のような物が書いてある。俺には読めないが彼らなら読めるだろう。

「これな、『オカエリ』って書いてあるぞ!」

「おお……。スライム君ありがとうね」


 ティエリが言った言葉、込められたスライム君の気持ちを受け取り、俺の視線に合わせてポンと跳ねた彼の体へと感謝を込めて全力で撫でながらお礼を伝えていくと、彼が小さな棒で魚の形を模した釜をこんこんと叩いていく。


 中からはやはり魚が、香草やワインも使っているのだろうか? 一気に香りも広がってきたのだが、これはやばい。食べなくてもわかる、美味い奴だ。

「ちょっともう、辛抱出来そうにないのでお先に失礼……」

「ああ、ホリ殿ズルいですぞ! 私も一口……」

「私も私も!」

 六つの手と、一つの触手が同時に伸びて魚の身をつつくようにして、俺は大き目に取った身を勢いそのままに口へと運び、その味に神経を集中させる。


 絶妙な塩加減と魚の旨味、それが香草とワインによって際立つようにされていて、とにかく言葉も出せずに次の一口へと手を伸ばした。一緒に食べている魔王達もちらりと横目で見れば、まさにご満悦といった表情をしている。


 やはり彼の料理は素晴らしい。こうして宴会に出されている彼の作品の数々、その一つ一つがどれも癖になってしまう。やっぱりヤバい薬が入ってるんじゃ……。彼の体から分泌とかしてないよね……?


「おいしいよスライム君、最高だね」


 彼はそれだけでは終わらない、次に出してきたのは同じ塩釜でも今度は肉が入っている物だった。

 俺と魔王、ツマ、レイ、そしてスライム君は魚と肉の絶品料理を交互に味わい、そして交互にワインも赤、白と飲み進めていく内にドンドン御機嫌に。ト・ルースや、パメラもやってきていよいよ歯止めがなくなってしまった。


 今は魔王が酔いに任せて、かっこいい魔王の登場百選という彼にしか出来ない独壇場が始まり、周りに集まっている者達を喜ばせている。一番喜んでいるのはムスメだが。

「そういえばティエリ、何かお願いしたい事があるって聞いたんだけど?」

 隣でスライム君のサラダを数杯おかわりしている彼女に視線を送ると、少し赤面するように俯いてしまった。


「お、あ、う、うん……、笑わないで聞いて欲しいんだけどっ」

「うん? 何だろうか?」

「その、あの……」


 器の中の野菜を弄ぶようにしてフォークで突き刺している彼女。何やら言い難い事なのだろうか? 自身を落ち着けるようにして大きく息を吐いて呼吸を整えて、こちらへと顔を上げてきた。


「わ、私も、りょ、料理がしたいんだ! ほ、ホリとサンドイッチ作ってる時とか、楽しくて……、皆が美味しいって言って食べてくれるのが何だかこう、うっ、嬉しいっていう感じがして、もっとやりたいなぁって……。それで……」

「ああ、何だそんな事か。種族によって好みとか変わるからむしろ大歓迎だよ」


 紅潮させ、強張らせていた顔が輝くような笑顔に和らぐと、彼女は少し身を乗り出すようにしてこちらへと詰め寄ってきた。

「い、いいの?! 大事な食料を私が触っても!?」

「もちろんだよ、ただ料理班の頂点に君臨しているスライム君にちゃんと教えてもらうんだよ? 料理がうまくなるなら、彼に学ぶのが一番いいと思うしね」


 俺がそういって頷くと安心したように胸をなでおろすティエリが、ぽつりぽつりと気持ちを吐露するように呟き始めた。


「私……、その、失敗多くて。いつもロサナや周りの仲間に迷惑かけちゃうから、料理とかもやらせてもらえなくて……。でも、頑張るよ! めちゃくちゃうまくなって、ホリにも認めて貰える物作るから!」

「そりゃ楽しみだなぁ。おぉ、そうだ。それなら簡単に作れる物を今から作ってみようか。スライム君、ソマの実の粉って在庫ある?」


 ポンと跳ねた彼が用意してくれた粉に、他にもいくつか出してもらい、そしてグスタールで購入してきた物を使ってティエリと二人でアレコレとやっていく俺達。



「こ、こうか……?」

「そうそう、焦らなくていいから、ゆっくりで大丈夫だよ」

 俺とスライム君が横で教えつつ、彼女は一生懸命に粉を混ぜ合わせていく。

 それが形になったところで、ツマの燻製を使いたい分頂いて戻ると今度はスライム君がフライパンを彼女に持たせて油を引いている。

「こ、これくらいの量な。わかった」


 やはり慣れない事を始めるというのは緊張するのだろうか? それにしてもスライム君と普通に会話している彼女もそうだけど、この拠点で彼の言葉が聞けないのは俺だけだなぁ。いや、彼の声が聞こえて美少女ボイスだったらまだいいのだが、有名潜入ゲームの主人公ボイスとかだったら完全に戦うコックさんだしな……。


 変な事を考えている内に、ティエリがフライパンに用意したボウルの中の生地の元を落としていく。

 ゆっくりと焦らせずにやれば失敗するような事もなく、それ程時間も掛からずにその料理の第一段階が終了した。


「それでここへ、スライム君がいつの間にか用意した卵料理やチーズ、王妃様が持ってきてくれた燻製肉、あとは塩コショウで軽く味付けした野菜炒めを少し乗せて……」

「こ、こうでアッツ! いいかな……?」

「そうそう、うまいうまい」


 彼女は先程焼き上げた生地に食材を乗せていき、形にしたところで蓋をして数分。

「はぁ……! 緊張する、出来てるよな!? 大丈夫だったよな!?」

「うん、大丈夫大丈夫。蓋開けようとしないで、落ち着いて」


 蓋をしたフライパンを様々な角度から見続けている彼女、出来上がりが心配なのはわかるのだが、火の近く、更に近くと寄っていくので危ない。スライム君にも注意され、少ししょげているティエリ。


「おし、もういいと思うよ。ガレットの完成ー」

 スライム君が跳ね、俺が軽く拍手をしながら彼女に蓋を開けさせると、中からは見事に出来あがった事を教えてくれるようにいい匂いと湯気が。


 キラキラとした目を向けてフライパンの中にある料理を眺めているティエリに、ゆっくりとでもいいので皿に盛るように言うと、破けるような事もせずに綺麗に盛り付けた物を早速食べようと促しながらナイフとフォークを手渡すと、戸惑うように躊躇している彼女。


「う、食べるのが勿体ないけど……、でも食べよう! 良い匂いだし! これ、私が作ったんだよな!」

「そうそう、初めてにしては綺麗な良い出来だね。俺も頂いてみよう」

 スライム君も同じ意見のようで、俺達は彼女が切り分けたガレットをそれぞれ味を確かめるようにして頬張った。


 俺は燻製とチーズを一緒に、ティエリは野菜炒めと卵を絡めるように、スライム君は燻製と卵を絡めて味わってみたが、どうやら全員が同じ感想を抱いたようだ。


「おいしい、すごい、おいしい! 私が作ったのにおいしい!」

「うんいい味だね、おいしいよ。やったねティエリ」

「うん!!」

 彼女が次の一口を食べようと、燻製肉とチーズの部分のガレットを切り分けてフォークで刺した時、上機嫌なツマが気付けばティエリの後ろへと立っていた。

「あらあら? それなら私も頂かせてもらわないとだわ」

「えっ、あっ! 王妃様っ!?」


 ツマはティエリが次に頬張ろうとしていた物を上体を低くして、髪を手で押さえながらぱくりと横から食べてしまった。

「あら、これ美味しいわね。この風味、それにクンセーとチーズが凄く合っていて……。貴方、名前は?」

「てぃ、ティエリです! ビルヒニア・ティエリです!」


 ツマは口元を軽くハンカチで拭ってから彼女の頭に手を置いて、優しさが溢れるような笑顔でティエリを撫でた。


「そうティエリ、料理が上手なのね。私は料理が出来ないから凄いと思うわ。次来るときにまたこれを用意してくれる?」

「は、はいっ! がんばりますっ!!」


 優しい人なんだなぁ、とこのシーンだけを見れば思うのだろうが、どうしても俺は彼女の慈愛に満ちた表情を見ると、夢に見た某野球アニメの親子的形相が頭にフラッシュバックしてくるんだよなぁ……。釘バットのインパクトがなぁ……。


 彼女はティエリを労うと、魔王の元へと戻っていった。皆に色々と披露している魔王の登場百選も、今は九十八個目。黒い球に光の亀裂が入り、雷雲が降り注ぐという派手な演出をやっている。


「ほ、ホリ……、王妃様に褒められた、褒められちゃったよ……!」

「よかったね。でも次に彼女が来るときまでに、もっと美味しい物を食べて貰えるようにしないとね。頑張れティエリ」

「うんっ!」


 笑顔で頷いた彼女は、その料理を持ってレイやロサナに披露をしにいった。

 食べた反応を見守っていたが、レイもロサナも驚いて次の一口を頬張っているので大丈夫そうだ。


「さて、と。スライム君の料理もたっぷり味わったし、スライム君、今日は飲むぞ!」

 ポンポンと跳ねている彼と二人で、魔王が百個目の登場シーンをやろうとしているところへ俺とスライム君が横取りのような形で登場し、魔王が呆然とした表情と視線をこちらへ向けていた。

 どうやら力の入った演出だったようで、申し訳ない事をしてしまったがどうして夜の屋外でスポットライトが当たるのだろう。魔法って不思議。


 膝を抱えて落ち込む魔王をツマと二人で励ましながら酒を浴びるように飲ませると、上機嫌に戻った彼が次に始めたのは魔王が言いそうな言葉百選だった。


 ゴブリン達やムスメというエキストラもついた寸劇で行われるそれを見ながら酒を飲んでいる内に、意識は無くなり夢の世界へ。


 弾力凄まじい何かへ体当たりをし続ける夢を見たのだが、物凄く甘い香りが印象的だった。


 朝目覚めて、痛む頭を押さえるようにして周囲を確認すると、そこはトレントの並ぶ場所、昨日の宴会そのままに寝てしまった者もかなりの数いるようだ。


 ポッドのすぐ横にはいつぞや使われていたコテージがある事から、魔王達もあそこで寝ているのだろう。日も出ていないような時間の為、薄暗さで周りもあまりちゃんと確認できずに手元を探っていると、スライム君が居たようで触ってしまったようだ。


「あっ……!」

 流石はスライム君、良い感触だな。としばらく触り心地を確かめていると手の動きに伴い、小さな声が伸ばした腕の先から聞こえてきた。


「っ……!」

 薄暗い中でも分かるくらい真っ赤な顔をしているレイ、そしてその立派な物を味わっているのは誰の手だろう? 不埒なお手々さんめ! 彼女はそれに抗う事も止める事もないまま、力強く目を瞑り涙を溜めて、唇をきゅっと引き締めてその手の攻撃に耐えていた。


「ふーむ、よし!」

 その手は俺が体を張って止めるしかないな! と結論を出し、顔面ブロックをしにいこうとしたのだが何故だろう? 顔が一定距離から前に行かない。

 くっ、ここから先に一級OPIインストラクターの試験があるのに! あと少し、もう少しというところで、これ以上どれだけ頑張っても何故か前に出ない! 

 そして気付けば、素晴らしい感触を味わっていた手も宙ぶらりんの状態になって宙空をわきわきとしている。あれー? 


 よく見れば、俺の左手の先に何やら白く光る糸のような物が……。

「んんん……? これはアレですね。怒られる奴」


 聴こえてきたのはカツコツカツコツという足音、そしてやってきた浮遊感。


 瞬きをするような短い時間、反応する事も許されず、あっという間に俺は眠っているポッドの枝に面白恥ずかしいポーズで固定されてしまい、朝になり目が覚めた魔王とムスメに指を差されて爆笑されるまで放置された。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る